第570回常任理事会/3月6日
わが国経済の活力を維持し、産業の競争力を高めていくためには、科学技術・産業技術の戦略的・総合的な推進が不可欠であり、本年1月に内閣府に設置された総合科学技術会議には、国全体の総合的な科学技術政策を推進する司令塔としての役割が期待される。そこで、同会議の議員である井村裕夫 京都大学名誉教授より、21世紀の科学技術と総合科学技術会議の役割について説明をきいた。
日本は、明治以来、欧米諸国にキャッチアップすべく科学技術に取り組んできたが、今日、範とすべきモデルはない。フロントランナーとなるためには、エネルギーと創造力が求められている。
また、産業構造が重厚長大型から知能型へと変化する中で絶えざる技術革新が必要となっている。
さらに、急速な少子高齢化に伴い、労働・資本の面で制約が生じ、社会保障負担が増す中で技術が経済成長に不可欠の要素となっている。
「科学の世紀」と言われる20世紀は、物理学の進歩で幕を開け、それが化学等の進歩につながり、世紀後半には生命科学が長足の進歩を遂げた。この科学の発展を基盤に技術が進歩し、人間の活動が時間的・空間的に拡大した。他方、技術の誤用、資源の枯渇、環境の破壊、人口の増加など負の側面も生じさせることになった。
21世紀は「生命科学の世紀」と言われているように、生命科学の爆発的な進歩が予想される。生命への理解を深めることなくして人類は生き延びることができないと言ってもよい。特に人間の心が存在する部位としての脳の研究が盛んになり、精神の解明が進められる。その他、情報科学等が発展する。技術は、そうした科学の進歩を背景に20世紀を上回る発展が期待される。具体的には、
今後は科学技術を、人文・社会科学の視点も含め総合的、俯瞰的に捉えて推進する必要がある。第1に、科学技術には社会への貢献が求められる。例えば、
科学技術創造立国として、
基本理念を実現するための重要政策は2点に大別できる。第1は、科学技術の戦略的な推進のための重点化である。具体的には、依然として重要性を失っていない基礎研究を推進する必要がある。クリントン前米国大統領は「1970、80年代に基礎研究に投資したことが1990年代の米国の繁栄につながった」と語ったが、事実その通りであり、日本としても基礎研究への投資を増やすとともに、公正で透明性の高い評価による研究水準の向上を目指さなければならない。また、国家的・社会的課題に対応した研究開発の重点化が求められる。上述の4分野がこれに該当する。さらに、科学技術の焦点は短時に移っていくものであり、急速に発展し得る領域に先見性と機動性をもって的確に対応しなければならない。
第2の重要政策は、優れた成果の創出・活用のための科学技術システム改革の推進である。カネを投じるだけでは問題は解決しない。むしろ日本の科学技術システムに問題があり、その改善・改革という困難な課題に取り組む必要がある。
以上の総合戦略を具現化するにあたって、総合科学技術会議の使命は多岐にわたるが、各方面から助言、支援を受けながら、有効に機能するようにしていきたい。
第二次世界大戦中に当時のルーズベルト米国大統領は、大戦後の科学のあり方について有識者に諮問した。それを受け、戦後とりまとめられた報告書のタイトルは “Science:the endless frontier”(「科学−果てしなきフロンティア」)であり、同報告書を基に1950年に全米科学財団が設立され、同財団が一貫して基礎研究への投資を続けてきた。
日本経済の現状は厳しく、明るい見通しが立ち難い。他方、ゲノムの解読の次に、解読されたゲノム情報を基に展開される研究分野としてポストゲノミクスへの挑戦が待ち受けているように、科学技術の世界には果てしなきフロンティアが広がっている。