日本経団連タイムス No.2806 (2006年3月23日)

「裁判員制度について」/松尾検事総長が日本経団連理事会で講演

−「治安」「国民参加」で意義


日本経団連は理事会(2月21日開催)に来賓として松尾邦弘検事総長を招き、2009年春のスタートが予定されている「裁判員制度」についての講演を聴いた。松尾検事総長の講演要旨は次のとおり。

これまで刑事裁判は専門家である裁判官と検察官、弁護士の3者構成で進められてきたが、2009年5月までに導入される裁判員制度は、裁判官3名に、毎年くじで選んだ裁判員候補者から6名を加えて刑事裁判を行うという仕組みである。裁判員には裁判官とともに、有罪か無罪かの事実認定と、有罪であれば、例えば、懲役何年にするかという量刑を決めていただくことになる。
裁判員制度の対象となるのは重要な刑事事件であり、例えば故意の行為により人を死に至らしめた事件、法定刑で死刑や無期懲役となる事件等がある。これに相当する殺人や強盗殺人などの事件は、年間約3000件発生している。

国民の負担という側面からみると、1年間に裁判所から呼ばれる人数は大都市部で300人に1人の割合となる。まだ確定的でないが1回の裁判で50〜60人が呼び出される。そのうち6人が裁判員に選定される。仮に従業員数が3000人の会社であれば、年間10人程度、3万人の会社であれば、年間100人程度の従業員が、裁判員候補者として裁判所に呼ばれる可能性がある。そして裁判員に選ばれた人は、起訴状朗読から判決が下るまでの3日から1週間程度、朝から夕方まで拘束されるということになる。
なお、国会議員や義務教育を受けていない人、弁護士・裁判官・検察官といった法律のプロは、裁判員の対象外となり、70歳以上の高齢者は辞退することができる。また、身内に要介護者のいる人や舞台俳優で主役を務める人のように、どうしても持ち場を離れることが無理な人も辞退することができるが、原則は選挙人名簿に登録されている人全員が対象者である。

日本の裁判員制度は、米国の陪審員制度(事実認定は陪審員、量刑判断は裁判官が行う)と欧州の参審制度(政党の推薦を得た民間人などが参審員として裁判に参加する)の中間に位置づけられる仕組みであり、裁判官と裁判員が平等な立場で合議して、事実認定から量刑判断まで行う。これは、日本の国情に即した制度だと考えている。
裁判員制度の意義は治安ならびに国民参加という2つの側面から考えられる。まず治安に関しては、現在、刑務所は過剰収容状態にあり、数年前まで5万人前後だった刑務所の収容者数が最近は7万人を突破している。刑務所の増設で対応しているが、このように犯罪数は増えている。一般刑法犯の件数は、2002年をピークに、300万件目前のところで頭打ちとなり、下降しつつあるが、国民の体感治安は改善していないと言われている。その原因を分析すると、万引き・窃盗・ひったくりといった犯罪の件数は減少しているが、殺人・強盗といった重大な犯罪がほとんど減っていないことが挙げられる。一方、治安に対する国民参加については、市民パトロールの増加や、街づくり、防犯ビデオの増加、公園の木立を切って死角を減らすといった取り組みの効果が現れつつある。今後の課題は、重大な凶悪事件を抑え込んでいくことにある。

裁判員制度を国民参加の観点から見てみたい。これまで重大な事件は国民の注目を引いてはいたが、国民は外から見ているだけであった。ある学者はこれを、観客民主主義と呼んでいる。日本も明治維新以来、近代化して140年を経過し、第2次世界大戦後は国民主権が諸制度の中核に置かれることになったが、司法は全く形を変えることなく、法廷は専門家だけで構成されてきた。抜本的な改革は行われず、裁判は長くかかる、裁判はわかりにくい、頼りにならないといった批判を甘んじて受けざるを得ない状態になっている。そこで裁判員制度によって、裁判への国民参加の道を開くこととした。日本では重大な事件への関心が高いことから、これを制度の対象にすることにした。各企業においても、相当数の従業員等が参加いただくことになるので、是非ご理解を賜りたい。制度が円滑に運営されるためには、日本経団連のような組織の理解が必要と考えているので、是非ご協力をお願いしたい。

【総務本部総務担当】
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