月刊・経済Trend 2009年8月号 巻頭言

看脚下

清水副会長 清水正孝
(しみず まさたか)

日本経団連副会長
東京電力社長

禅の世界に「看脚下(かんきゃっか)」という言葉がある。私はこれを座右の銘としている。

中国は宋の時代、ある夜、臨済宗の高僧法演(ほうえん)が、弟子を伴い寺に戻る道中、携えていた灯火が突然消え、周囲は暗闇に包まれてしまった。慌てる弟子たちに法演禅師は、まさに禅問答らしくこのハプニングに対する各自の考えを述べさせたところ、弟子の一人である克勤(こくごん)が「看脚下(脚下を看よ=足もとを見よ)」と答え、禅師を感服させた、という故事にちなむ。

これは、周囲が突然暗闇に覆われるような事態に陥ったときも、慌てずに自分の足もとに目を向け、一歩一歩を確かめて進めば道も開けてくる、という意味だと解釈している。立ちはだかる課題の解決に際し、自分自身の「脚下」にこそ答えがある、ということであろう。

企業経営の要諦もこれではないか。もちろん、経営者にとって、理想やビジョンを高らかに掲げ、会社の百年の大計に向かって進んでいくことは大変重要である。しかしながら、それだけではなく、自らの足もと、すなわちその企業の置かれた現状・実態を踏まえることを忘れてはならない。

昨年来、世界経済は混沌としており、また、日本の政治状況なども不安定で、企業を取り巻く環境は非常に不透明だ。まさに暗闇というべき、こうした状況のなかでは、高邁な理想論だけを説いても、目的地となるその理想に向かっていかに進めばよいのか、方向もわからないまま、ただ立ちつくすだけだ。進むべき正しい針路を見いだすためには、まずは「現場」に足を運び、実際の「現物」を前に考え、今ここにある「現実」を見据えて、まさに足もとから着実に一歩ずつ前に進んでいくことが最も重要なのではないだろうか。

いま私は、着実な経営に向け、改めてこの言葉の重みを噛みしめつつ、気持ちを新たにしている次第である。


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