新産業・新事業委員会(委員長 大賀典雄氏)/3月29日

ニュービジネスが生まれ育つ社会とは


新産業・新事業委員会では、委員会発足以来、ニュービジネスの創出・育成に必要な環境整備のあり方をテーマとして検討を重ねてきた。
今回は、わが国ベンチャービジネス研究の草分けである法政大学産業情報センター所長兼経営学部教授の清成忠男氏を招き、新産業創出を促進する制度・仕組みについて、アメリカと比較しながら多角的に解説を聞いた。以下はその概要である。


清成忠男教授

1.中小企業が牽引するアメリカ経済

アメリカにおいて中小企業数とそれらへの投資が増えてきたのは、1970年以降である。NASDAQができたのは1971年である。アメリカも、60年代までは大企業体制の国であり、起業に必要な要素、すなわち起業家・アイデア・技術・資金が結合する仕組みが制度的に整備されてきたのは、70年代〜80年代にかけてのことである。アメリカの社会・経済体制に初めから企業家セクターが組み込まれていたわけではない。
現在のアメリカ経済の牽引力は、レーガン政権下で空洞化が進んだ時にできた中小企業である。それらがいまや中堅企業となり、空洞化の後を埋める新産業を創出し、雇用吸収、地域開発にも貢献している。

2.イノベーターは大企業にあらず

かつてシュンペーターは「景気循環論」において「新産業の担い手は、新人であり新企業である」と指摘した。彼は後にこの仮説を撤回し、技術革新の担い手は大企業であるとしたが、この10年ほどのアメリカ経済史をみると必ずしも大企業がイノベーターになっているとは言えない。むしろ、大企業に対抗するベンチャービジネスが出現してニュービジネスを生み出している。企業家セクターの登場は、大企業に労務管理の再構築を促すため組織改革につながるほか、場合によってはそれらの中小企業を大企業の一部門にできる可能性もあり、大企業にもプラスとなった。

3.企業化セクター形成のうえでの留意点

新産業の創出を促すために、規制緩和をして市場経済を徹底活用すれば、その副作用として、分配面での配慮が必要となる。創業者利益を保証して企業家が儲かる仕組みを作れば、結果として所得格差が開き、社会が不安定な状態になるだろう。わが国は、先進国のなかでも所得格差の最も小さな国の一つである。そのため社会が安定しているが、ニュービジネスが生まれにくい。企業家セクターの形成に動く前に、社会的な影響とその対策を考えておく必要がある。

4.人材育成と基礎研究の促進

アメリカでは、新規創業が多く企業家セクターが確立しているため、良質のベンチャー企業であれば良い人材が集まる。これに対し、わが国では良質のベンチャーであっても人材が集まらない。この違いが、その後の成長力の違いに影響してくる。また、アメリカには人材育成システムがあり、これが大きな役割を果たしている。わが国でビジネススクールと言えば、たいてい大企業の幹部候補生コースであるが、アメリカでは起業家養成コースを設置している修士課程が全米で300 校ほど存在している。
法政大学では起業家養成コースを大学院に設置しており、ベンチャーキャピタリストやコンサルタントを志望する質の高い学生が集まっている。早稲田大学でも同様のコースがあり、ようやくわが国にも経営の専門的人材を育成するビジネススクールができてきたところである。
アメリカでは連邦政府が大学に基礎研究開発費用を潤沢に提供するため、組織的・系統的に基礎研究を行い固有の分野を確立しているリサーチ・ユニバーシティが全米で 150校ほど存在している。一方、わが国では大学向けの研究開発助成費用が少ないため、リサーチ・ユニバーシティは存在し得ない。そのため、アメリカのようにハイレベルの産学共同研究が進まず、このことが日米の大きな違いになっている。

5.資金供給に関する日米の差

アメリカでは、株式の新規公開が活発であり、NASDAQの果たしている役割が極めて大きい。新規公開市場はNASDAQだけではなく、NYSEやピンクシートもある。アメリカでは、リスクキャピタルの調達が容易なため、株式公開の時期を創業時に想定することができる。
ただし、株式を公開するためにはベンチャーキャピタルやエンゼル(ベンチャービジネスに投資を行う個人)に対して、事業のコンセプトや財務計画、実行能力を示さねばならないため、必然的に新規企業の質が高くなる。これが成功の確率を上げている一因であろう。
しかし、アメリカでは近年、年金基金がベンチャーキャピタルのファンドとして運用されるようになってから、投資が保守的になっている。そのため、州政府が自らベンチャーキャピタルを設立したり民間のベンチャーキャピタルに出資して、スタートアップ企業への投資の誘い水効果を狙っている。さらに、アメリカ国内の所得格差が大きいことからエンゼルが相当数存在しており、その投資額はベンチャーキャピタルを上回るとの説もある。
わが国のベンチャーキャピタルは株式店頭公開直前の企業に投資する傾向があるが、これは、わが国の新規企業の成長速度が遅いためやむを得ないことである。わが国に合った資金供給システムを作ることが必要である。

6.社内ベンチャーの成否はトップ次第

社内ベンチャーについては、トップの理解がどれほど得られるかが大きく影響してくる。重厚長大産業の企業よりも、コンピュータやエレクトロニクスの企業のほうが、もともと変化の早い産業であり、組織も柔軟なため社内ベンチャーが行いやすいようである。社内ベンチャーは、不可能ではないが、一般化するのは難しい。
また、知的所有権の帰属問題については、アメリカでも訴訟が多い。特許は通常企業に帰属するため、それを持って独立することは難しい。この点で日米に大きな違いがあるとは思えない。


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