月刊・経済Trend 2005年8月号 巻頭言

「少子化はこわくない論」はこわい

櫻井副議長 櫻井孝頴
(さくらい たかひで)

日本経団連評議員会副議長
第一生命保険相談役

少子化対策論議がようやく盛んになってきたが、少子化恐るるに足らず論も台頭している。経済成長率は人口増加率と生産性上昇率の合計であるから、人口が減少しても生産性を絶えず上昇させてゆけば、成長は充分維持できるという主張が、その主なものである。この主張は、人口減少がそのうち止まるということが暗黙の前提になっている。江戸時代人口減少の時期があったが、庶民は結構楽しく暮らしていたではないかという指摘は、明治以降人口が爆発的に増加した今だから言える気楽なお話である。

明治政府は強烈な人口増加策をとった。一方、第二次世界大戦が終わって日本が飢餓状態におかれた時、逆に人口増加を抑制すべく産児制限策が打ち出された。しかし、人口動態を子細に眺めていれば、政府はもっと早めに人口抑制策を打ち切って、再び増加策に転ずべきであった。

人口政策は常に、大幅なあるいは微妙な修正が必要なのである。今は大転換が必要な時だ。特に大転換すべきは「家族」政策であろう。

私たちは昔から、社会的承認を受けた男女とその子どもたちが構成する「近代家族」を唯一正統なものと考え、事実婚から目をそらせてきた。また離婚もこれだけ増えているのにまだ例外的なものと考えているが、家族形態の多様化は止まりそうにない。

個人の自由と平等を前提とする民主主義が深化すれば、家父長制的色彩の濃い近代家族から、構成員が逃げ出すのは当然のことではないかと、神奈川大学丸山茂教授は言う(「家族のメタファー」早稲田大学出版部)。そもそもわが国では、近代家族が支配的地位を保ち得たのは、1920年頃から70年代まで、せいぜい50年にすぎない。

ある理想的家族像をつくり、全家庭をそれに合わせようとする努力を、国は放棄すべきである。人々の自在な生き方と多様な選択を認め、それを調整してゆこうとする姿勢に変わるべきだという丸山教授の主張には説得力がある。「男女共同参画会議」や「少子化社会対策会議」には、出産の基地である家族の変容を認め、それに柔軟に対応する戦略的発想を強く求めたい。


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