経団連くりっぷ No.61 (1997年 8月28日)

日本ベトナム経済委員会1997年度総会(委員長 西尾 哲氏)/7月29日

ベトナムの現在─ドイモイの現局面


ベトナムでは7月20日、国会議員選挙が実施された。今後、政府首脳など指導部の交代が予定されており、人事の若返りとともに今後の政策運営が注目される。ドイモイ(刷新)から10年を経て、ベトナム共産党の方針がどのように変化してきたかについて、東京大学の古田元夫教授から聞いた。また、当日は当委員会の96年度事業報告・収支決算、97年度事業計画・収支予算について審議し、了承を得た。

  1. 第8回共産党大会の意義
  2. 96年6月28日〜7月1日、第8回共産党大会が開催された。共産党大会は5年毎に開かれているが、第8回大会ではドイモイ後の10年を総括して、2020年までを視野に入れた展望が提示された。この大会の準備段階では、94年7月に第7期第7回中央委員会総会が開催されている。中央委員会総会では、政策運営に関する基本問題が論点になった。資本主義と社会主義の考え方を研究課題にしなければならないほど、共産党内部の意見は多様化しており、国家的なプロジェクトとして複数の研究グループが作られた。

    社会人文科学国家センターの96年1月の報告書は、マルクスの理論を発展の方向づけとして扱っており、発展の過程を「農業文明、工業文明、ポスト工業文明」の3つに区分している。現代社会を「資本主義から共産主義への過渡期」と捉え、ポスト工業文明を共産主義と認識し、資本主義は発展の前提とされる。また、ベトナムは、共産党が指導する人民の国家であり、国が資本主義的発展を促進し、軍人や官僚が資本主義的発展の推進力になったと述べ、これを「国家資本主義」と定義している。

    このような議論の背景には、大会準備の作業として、共産党の枠組みのなかでしか議論できず、社会主義の目標を放棄するわけにはいかないという複雑な事情があった。社会主義を志向しながら、ベトナム経済の発展を求めようとして、ポスト工業文明と共産主義を同一視したのである。

    第8回共産党大会と同じ時期に、チャン・スアン・チュオン氏が『ベトナムにおける社会主義志向』を出版し、資本主義的な発展に対する批判として保守派の理論を展開している。第8回共産党大会の「政治報告」は、現代社会を「資本主義から社会主義への過渡期」と表現した。このような考え方は、96年4月の第2次草案で登場したものであり、ベトナムにおける当面の資本主義的な経済発展の合理化を狙っている。保守派と改革派との間で綱引きがあったものと考えられる。

    その意味で第8回党大会は、改革派にとっては資本主義的な発展への橋頭堡であり、また保守派にとっては資本主義的な発展、すなわち合弁企業の活動に対して一定の枠をはめるものと理解された。

  3. 改革派と保守派の意見の相違
  4. 国家資本主義をめぐって、改革派は資本主義に重みを置いているが、保守派は国家に重みを置いている。国営企業と外国企業の合弁事業はベトナム経済の牽引力になっている。このような動きを改革派は歓迎するが、保守派は規制しようとしている。

    現在、ベトナムでは国家資本主義の中身をどう見るかが争点になっている。これはドイモイ10年のベトナムをどう考えるかとも関連する。ベトナム共産党は、ベトナム経済のあり方について、「社会主義を志向する、国家の管理を伴った、市場メカニズムによって運営される、多セクターの商品経済」と述べている。社会主義市場経済は、共産党のコンセンサスであるが、社会主義に力点を置く場合と市場経済に力点を置く場合とで相当の違いが出てくる。資本主義か社会主義かは根本問題だが、ベトナムを総体として見れば割り切れておらず、微妙な綱引きが行なわれているのが現状である。しかし、ベトナムの文化的伝統を考えると、このような曖昧さは特異なことではない。

  5. ドイモイと宗教活動
  6. ドイモイが進むなかで、仏教、カトリック、民間信仰などの宗教が復興している。ハノイ近郊のバクニン市に、11世紀のベトナムの姫“バーチュア公”を祭った神社がある。商売繁盛の神として有名で、立派な社殿が造成され、参拝者が急増している。信仰心の復活に止まらず、国もそれを後押ししており、文化省は民間信仰の神社を文化財に指定している。民族の伝統を守るだけでなく、観光客の誘致など経済活動の活性化にも寄与している。公権力による権威づけはベトナムの伝統である。

    東南アジアの他の国では、公式宗教と民間信仰は区別されており、イスラム教や仏教の施設として認められないと、文化財に指定されない。しかし、ベトナムの場合、「宗教の博物館」と言われるように、いろいろな神が併存している。このように考えると、資本主義と社会主義の併存もベトナム人にとっては、それほど違和感のあることではないのかも知れない。

  7. 首脳交代とベトナムの政治
  8. ベトナム共産党は、集団指導体制によってコンセンサスを重視してきた。これはベトナム政治を安定させてきたひとつの要素であり、少なくともいままではプラスに作用してきた。しかし、ベトナムが本格的に世界経済に統合されていく時期に、このような体制を維持することについては、ベトナム人の間でも議論がある。若返りとともに強力なリーダーシップを望む声も強い。ドー・ムオイ書記長、レー・ドゥック・アイン国家主席、ヴォー・ヴァン・キエット首相の引退によって、次期指導部が強力なリーダーシップを発揮できるかどうかが課題である。

    指導部の若返りによって、政治体制が今後どうなるかについては、

    1. 共産党がドイモイに伴う経済的な利害の多元化に対応して、国民政党に変貌し、強力なリーダーシップのもとで経済成長を進める、
    2. 共産党が変化に対応できずに崩壊する、
    という2つのシナリオが考えられる。

    いずれにしても、いまベトナムでは、国家機関や経済組織の幹部の構成は急速に若返りが進んでいる。戦争の時代ではなく、経済の時代に育ってきた人がベトナムの国家運営を担うようになれば、ベトナムの政治も変わるだろう。


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