月刊・経済Trend 2006年11月号 巻頭言

等身大の経営

槍田副議長 槍田松瑩
(うつだ しょうえい)

日本経団連評議員会副議長
三井物産社長

万巻の経営書を読破しても、途方もない大戦略や奇策を求めてみても、企業経営に経営者の等身大以上の成果を期待することはできないと思う。スーパーコンピューターを導入してありとあらゆる施策をシミュレーションしても、結局のところ経営は経営者の判断力に委ねられるものなのである。経営者の視界とスケールを上回る経営はできない。

過去を省みれば偉そうな経営観を語る立場にもないが、企業経営が人間による営為であるかぎり、それに参画する者として、人間としての等身大の経営に向けて真摯に努力するのみだと考えている。微力な人間が企業組織の経営責任を引き受ける時、多くの下支えしてくれる人たちの意見に謙虚に耳を傾け、吸収・咀嚼して自分自身の考え方に高め、心を込めて責任ある決断を下すことが基本であろう。

私が秘書として三年間直接仕えたこともある当社の先輩水上達三は、甲州の人だったこともあり、武田信玄の言葉「人は石垣、人は城、情けは味方、仇は敵」を大切にしていたが、人を重んずる経営観は400年以上を経ても色褪せることはないようだ。

経営効率と回転率だけを志向しているかに思われがちな米国の経営においても、実は「ロイヤリティー・イフェクト」(忠誠効果)が再評価されていると聞く。長く株を保有して支えてくれる株主、長く勤務して企業を支えてくれる従業員、長く取引を継続してくれる取引先などを大切にする経営の方が実績があがるという判断である。当然のこととも思われるが、やはり経営において忘れたくない基軸である。

遥かに道遠しの想いで、日々を送っているが、笑顔のあるところに情報は集積するわけで、人間社会の面白さに惹かれながら、しなやかに現場に向き合いたいと思っている。


日本語のホームページへ