経団連くりっぷ No.61 (1997年 8月28日)

情報通信委員会(委員長 藤井義弘氏)/7月17日

情報通信技術を活用して日本を魅力ある国につくりかえる


情報通信委員会では、東京大学工学部の月尾嘉男教授より「デジタル経済と企業」について説明を伺うとともに意見交換を行なった。月尾教授は「デジタル経済では、距離、時間、位置にとらわれずに生活や仕事を行なうことができる。情報通信技術を活用して、既存の社会の仕組みを改革するとともに、日本の競争力や魅力を高めるべきである」と強調した。

  1. 月尾教授説明要旨
  2. 月尾教授

    1. デジタル社会先進国家米国
      1. 米国の指導者層が考える情報戦略は日本とはかなり異なる。クリントン政権は、国の仕組みそのものを工業国家から情報国家に転換するという方針を明確に打ち出している。その背景として、次の2つの要因が考えられる。

        1. サイバーフロンティアの開拓
          ケネディ大統領が宇宙にフロンティアを求めたように、新たなフロンティアの開拓が国の活性化に資するという伝統的な考え方がある。クリントン政権はサイバーフロンティアの開拓によって21世紀の米国の発展を目指すという政策を掲げている。

        2. 軍事技術の民間転用による覇権
          米国はソ連の脅威の減少とともに、連邦予算に占める軍事費の比率を下げてきている。防衛産業を国が維持する比率を低減するかわりに、軍事技術の民間転用を推進し、自律的な発展の道を開き、産業技術分野、とくに情報通信分野において覇権を握ろうとしている。インターネットは民間転用によって覇権を獲得した典型的なケースである。

      2. わが国でも94年に高度情報通信社会推進本部が設置されたが、米国ほど明確に国家戦略として情報政策を打ち出しているわけではない。今後わが国が情報通信政策に取り組む際には、このような米国の考え方を認識しておくべきである。

    2. 日本の国際的な地位の変遷と情報化
    3. 近年、わが国の国際的な地位は低下傾向にある。スイスのIDM社が作成している『世界競争力年鑑』によれば、日本の競争力は昨年には11位に下落し、アトラクティブネス(投資対象としての魅力)についても46カ国中23位にまで低下した。公共料金やオフィス賃料などの高コスト構造や、さまざまな改革の遅れがその原因である。これまで日本を発展させてきた慣例や制度が諸外国との間で不調和を来している。これを打ち破る有力な手段が情報通信革命である。

    4. デジタル社会の到来
    5. デジタル社会はすでに到来している。インターネットに接続されているホストコンピュータの数は世界中で1,800万台であり、1台当たりに接続される端末装置の台数を15台とすると、世界人口の20分の1に当たる2億4,000万台がインターネットに接続されている。一方、日本には巨大な情報通信産業が存在するが、社会全体の情報装備はそれほど進んでいない。

    6. デジタル経済の特徴
    7. デジタル社会の中で展開されるデジタル経済の特徴は、距離、時間、位置に影響されないことである。今後、主要な通信手段については、世界的に定額料金、均一料金に移行していくと思われる。その結果、地域(地方と中央、先進国と発展途上国)や規模(大企業と中小企業)、年齢(年功序列型の人事制度)といった従来型の格差が縮小する。このようなデジタル経済の特徴を活用して、多様なビジネスの場を創出することが期待されている。

    8. デジタル社会への政策
    9. デジタル社会に向けて重視すべきことは3点ある。第1に、情報の共有を進めることである。特許などは別として、情報を社会と共有することがビジネスの強さにつながるようになる。
      第2に、共有された情報をビジネス・チャンスとして活かすためには、意思決定の迅速化や組織の機動性といった「速度の経営」を行なうことが重要になってくる。大企業よりもスリムな組織を持つ中小企業の方が有利になる場面も考えられる。
      第3に、多様な人材を育成、確保することが必要である。デジタル社会においては、変化を予め予想することが困難であるため、多様な人材を確保しておくことが発展のための条件となる。

  3. 意見交換
  4. 経団連側:
    先進国と発展途上国の関係など、世界的に見てデジタル社会ではどのような変化が起きるのか。
    月尾教授:
    情報の受発信を自由に行なえる国が、規模の大小に関わらず発展していくと思う。情報に対する監視を行なうような国は、情報共有が進まず、いずれ摩擦が生じる可能性がある。

    経団連側:
    標準化について、欧州にもデファクト・スタンダード重視の米国型に反発する動きがある。今後、グローバル・スタンダードをめぐって国際的な対立が生じる可能性があるのか。
    月尾教授:
    ITU(国際電気通信連合)のような場における法制的なスタンダードに代わり、米国型のデファクト・スタンダードが力を持つようになっているが、米国型の覇権主義では文化の多様性が失われる可能性がある。国際的な調和が図られるよう経団連も含め日本がもっと働きかける必要がある。


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