月刊 Keidanren 2002年 2月号 巻頭言

激動の時代に一番求められるもの

井口委員長 井口武雄
(いのくち たけお)

経団連統計制度委員長
三井住友海上火災保険
 最高経営責任者・会長

 「同時多発テロ」によってもたらされた一つの現象、それは、企業・社会を取り巻くリスクの巨大化・複雑化の発現だったのではないか。これ以前からさまざまな事例が危機管理、リスク管理重視型経営の必要性をわれわれに痛切に訴えてきたように思う。今回のテロ事件によって「これまでこのようにやってきた。そして、何も問題はなかった。だから、これからもこのようにやっていけば良い」という従来の常識がもはやまったく通用しないことをわれわれは学んだのである。

 今後も、巨大かつ複雑なリスクの経営に及ぼす深刻度はますます高まるであろう。しかし、残念ながら、一般的に日本人はリスク管理が不得手である。日本人は水と安全はただと考えがちであり、かつ「縁起でもないこと」を考えるのは不吉であるとして、目の前に存在するリスクから目を背けがちだからである。また、リスクをきちんと管理しようとすると、工数の増加をもたらし、簡便さ、コスト削減といったものと相反することが多い。リスクが適切に管理され、何も問題が生じていない時には、リスク管理自体が無駄なものに見えてくるというジレンマも生む。

 そのようなリスク管理を社内に徹底していくために最も必要なもの、それは経営トップによる断固とした意思と強烈なリーダーシップであることは言うまでもない。まず、企業の経営者は、自社がさまざまなリスクに取り巻かれた不安定な環境の中に存在すること、そして、リスク管理が長期的な利益の極大化と企業の永続的な発展のために不可欠な経営手法であることを改めて十分に理解しなければならないと思う。

 先人は、「備えあれば憂いなし」、「災いを転じて福となす」ということわざを残しているが、実に見事にそこにリスク管理のエッセンスが含まれていることに今更ながら感心する。これらのことわざの持つ意味、また「喉元過ぎれば熱さ忘れる」では将来を失うことになるということを、経営にあたる者全てがもう一度考えてみる必要がありそうである。


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