経団連くりっぷ No.79 (1998年5月28日)

21世紀政策研究所(理事長 田中直毅氏)/5月13日・14日

21世紀政策研究所設立1周年記念シンポジウム
「東アジア経済の再生と日本」を開催


本研究所では、設立1周年の記念と「内外シンクタンク等とのネットワーク形成」の一環として、5月13・14日の両日、標記シンポジウムを開催した。(1)各社若手研究者と本研究所研究員の発表・討議による4分科会、(2)(アジア各国での事業経験を踏まえた昼食報告会、(3)豊田会長挨拶ならびに田中理事長講演(「東アジアの多段階調整と日本の政策枠組」)、(4)有識者によるパネルディスカッション、などが行なわれ、2日間で延べ約700名が参加した。

  1. 豊田会長挨拶要旨
    1. 研究所設立初年度の昨年は、アジア諸国の経済危機やわが国金融機関の相次ぐ破綻などの緊急課題への対応に追われた。本年度からは、経団連ビジョン「魅力ある日本の創造」で取り上げたような中長期的課題にも取り組んでいければと考えている。引き続き経団連会員企業各位のご理解とご支援、ご協力をお願いしたい。

    2. 先月末開催したアジア隣人会議での各国経済団体首脳の発言からも、日本への期待を強く感じた。本研究所としても、昨年夏以降各国に研究員を派遣し、実態を調査するとともに、対策を検討してきた。今回はその成果の一端の披露である。また、今回の分科会や報告会、パネルのように、各社が知識・経験を披瀝し合うのは、民間の知的資産の活性化、知的ネットワークの形成として重要である。経団連会員各位の協力により、さらに充実を図っていきたい。

  2. 田中理事長講演概要
    1. われわれとしては東アジアの経済調整がさらに長引くという前提で経済運営をせざるを得ない。各国は「多段階調整」ともいうべき状況にある。他方、今年の年末には米国の経済成長が減速するのは不可避であろう。わが国の内需をどのような手段で振興させるのかが問題だ。この重大局面でエコノミストがその役割を果たせないなら、21世紀には筆を折らねばならない。

    2. 東アジア各国はIMFから規律を押しつけられる形で内需が抑制される状況にある。例えば韓国では、「負債資本比率」を1999年末までに200%にすることになっているが、現在大財閥といわれるところでも400〜500%のようである。目標達成のためには、今後1年半で資産の40〜50%を売却せねばならない。

    3. インドネシア情勢が周辺諸国に影響を及ぼしている。例えばマレーシアの株価の下落等もそうであり、香港にも波及している。いわゆるコンテージョン(汚染)が広がっており、特定国で発生した問題を当該国内に限定するのが困難になりつつある。

    4. 難しいのは政治レベルの問題が絡んでくることだ。金大中大統領が大統領選の際、支持者拡大のために、99年までに大統領権限を抑制して議院内閣制的なものにするとの合意をしているが、それまでの短期間に結果を求めることになる。また、長期政権の国の場合には、現政権後がどうなるか不透明であり、経済にとり撹乱要因だ。
      いずれにせよ、わが国の経済運営にとって、東アジアの経済調整はそれほど楽観的な見通しは持てないのではないか。

    5. 中国はアジアの経済危機を水際で防いでいるとの意見があるが、為替調整・経済変動の影響をまともに受けていると見るべきだ。輸出企業への補助金、事実上の賃金切下げ等がその例であり、過剰在庫はGDPの4割との西側推計もある。消費者物価指数も下落している。国家計画委員会の推計によれば、広州から上海、北京、大連にいたる沿岸地域の余剰床面積合計は7,000万m2(5,000万m2が豪華マンション、2,000万m2がオフィス)とのことであり、これは東京のビル面積総量にほぼ匹敵する。
      このように、「人民元維持政策」と「三大改革推進(国有企業改革、金融システム改革、行政機構改革)」の矛盾は次第に広がってきている。

    6. 人民元維持のためには取引制限による統制しかないが、金融システム改革と相反するものとなる。本年3月には中国政府は日本円で4兆円規模の資金注入を行なった。今後は銀行が規律をもって行動することになるが、外為銀行である中国銀行の改革案でさえ、「第1に営業部門と切り離された審査部門の新設、第2に貸し出した資金は回収すること」というレベルに過ぎないことを認識する必要がある。

    7. 米国は東アジアの経済混乱に対し、自らの資本主義の勝利者宣言をした。たしかに物価安定→金利低下→株価上昇の好循環が生まれ、景気上昇は7年目にもかかわらず1年目の若さを保っているといわれている。しかし輸入価格や卸売価格を基準とした実質金利では、昨年10月以降上昇傾向が見られ、収益条件が厳しくなっている。本年末にかけての景気減速は不可避であり、金利は引き下げられるだろう。

    8. 今回の経済変動は、世界的影響を及ぼしたという点で、今世紀における歴史の舞台としての東アジアのヒトコマといえる。台湾ドルの切下げは香港のハンセン指数下落を引き起こした。韓国への影響も、台湾と比較して経済が脆弱と投資家が判断したことによるだろう。

    9. 欧州の「ユーロ」、南北アメリカの「ドル」に対し、アジアの「円」となるように、円を国際化していくには、なすべき事は多い。わが国としては、本年末から来年に向け、「おカネの秩序」を確立することが重要である。また、マネタリー・ベース(*注)を対前年同期比10%の水準を維持し、2000年まで継続すると宣言するようなことが必要であろう。

      (*注)マネタリー・ベース
      民間部門の信用創造の基礎となる通貨量のことをいい、現金通貨と中央銀行預け金の合計からなる。ハイ・パワード・マネー、あるいはベース・マネーともいわれる。

    シンポジウムの模様

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