月刊・経済Trend 2004年6月号 巻頭言

イタリアの幸せ

奥田会長 奥田 碩
(おくだ ひろし)

日本経団連会長

五月の連休に、建築家の安藤忠雄さんとイタリアを訪問した。前々から、世界中の人々に「訪れたい、暮らしたい」と思われるこの国の秘密を探りにいこう、と話していたが、ようやく約束を果たせたことになる。

現地で得た私たちの結論はシンプルなものだった。イタリアという国は、自然や風土、伝統的建築物などの景観もさることながら、そこに住み、暮らす、ごく普通の人たちが実に魅力的だ。経済水準だけでみればイタリアの庶民はわが国や他のヨーロッパ諸国と較べても決して豊かであるとはいえない。それでも、彼らは心から人生を楽しみ、幸せを感じている。それが世界中の人たちを惹きつける。

イタリアの幸せとは、つきつめれば生活を愛することの幸せではないかと思う。それは自分の仕事と生活と街を愛し、誇りに思うことだ。街角の小売店の店員も、来客を楽しませることに誇りを持って働いている。家庭料理を囲みながら家族みんなで、あるいはバール(喫茶店)でコーヒー片手に友人と、ゆっくりと時間をかけて会話を楽しむ。そして、調和のとれた美しい街並みをつくり、守りながら暮らしている。そこには、日本人が経済成長と引き換えに見失ってしまった「こころの豊かさ」があり、私たちを魅了する。それは同時に、家族経営主体の中小企業ネットワークの活力や、観光立国にも結びついている。

これは、互いに「あなたの仕事や生活は尊重する」という意味で自由と多様性を大事にするということであり、一方で「私たちの街を愛する」という意味では「共感と信頼」でもあるだろう。

私は日本経団連会長に就任した際、抱負として「多様性のダイナミズム」と「共感と信頼」、そして「こころの豊かさ」を掲げた。思いがけず務めることとなった二期めにおいても、「イタリアの幸せ」を指針のひとつとして、抱負を少しでも実現することに微力を尽くしたいと考えている。


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