第7回ミャンマー研究会(座長 春名和雄氏)/12月15日

ミャンマーの人権状況


現在ミャンマーでは憲法制定に向けて国民会議が開催され、民主化のプロセスが進められているが、欧米諸国は人権問題などを理由に同国に対し批判的な姿勢をとり続けている。国連人権委員会は95年10月、94年に続き東京大学法学部の横田洋三教授をミャンマーに派遣し、同国の人権状況について調査を行なった。人権状況と政治情勢について、横田教授に聞いた。

  1. 豊かな農業国の社会主義の失敗
  2. ミャンマーは潜在的な発展の可能性を秘めており、開発に成功すれば豊かな農業国になる。第2次大戦前、ビルマは世界第1位のコメ輸出国であり、当時の1人当たりGNPは日本とほぼ同じであった。94/95農業年度(7月〜翌6月)のコメ生産量は1,881万tで日本の1,000万tを上回り、100万tを輸出した。政府は農民に増産を呼びかけ、二期作を奨励している。現在はLLDC(後発開発途上国)だが、今後ミャンマーの生産性は確実に向上するだろう。

    1962年〜88年、ネ・ウィンが指導するビルマ社会主義計画党のもとで「ビルマ式社会主義」が進められた。この間はゼロ成長が続いた。当時ビルマは鎖国していたため、外部から国内情勢は窺い知れなかった。結局、ビルマ式社会主義は失敗し、88年の暴動につながった。その後、市場経済化が進められているが、その主体は軍である。74年憲法は廃棄され、SLORC(国家法秩序回復評議会)がすべてを決定している。

    90年5月に総選挙が行われた。ビルマ社会主義計画党は国民統一党と名を変え、アウン・サン・スー・チー率いる国民民主連盟(NLD)と対峙するが、同女史のカリスマ性と鬱積した国民の軍への不満から、約8割の議席を獲得した。NLDに敗北する軍人世帯が多数を占める地区からもNLDの候補者が当選しており、軍内部にもNLD支持者がいたものとみられる。軍は90年の選挙結果を無視し続けている。

  3. 憲法制定と人権状況
  4. 88年の暴動は流血の惨事で1万人の怪我人が出たといわれる。このときから国連が動き出し、欧米諸国を中心に人権侵害を注視している。93年から憲法制定の国民会議が開催されているが、政府は憲法制定までは政権委譲はしないとしている。国民会議には政府の人選により、知識層、公務員、農民、労働者、政党代表者など700名が参加している。憲法案15章のうち3章分の審議を終え、今後4〜6章が審議される。NLDは90年の選挙結果に基づく民主化を主張し、今年11月、国民会議をボイコットした。土曜と日曜にスー・チー邸前で2000〜3000人の集会が持たれており、同女史が拡声器で一方的に話をしている。集会は整然と行われており、軍も黙認している。

    政治活動は制限され、言論への締付けも厳しい。外国の新聞社の活動は認められるようになり、海外に情報は流れているが、テレビもラジオも政府が規制しており、国民には政府系の情報しか入らない。政党活動については5人以上の集会や文書作成が禁止されており、軍の保護下の国民統一党だけは機関紙を発行している。

    適正な手続によらない逮捕や処刑は現在も行われているが、かつてほど頻繁ではなくなり、刑務所内の待遇も改善している。国境地帯の反政府勢力16のうち、15との間で休戦が成立し、残るカレン民族連合(KNU)とも交渉が始まっている。タイ国境地帯には7万人の難民が出ており、インタビューでは人権侵害を訴える者が多い。またバングラデシュとの国境地帯には25万人のイスラム教徒が難民となっている。ミャンマーは国民の9割が仏教徒で、仏教を国教のように扱っているため、イスラム教徒との間で軋轢が起きる。イスラム教ではコーランを早朝からスピーカーで流す習慣があるが、これを政府が規制しようとするので、イスラム教徒にとっては宗教弾圧になる。また、学校で先生にお辞儀をするよう指導していることも問題になる。イスラム教徒はアラーの神以外にはお辞儀をしないため、日常的な問題で摩擦が起きてしまう。

    最近は軍の姿勢も軟化し、強制労働の事例も減っているが、道路や橋などの開発プロジェクトに強制労働が使われている。政府は1日10〜15チャットの賃金を支払っていると説明しているが、現実には軍関係者が巻き上げて労働者には支払われていないようだ。強制労働禁止の秘密指令が出されており、政府は人権問題に対処している。

  5. 市民生活の正常化
  6. 市民生活は正常化し、車も増え、中国製品、日本の電気製品も輸入されている。94/95年度(4月〜翌3月)の実質GDP成長率は6.8%となり、全般的な向上を実感できる。外国人対象のビジネスを中心に潤っているが、農作物の政府買入れ価格が低く抑えられているため、農村地区は依然として貧しい。94/95年度の消費者物価上昇率は22.4%と高い。公務員の平均的な月給は750チャット、局長クラスでも3000チャットなので生活は楽ではない。96年は観光年であり、50万人の観光客を見込んでいるが、バスやタクシーはなく、ホテルも1日に1〜2時間停電し、インフラの不足が目立つ。

  7. 欧米先進国の動き
  8. 米国はミャンマーに対して厳しい姿勢を続けている。世界銀行やIMFも米国の強い姿勢に抗してまで、ミャンマーに肩入れしようとはしない。しかし、英国や米国の民間企業は積極的にミャンマーに投資している。わが国はミャンマーに対して、人権面では批判的な立場をとっているが、経済面では懲罰的態度はとらず、いわゆる「建設的関与」の姿勢を維持している。このため、西欧諸国にはある種の焦りがみられる。EUは15カ国がまとまらないと動けないため、どうしても筋論であるミャンマー批判論が勝ってしまう。今年はスウェーデンがミャンマーの人権問題を批判する国連決議をまとめたが、それでも米国は国連の姿勢は弱すぎると非難している。スー・チーは、人道的な援助はともかく、大規模なインフラ関連の援助は時期尚早だと言っている。

    インフラ関連プロジェクトへの援助が、人権にマイナスだとは思わない。強制労働は人権侵害だが、政府に資金がないから強制労働が生じる。この問題を解決するために、ODAを供与したらよい。ただし確実に強制労働がなくなるよう監視する必要はある。日本政府や国連が、軍とスー・チーの仲介をして対話を促進することが有益だと思う。


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