月刊・経済Trend 2007年5月号 巻頭言

“お天道サマが観ている”

武田副会長 武田國男
(たけだ くにお)

日本経団連副会長
武田薬品工業会長

戦後いつの頃までだろうか、わが国には卑怯なこと、恥ずべきことはしない、ズルしては駄目、公共のルールは皆が守る、という暗黙の合意が成立していたように思う。それを破れば、子どもだったら祖父母や両親から、もしそれが公共の場のことであれば、大人だって見知らぬ人からもきつく叱られるか、穏やかに諭されたものである。誰にも見られていないから……なんて思っても、“お天道サマが観ているよ……”

昨今の自然環境の破壊、残忍な事件、小さな子どもが犠牲となる卑劣な犯罪、公共の場所でのマナーの酷さ、加えて一向に止まらない企業の不祥事などを思うにつけ、多くの人々が期待する社会とは随分とずれた方向に、私たちは向かっているのではないかと些か気になる。

その大きな要因は、戦後、経済的豊かさの追求を至上目標とし、効率最優先に傾斜し、結果として、伝統的に継承されてきた日本人の心とか道徳観を置き忘れてきたことにあると思う。家庭においても、学校、地域社会で、そして職場においても、皆がむしろ打ち捨ててきた、と言って過言ではないだろう。

近年、コンプライアンスが流行となっているが、心豊かで、幸せを実感できる社会にするためには、最低限のルールたる法令を遵守するだけで良いはずがない。

今の時代だからこそ、それを超えた倫理観なり道徳観を取り戻すことが、必要なのではないか。

企業も人も法律さえ守れば、後は何をしても良いというものではなかろう。法令なんかに触れなくたって、やはり卑怯なことはしてはならないし、恥ずべきことをしてはならないのである。なにせ“お天道サマに観られている”のだから、と自戒も含めて訴えたい。


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