月刊・経済Trend 2005年11月号 巻頭言

ワーク・ライフ バランスに思う

池田副議長 池田守男
(いけだ もりお)

日本経団連評議員会副議長
資生堂会長

かけがえのない自然環境の破壊、異常気象の発生、凶悪犯罪の低年齢層化や高い自殺率、そして相も変わらぬ企業の不祥事など、今日の社会は、われわれが願う、心豊かで幸せな社会とは、あまりにもかけ離れた方向に向かっているのではないだろうか。

その大きな原因の一つは、日本という国が、終戦直後の極端なモノ不足の中から立ち上がり、飽くことなくモノの豊かさを追求し、欧米諸国に追いつき追い越そうとひたすら努力し続けてきた経済至上主義にあるのではないかと思う。国を挙げて、設備を拡大し、生産力を高め、さらには生活者の物質的欲望を刺激し、「消費は美徳」という名の大量消費生活社会を出現させたのである。

老子に「知足」という言葉がある。「足ることを知る」という教えである。その意味は「知足の者は、貧しといえども富めり、不知足の者は、富めりといえども貧し」ということだ。いくらモノを手に入れても、それだけでは“幸福”にはなれないということである。今こそ私たちは、このことを自らに深く問うべきである。20世紀型の大量生産・大量消費・大量廃棄のサイクルからは、既に脱却しつつあるはずだが、今一度、自然に対する畏敬の念やモノへの感謝、そして他者への思いやりの心を取り戻したい。このことこそが、人間本来のあるべき姿ではないか。

「量的拡大と成長」の時代は終わった。21世紀の社会では、一人一人の個性や多様性を尊重した、人間性重視の「質的発展」が望まれている。つきつめて言えば、個々人が社会との接点を保ちながら「働くこと」、そして地域コミュニティーで人と人との温もりのある関係性を重視しながら「生活を営むこと」。この二つをうまく調和させていくことが、人間らしく生きる基本であると思う。そのためには、個人、企業そして自治体を中心とした社会全体の意識改革やコンセンサスも必要である。

企業は市場競争を乗り切る力を高めることと、「ワーク・ライフ バランス」の実現で生活の質を向上させることの両立を目指して叡智を絞り、新しいビジネスモデルを誕生させる大きな転換期に来ていると思う。また、その努力が、今後の企業の新たな価値創造を促し、ひいては社会全体の「質的発展」の原動力になることと確信している。


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