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経営タイムス No.2658 (2003年1月1日)

「経営労働政策委員会報告」日本経団連が発表

−「名目賃金水準の引き上げ困難、ベアは論外」主張


日本経団連(奥田碩会長)は12月17日の理事会で、「経営労働政策委員会報告―多様な価値観が生むダイナミズムと創造をめざして」を了承、発表した。同報告では、デフレ・スパイラルが危惧されるなか「名目賃金水準のこれ以上の引き上げは困難。ベアは論外」と主張。定昇の凍結・見直しも労使話し合いの対象になり得る、と強調した。いわゆる「春闘」については、「闘う」という「春闘」は終焉したとアピール。今後は、賃金や社会保障制度など幅広く話し合う、「春討」の色彩が強まるとしている。同委員会(議長・奥田会長、委員長・柴田昌治副会長)は旧日経連時代の労働問題研究委員会を引き継いだもの。報告概要は以下の通り。

内需主導で経済活性化、雇用の維持・創出を強調

【序文】

長期にわたって低迷を続けるわが国経済は、金融再生・産業再生の正念場を迎えている。不良債権処理の加速に加え、産業再編の促進、資産デフレの解消、需要創出、倒産や雇用情勢の悪化に伴う社会的不安を回避するためのセーフティネット(安全網)の整備等に、考えうるあらゆる政策を動員し、官民あげて全力を傾注することで、一刻も早く経済再生の道筋をつけ、内需主導による経済活性化につなげていかなければならない。
不良債権処理の加速やデフレの進行によって危惧されるのは、雇用情勢の一段の悪化である。雇用不安が蔓延すれば、景気は一段と落ち込み、デフレ・スパイラルに陥りかねない。雇用対策は、短期当面の対処のみならず、中長期的な視点にも立って講じられなければならない。消費不振の大きな要因になっている国民の老後生活の不安を解消するためには、社会保障制度改革の将来像を明示することが重要である。
われわれは、日本の21世紀は「多様な価値観が生むダイナミズムと創造」によって切り拓かれると考える。その土台には、国内においては国民や企業の間に、相互の立場や考え方の違いを理解し、尊重する「共感と信頼」が築かれていなければならない。

【第1章】わが国経済・経営の課題と対応

今日のデフレは、バブル経済破綻の後遺症に始まった需要縮小と供給過剰に加えて、経済のグローバル化や金融システム不全などの複合的要因によって生じている。したがって、これに対しては、供給サイド・需要サイド双方の視点からの取り組みに加えて、税制、金融等の適切な施策の組み合わせによって、対処が講じられなければならない。国内の潜在的な需要の掘り起こし、創出のためには「企業の構造改革」が必要であり、それには、経営者のイノベーションを引き起こす力が求められる。経営者が新しい市場を開拓しようとする意欲を示し、その計画を実行すれば、新たな産業の可能性は大きく広がる。特に、新たな事業の創出・掘り起こしに中小企業、ベンチャー企業の果たすべき役割は大きい。

【第2章】雇用・賃金問題への対応

雇用不安を解消するために最も重要な対策は、雇用の維持・創出である。特に、膨大な潜在需要を持つ生活関連分野における雇用創出の期待は大きい。これら分野の参入規制を改革し、潜在需要を顕在化させることが求められる。雇用対策の効果を十分に発揮するためには、円滑な労働移動を可能にする環境条件の整備、とりわけ種々の規制が多い労働市場の改革を進める必要がある。企業が国際競争力を維持していくためには、絶えざるイノベーションが必要であり、創造性あふれる組織風土が求められる。多様な考え方・価値観の人が集まり、互いに認め合い、刺激を与え合う多様性あふれる組織づくりが必要となる。こうした戦略によって、雇用形態の多様化が推進され、これまで企業内外の労働市場で主流ではなかった高年齢者、女性、あるいは外国人の雇用・就労機会も拡大することとなる。
現在、企業の支払能力は深刻な状況にあり、賃金の引き下げを迫られる企業も数多い。労使は、中長期的な観点から計画的な支払能力の向上に協力すべきであり、人件費と利益の源である付加価値の向上がなければ、人件費はもとより雇用の保持すら危うくなる。

定期昇給凍結・見直しも労使の話し合いの対象に

【第3章】人材の育成・確保と教育問題

人材はもっとも大切な資源であり、その育成は家庭・学校・企業・行政それぞれが役割と責任を担い、社会全体で真剣に取り組むべき重要な課題である。
少子化の進行は、消費需要の減退などによる経済規模の縮小、労働力人口の減少、税・社会保障負担の増大、地方の過疎化の進行など、わが国経済社会のさまざまな分野に複雑かつ深刻な影響をもたらす。少子化への対応には、国、自治体、企業、男女個々人の協力が不可欠である。

【第4章】社会的安心の確保と負担の適正化

社会保障制度は、勤労者・国民の生活を支えるセーフティネットの柱である。将来に向けて社会保障制度全体の運営に対する国民の信頼、社会的安心を確保するために社会保障制度改革ビジョンを早急に策定し、国民に明示することが必要である。その際、民営化の推進・規制改革の断行によって給付の効率化を徹底的に推進するとともに、現役世代や企業の社会保険負担のみならず、雇用・労災等労働保険をもパッケージで含めたトータルの社会労働保険の負担とその限界について検討する必要がある。

【第5章】今次労使交渉への対応と今後の経営者のあり方

デフレ・スパイラルが危惧される状況下での合理的賃金決定のあり方が問われているが、企業の競争力の維持・強化のためには、名目賃金水準のこれ以上の引き上げは困難であり、ベースアップは論外である。さらに、賃金制度の改革による定期昇給の凍結・見直しも労使の話し合いの対象になり得る。
労組が賃上げ要求を掲げて、実力行使を背景に、社会的横断化を意図して「闘う」という「春闘」は、大勢においては終焉した。労使の関心事項は賃金水準や賃金の引き上げ幅の如何でなく、多様な雇用形態の適切な組み合わせの実現をめざして、付加価値の高い働き方を引き出す賃金・人事制度の構築に焦点が置かれている。今日の春季交渉は、経営環境の変化を踏まえて、いかなる賃金水準、賃金制度が自社にとって適切か、また、年金など社会保障制度のあり方なども含めて話し合う場として、いわば闘う「春闘」ではなく、討議し検討する「春討」としての色彩が強まるであろう。


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