経団連くりっぷ No.42 (1996年10月24日)

今後の日米協力を考える部会(部会長 上原 隆氏)/10月3日

日米経済の現状と今後の見通しやいかに


アメリカ委員会の「今後の日米協力を考える部会」では、慶応義塾大学の竹中平蔵教授を招き、「日米経済の動向と今後の経済関係」について説明を聞くとともに、懇談した。

竹中教授説明要旨

  1. 米国の経済回復の実態
  2. マクロ経済指標で見る限り、現在、米国経済は好調であるが、米国民は米国経済の現状、先行きに不満・不安を抱いている。これは所得格差が広がる中で、生活水準の維持に対する警戒感が広がっているためである。米国の労働生産性は、1930年〜50年代には毎年約2%上昇していた。これは約30年間(親から子の間の1世代)で生活水準が2倍になったことを意味する(「アメリカン・ドリーム」の実態)。それが60年代に入って、労働生産性の伸びは0.8%以下に低下し、生活水準を2倍にするには100年、3世代かかるようになった。生活水準が低下する層さえ出てきている。

  3. 変わる米国の対外政策
  4. こうした中、クリントン政権は、財政赤字削減に高い優先順位を置いている。デフレ解消に向け輸出を拡大するために、現在世界で最も経済的活力に富んだアジア太平洋地域との経済的な結びつきの強化が強く求められている。そこで米国は、「93年のトリプル・プレー」((1)ガット・ウルグアイ・ラウンドの妥結、(2)議会のNAFTA承認、(3)初のAPEC首脳会議開催[於 シアトル])を契機に、通商政策の一大転換を行なった。
    また、85年あたりからアジアの域内貿易の伸びが対米貿易のそれを上回ったため、報復的な経済措置を匂わせ、巨大な米国市場を交渉カードに用いるやり方が効果的ではないことを悟り、通商政策の手法を改めた。従来のように「市場の脅威」で対抗するのではなく、「法の論理」を追求し、広い意味でのルール、枠組みづくりを目指す方向に転換した。
    この変化は米国の地域協力への対応にも現れている。最近、EUやNAFTAなどの地域協力の間で、相互連関を強化しようとする動きが活発化しており、さまざまなリージョナリズムの組み合わせが模索されているが、そこに一番顔を出すのは米国である。米国は「法の論理」をWTOの場で性急に実現することが難しいと判断して、まず関与する地域協力を通じて紛争処理のルールを確立しようとしている。

  5. 日本経済の問題点
  6. 欧州は高福祉型の社会を選択し、米国は貧富の格差の拡大という社会的コストを覚悟した経済政策を行なっている。これに比して日本政府は、どういう経済社会を目指すのか明確にしておらず、国民にもメニューを提示していない。
    日本の景気は、マクロ経済指標から判断して、着実に回復しているが、停滞感が拭い切れない。不況の底は93年10月であり、それから2年半以上経っているが、景気の谷から現在までの生産増加はわずかに1.6%である。前回回復期(86年11月が谷)の9.3%増に比べて極めて小幅な増加である。この時はバブルにつながる時期であったことを考慮しても、その前の景気回復期(83年)の生産増加ペースは2年間で5〜6%であり、今回はこれに比べても極端に低い伸びである。これは、とくに自動車、家電など「リーディング産業」をはじめとする企業の技術進歩率の伸びが低かったことに起因している。
    また、日本経済はこれまで「二重経済」構造を保ってきた。世界市場での競争に打ち勝ち、生き残れる生産性の高い産業分野(日本経済全体の20%にすぎない)と、規制で保護された生産性の低い産業分野が併存してきた。これが景気の停滞に大きな影響を与えており、規制緩和による是正が求められる。
    財政赤字の問題にもっと危機感を抱くべきである。89年に3%の消費税が導入されたが、その後もGDPに占める財政支出は増加の一途を辿り、現在7.2%に達している。現在の財政支出の伸び(年間3.8%)が今後も続けば、支出を抑制せず増税でこれを賄うには、2005年の時点で、消費税率は13%にせざるを得ない。
    ソフト・パワー(インターネット、英語力、弁護士、公認会計士、経済コンサルタントなど)が急速に重要度を増している。米国が圧倒的なソフト・パワーを有しているのに対し、日本はこの面で大いに遅れており、組織・人材が不足している。今後これを強化するための社会・教育改革を早急に実施しなければならない。同時に、日米はソフト保護の面で利害が一致しているため、協調してそのルールづくりに取り組む必要がある。


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