月刊・経済Trend 2003年6月号 巻頭言

文化と多様性

柴田副会長 柴田昌治
(しばた まさはる)

日本経団連副会長
日本ガイシ会長

海外出張で時差ぼけに悩まされる方も多いと思うが、私には特効薬がある。現地に着いてすぐに冷やした白ワインのシャブリと牡蠣をしっかり平らげると、翌日からは快調そのものとなるのだ。この3月の訪欧ミッションでも、到着したその日の夜にさっそくシャブリと牡蠣を楽しんだ。

美味い牡蠣が獲れる条件の一つは、海に注ぐ川の上流に豊かな森林があること。森林から出る腐葉土がプランクトンを繁殖させて牡蠣の滋養を増す。一方シャブリの産地であるフランスのブルゴーニュには、化石化した貝殻が混じった石灰岩の地層があって、ブドウ樹はこの地層からミネラルを吸い上げて育つ。シャブリと牡蠣がどうしてこんなに相性が良いのかと思っていたが、特有の風土を通じて深く結びついていたというわけだ。

ワインに関してもう一つ。今回ミッションでシラク大統領とお話しする機会を得て、3年ほど前に大統領が名古屋に来られたときのことが思い出された。フランスの名誉領事を務めていた関係で、大統領歓迎レセプションを当社が主催したのである。パーティーで出すワインについても吟味を重ねたが、当時の駐日フランス大使だったグルドー=モンターニュ大統領外交顧問が提案してきたのは、決して高価ではないが味の良い銘柄。自国の文化に誇りを持っているから、値段に関係なく良いものを迷わず選ぶ。EUが2004年に25カ国まで拡大して経済面での国境が取り払われても、このような欧州各国の文化の多様性は活力と発展の源として残るだろう。

昨年12月の経営労働政策委員会報告でも、多様性が一つのキーワードとなった。ベアゼロや定昇の見直しばかりが話題になった感があるが、働き方の多様性をどのように実現していくかが今後の労使の大きなテーマである。だからこれまでのような闘う「春闘」ではなく討議し検討する「春討」にしようと、今年が転機となってほしいという思いを込めて提言したつもりだ。働く人たちがその個性を発揮し多様な個人が活躍するような、そんなダイナミズムに溢れた社会がやってくることを熱望してやまない。


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