月刊・経済Trend 2006年2月号 巻頭言

技術+「精神大国」へ

大橋共同委員長 大橋光夫
(おおはし みつお)

日本経団連アジア・大洋州地域委員会共同委員長
昭和電工会長

防空壕で身を縮めて一夜を明かした東京大空襲や、すいとんを啜って空腹を満たした戦後の食糧難など、60年前の日本の惨状は未だに私の脳裏に焼きついて離れない。その日本が、近年、バブル崩壊と戦後最悪の不況も経験したものの、すでに「経済大国」と言われて久しい。

しかし、この間、われわれ日本人が「物質的豊かさ」と引き換えに、人間として正しく生きる倫理観、「心の豊かさ」を失ってきたことに、私は愕然とする。この「心の豊かさ」を取り戻すことこそ、日本の国家的テーマであり、われわれ日本人がただちに取り掛かるべき課題ではないか。

いま、企業の倫理が問われ、CSRの議論も活発だ。だが、倫理観の欠如は日本の社会全体の問題であり、日本人一人一人が個人として社会で生きる義務と責任、すなわち、PSR(パーソナル・ソーシャル・レスポンシビリティ)を教えてこなかったことに原因がある。国民の高い倫理観の醸成は、家庭、学校、企業を問わず、あらゆる機会を通じて国全体が真剣に取り組むべき課題である。

それならば、われわれ企業人が率先して自らの企業の場で、社員一人一人の心に高い倫理の灯を点そうではないか。これは国家のためのみならず、個別企業の繁栄に間違いなく繋がるはずだ。手法はいろいろあるだろう。要は、倫理にもとる行為はこの会社では絶対に許されない、という雰囲気、企業風土を構築することだ。

領土、人口、資源において大国になりえず、軍事大国への道もない日本が、世界において、そして21世紀の日本にとって極めて重要なアジアにおいて、存在感を高めることは容易ではない。しかし課題は明白だ。一つは、全人類に役立つ技術開発で世界の先頭に立つこと、すなわち、「技術大国」になることだ。二つは、特にここで強調したい点だが、国民の精神性で世界の模範となること、すなわち、目指すは「精神大国」だ。日本は、この二つをなしえて初めて、国際社会において真の尊敬と信頼をかち得ることができる、と私は考える。


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