月刊 keidanren 1998年 3月号 巻頭言

製造業を考える

前田副会長

前田勝之助
経団連副会長


「一国の繁栄は、その国の優れた生産力にかかっている」。この言葉は、1989年に米国MITの研究者がアメリカの製造業の国際競争力の喪失に対して警鐘を発した名著『Made in America』の冒頭に記述された言葉である。そもそも経済活動の原点は「ものづくり」にある。「ものづくり」があってはじめて金融やサービスなどの第3次産業が、サポート産業として存在意義を持ってくるのである。

わが国の製造業は、GDPの24%、雇用の22%を占めており、特に、資源に恵まれないわが国においては、資源や食料の輸入に必要な外貨獲得を通じて、経済と国民生活の維持向上に不可欠な基幹産業となっている。

ところで、現下の日本の状況を「経済危機」と呼び、いたずらに危機感を煽る風潮があるが、これは金融=経済という短絡的な解釈に基づく発想であり、日本の経済運営をミスリードしかねない。

私は、「現在の日本の状況は『金融危機』ではあるが『経済危機』ではない」と考えている。金融機関はバブルの後遺症を癒しきれないまま金融ビッグバンを控えて動揺し、金融システムは不安定化した。その安定化を図ることが焦眉の急であることは言を俟たないが、製造業の中には、自助努力の積み重ねによって増収増益を重ねている企業も多い。そして、日本には2200億ドルもの外貨準備と8000億ドルを超える対外純資産、それに加えて懐の深い消費市場がある。この点で韓国や東南アジアの「経済危機」とは大きく異なり、日本の経済はまだまだ強固な基盤を保っている。

しかし、近年、わが国の経済を支える製造業が競争力を急速に失いつつある。その原因は日本の高コスト構造に尽きる。賃金、エネルギー、税金、土地、公共料金、どれ一つとってみても諸外国に比べて著しく高い水準にある。

わが国が21世紀においても繁栄を続けるためには、製造業の国際競争力を強め、世界に冠たる地位を築きあげなければならない。そのために、技術基盤の一層の強化に加えて、高コスト構造を是正し、国籍を問わず製造業を担う企業にとって魅力ある事業環境を整えることが、何よりも大事であり急務であると思っている。

(まえだ かつのすけ)


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