月刊・経済Trend 2004年1月号 巻頭言

「現場力」を再点検しよう

奥田会長 奥田 碩
(おくだ ひろし)

日本経団連会長

昨年の日本経済を振り返ってみると、前半はイラク戦争や朝鮮半島情勢、新型肺炎SARSの流行などもあり、厳しい状況にあったが、半ば以降は企業業績の回復もあり、明るいきざしが見えてきたように思う。今年は、企業も行政も、需要を生み出すような構造改革に取り組み、経済の足取りを確固たるものとしていかなければならない。

それとともに昨年は、製造や輸送などの現場でこれまでは考えられなかったような大きな事故が相次いだ。

近年の事故やトラブルをみていると、現場の手違いや手抜き、あるいは利益や業績を過剰に意識した担当者の違反行為が原因となっていることが多いように思う。バブル期には財テクなどの経営トップの暴走が目立ったのとは対照的だ。

その背後には、単なる規律や気持ちの緩みといった問題ではなく、現場の人材の力、いわば「現場力」といったものの低下を招く構造的な要因があると思われてならない。明白な証拠があるわけではないが、一連の事故の大きな要因として、現場の熟練工や高度人材の減少、過度の成果指向による従業員へのプレッシャーが働いているのではないかとの懸念が示されている。さらにその背景として、世間に長期雇用や企業の雇用維持努力を軽視したり批判したりする風潮が広がったことを指摘する意見もある。

一つ一つの現場の努力が国家経済の土台を支えているのであり、その劣化を放置しては技術革新も経済発展もありえないと心得なければならない。私たちはこうした指摘を謙虚に受け止め、リストラに邁進するあまり、現場力の衰退を見過ごしてこなかったか深く反省し、再点検してみなければなるまい。

現場力の維持は経営者の責任である。わが国の現場力は、人間尊重と長期的視野という、いわゆる日本的な経営によって長期間をかけて培われたものだ。手遅れになる前に、その原点に立ち戻ってみる必要があるのではないか。


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