経団連くりっぷ No.61 (1997年 8月28日)

東亜経済人会議日本委員会1997年度総会(委員長 服部禮次郎氏)/7月23日

歴史のなかの現代中国・台湾・香港


今年7月1日、香港が中国に返還された。台湾は、香港と経済的に緊密な相互依存関係をもっており、返還による影響が注目されている。東亜経済人会議日本委員会では、7月23日に1997年度総会を開催し、慶應義塾大学法学部長の山田辰雄教授より、現代中国、台湾、香港の情勢について説明を聞いた。
以下はその概要である。なお、当日は96年度事業報告、収支決算と97年度事業計画、収支予算につき審議し、了承を得た。

  1. 天安門事件における予測の誤り
  2. 天安門事件当時、多くの人は中国について、
    1. 中国はこれを機に民主化する、
    2. 中国の経済発展は5〜10年遅れる、
    3. ソ連と同様、中国共産党は崩壊する、
    という誤った予測をした。

    こうした見方が多かった理由として以下の3点が考えられる。第1に、一部の商業主義的な報道により、事件の過激なイメージが増幅されたこと。第2に、天安門に集結した100万人の大半が学生であり、農民、市民を巻き込んだ体制闘争には至らず、さらに軍も完全に党に掌握されていたにもかかわらず、判官びいきから、政権保持者と挑戦者の力関係について判断を誤ったこと。第3に、最も基本的な問題として、中国における歴史的連続性の観点が欠けていたため、事件の必然性が充分認識されなかったこと、である。

  3. 中国における歴史的連続性をどう捉えるか
  4. 中国における歴史的連続性は、以下の点に現れている。第1に、「中華帝国」的な伝統的アイデンティティーが現代中国にも存在している。これは、19世紀の列強進出により危機に陥ったが、共産党が「強い国家」の建設によってその回復を果たそうとした。しかし、その過程で中央政府がチベットやベトナムなどと起こした摩擦は、伝統的アイデンティティーのもとで国民国家を目指す現代中国が抱える矛盾を示している。

    第2に、中国政治では、政治勢力は排他的支配を目指そうとする。勢力争いは生存のための闘争となってしまい、「政治の制度化」が遅れてしまう。孫文は、共和制民主主義を謳って清朝を打倒したが、目指したものは強権的な国家の建設であった。また、蒋介石も軍閥を打倒して統一国家を作る過程の中で、民衆を犠牲にしても国民党の独占的指導権を保持しようとした。中国の政治体制の中では、排他性は常に連続しており、今後の中国の発展もこれを踏まえて考えるべきである。

    第3に、体制改革は常に上から行なわなければならない、という「代行主義」が現在の指導者層にも根づいている。そのため、学生や知識人主導の改革は受け入れられにくい。今年2月のトウ小平死去の際、市民の自発的な追悼を防止するために天安門に軍・警察が集められたことも、「上からの改革」を重視する姿勢の現れといえる。冷戦崩壊後、中国でも進歩主義的な論調が台頭した。自由民主主義は近代化をはかる1つのバロメーターではあるが、国家が個人を凌駕する中国において、その近代化を西欧式図式にあてはめて評価するのは誤りである。

  5. 今後の見通し
    1. 集団指導体制・権力闘争
      トウ小平の穴は、残った指導者が1人で埋めることはできないので、当面権力は分有されるであろう。しかし、いずれ1つの中心を求めて党内の再編成が行なわれるはずであり、その過程で指導者間の権力闘争もありうる。一方で、2010年頃を支える40〜50代の台頭も注目される。

    2. 民主化
      仮に何らかの理由で共産党が崩壊するとすれば、その後に待っているのは「民主化」ではなく「ウルトラ・ナショナリズム」や大きな社会混乱と考えられる。経済学的には、1人当りGDPが2,000ドルを越えて初めて民主化が課題となりうると言われている。中国の民主化は、この基準を満たす地方から順に民主化を導入し、それを順次拡大していくというソフト・ランディングのやり方が最も望ましいが、そこではもはや共産党の一党支配は成立しないであろう。

    3. 台湾問題
      台湾の民主化は、非常に目覚しい成果を挙げている。今後の中台関係は、経済的には大きく接近していくが、それが進めば進むほど政治的には疎遠になっていくだろう。7月の憲法改正で台湾省が実質的に廃止されたのはその象徴である。

    4. 香港問題
      今まで香港は、「政治的自由はないが、言論の自由がある社会」であった。しかし、パッテン前総督の急激な民主化政策により、反って中国政府による言論統制は厳しくなった。こうした状況で、経済活動の自由のみが保障されるとは考えにくい。逆に香港情勢が党の独裁を揺るがすようなことがあれば、香港のもつ経済的メリットを放棄してでも、党は独裁体制を維持しようとするだろう。こうした意味で香港の将来については、慎重に考えざるを得ない。


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