経団連くりっぷ No.61 (1997年 8月28日)

日本・インドネシア経済委員会1997年度総会(委員長 中村裕一氏)/7月31日

インドネシアのスハルト政権のゆくえ


インドネシアでは、98年3月に大統領選挙が予定されている。スハルト政権は68年に発足してから、すでに30年近く経過した。スハルト体制が7期目を迎える可能性は高いが、ポスト・スハルト時代の到来も予見される。日本インドネシア経済委員会では、京都大学東南アジア研究センターの白石隆教授から、インドネシア政治の展望について聞いた。なお、当日は96年度事業報告・収支決算と97年度事業計画・収支予算につき審議し、了承を得た。

  1. スハルト政権の特徴と不安定要因
  2. 白石教授
    1. 一般的に政治の変化は、その規模によって、
      1. 国家レベルの変化(91年ソ連崩壊など)、
      2. 社会体制の変化(79年イラン革命など)、
      3. 政治体制の変化(86年フィリピン革命)、
      4. 通常の政権交代、
      の4レベルに分類できる。
      この分類によると、今のインドネシアは、(1)や(2)の可能性はない。しかし、現政権があまり長びくと、現在はその可能性が非常に小さいとはいえ、政治体制の変化もありうる。

    2. 過去30年にわたってスハルト政権は、「新秩序体制」を維持してきた。その特徴は、第1に、政治的安定と経済開発を国家の2大目標としたことである。学生運動などを厳しく取り締まる一方で、国民生活の向上を目指してきた。第2に、利益配分においてコネの裁量の余地が大きかったことである。インドネシアでは、大臣や社長など上位にある「Bapak(親父)」が公私にわたって、部下の面倒を見ることが長年美徳とされてきた。このようなシステムの下で利益を得られるのは国民のごく一部であるため、結果的に所得格差を助長させることになった。

    3. 現在、スハルト新秩序体制には4つの不安定要因がある。第1に、スハルト大統領自身が76才と高齢になり、その判断力にかつてのような鋭敏さが薄れてきたことである。特に家族が係わる問題に対しては、合理的な思考ができなくなっているとの声もある。
      第2に、大統領の親族による政界、経済界、軍部への影響力が大きくなっている。例えば、軍内部では、大統領の娘婿を中心とする将校グループと、それに対して批判的なグループとの間で、派閥抗争の発生が危惧されている。
      第3に、インドネシアの重要な政策判断については、担当閣僚でも大統領の意向に沿わなければならず、1人では何も決められない状況にある。
      第4に、以前よりも頻繁に暴動が起こっているが、軍も容易には抑えられなくなった。また、政府としても、人権擁護に関する国際世論に配慮せざるを得なくなっている。

    4. このような状況下、ルピアの暴落や公共料金の大幅な値上げなどがあれば、社会的な不満が爆発し、政治危機に陥る危険性がある。

  3. 米国との関係
  4. クリントン政権には、リッポ・グループからの献金疑惑があるため、インドネシアに関連する事柄については極力言及を避けようとしている。インドネシアへの米国製戦闘機の輸出も中止された。ただ、米国政府関係者はインドネシアの長期的な安定と繁栄を念願している。
    一方、スハルト大統領は、これまで米国の共和党との関係が深かったため、民主党のクリントン政権との関係は弱い。また米国におけるインドネシア軍将校の研修プログラムが最近5年間は停止されており、有用な情報は米国からインドネシアに伝わっていない状況である。

  5. 今後の課題
  6. インドネシアの長期的な安定と繁栄は日本の国益にもかなっている。いまインドネシアが直面している問題は主として国内問題であるため、その解決に向けて外国ができることは少ない。
    しかし、ポスト・スハルト政権は、誰が大統領になっても現スハルト政権よりも基盤が弱くなるだろう。日本が中心となり、国際的な枠組みのなかで、新しい政権に対する支援体制を確立する必要があろう。


           

現代インドネシア略史

1945年
  • インドネシア独立宣言(8月17日)
  • 初代大統領にスカルノが就任
  • 「1945年憲法」を制定
    (唯一神信仰、人道主義、民族主義、民主主義、社会正義の建国5原則(パンチャシラ)を掲げる)
1965年
  • 「9月30日事件」発生
    (インドネシア共産党がクーデターを起こしスカルノ大統領を擁立して「革命評議会」を樹立。
    すぐにスハルト陸軍戦略予防軍司令官がこれを制圧)
1967年
  • スハルト、大統領代行に就任
1968年
  • スハルト、正式に第2代大統領に就任(1選目)
  • 「新秩序体制」を提唱
1993年
  • 国民協議会で無投票でスハルトが大統領に再選(6選目)
1998年
  • 正・副大統領選挙(3月、スハルトが当選すれば7選目)

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