月刊・経済Trend 2002年12月号 巻頭言

変化の時代における改革のかたち

奥井副会長 奥井 功
(おくい いさお)

日本経団連副会長
積水ハウス会長

わが国で戦後半世紀続いた従来型のシステムや秩序は大きく変化し、さまざまな分野で混乱が起こっている。IT等の発達によってあらゆる情報が瞬時に入手でき、自動的に眼前に現れるようになった今、各々が確固たる主体性、明確な座標軸を持つことが求められている。膨大な情報に翻弄され、自信を喪失して右往左往していることが、これらの混乱の一因に思えてならない。

そして変化の激しい現在こそ、変化に対応しつつ、変化し過ぎ去っていく事象と、不変の事象とを確かな目を持って見極めることが大切だと考える。不変のものの最たるものは人間である。人があってこそ企業があり、社会を構成する。一時この原則を忘れ、経営者がこぞってリストラなど市場優先主義の改革を行った結果、人々は雇用不安・先行き不安に陥り、景気悪化の悪循環を招くことになった。失業率が過去最高の水準となった今、どのような改革や対応策を打ち出したとしても、それを実行するのが人間である以上、人間尊重の精神を無視したものの効果はさして期待できるものではない。また、社員が各々別の方向を向いていると企業の収益があがらないのと同じように、社会全体でもまず、国民が同じ方向を目指せるよう、真に豊かな社会とは何か、という定義を明確化して国民のコンセンサスとして掲げるのも大事なことではないだろうか。

現在のところ、革命的で万能薬的な改革など存在しない。われわれ経営者は、日々の小さな改革こそを大切にし、これを絶えず行える環境を育むことが肝要である。ハーバード大のレビット教授もその著書の中で「多くの事柄は小さなことを通じて成し遂げられる。少しずつ改善を続けることは、月を射るようなことを繰り返すよりもはるかに優れている。持続的な成功は、毎日地味で小さな改善を積み重ねることによってもたらされる」という趣旨の大変興味深い話を述べている。

「神は小さきものに宿る」という言葉がある。われわれは改革を切望するあまり、月ばかりを見てはいなかったか。もう一度、足もとにも視線を落としてみたいと思う。


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