日本経団連タイムス No.2843 (2007年1月18日)

日本経団連労使フォーラム、御手洗会長基調講演(要旨)


新ビジョン―「希望の国、日本」

日本経団連の「新ビジョン」がめざすのは、日本を「希望の国」にすることである。「希望の国」とは、「今日より明日が、明日より明後日がより良くなる」という希望をだれもが持つことのできる国であり、それに向けて1人ひとりが気概を持って挑戦する国である。
「ビジョン」の基本的な構成は、今後10年間の潮流変化を踏まえた上で、3つの柱からなっている。第1の「めざす国のかたち」では、「希望の国」について具体的に説明している。日本を「希望の国」とするためには、何よりも確かな成長に支えられた豊かな生活を実現することが必要であるとともに、公正な競争に支えられた開かれた社会、世界から尊敬され親しみを持たれる国を築いていくことが重要である。
第2の「2015年の日本」では、「ビジョン」で提示するさまざまな改革に取り組むことにより実現される「希望の国」について、マクロ経済モデルや財政モデルを用いて計量的な裏付けを行った。今後10年間の経済成長率は、年平均で実質2.2%、名目3.3%と見込まれ、歳出・歳入改革により、国・地方ともに財政の持続可能性を確保することも十分可能となる。
第3の「希望の国の実現に向けた優先課題」では、(1)新しい成長エンジンに点火する(2)アジアとともに世界を支える(3)政府の役割を再定義する(4)道州制、労働市場改革により暮らしを変える(5)教育を再生し、社会の絆を固くする――の5つの改革の柱に沿って、希望の国の実現のために具体的に何をすべきかを述べている。

経営と労働の課題―「活かすべきもの」と「変えるべきもの」

日本の企業文化の特徴としては、(1)帰属意識が高い(2)組織内のコミュニケーションが良好である(3)経営と従業員の距離が近い(4)企業内労働組合が主流である(5)年功序列賃金である――などが挙げられる。
この中で、今後も「活かすべきもの」としては、帰属意識の高さと組織内のコミュニケーションの良さが挙げられる。経営のスピードと質は、経営者のポリシーがいかに早く、深く組織内に伝わっていくかで決まる。円滑な企業内コミュニケーション、良好な人間関係を基礎とした安定した労使関係が構築されている職場でこそ、高い効率性・生産性を生み出すことができる。企業内コミュニケーションを充実させるには、トップ自らが従業員との円滑な意思疎通を図ることに注力する必要があると同時に、管理職の果たす役割が大きい。

一方、「変えるべきもの」は年功序列賃金であり、競争力強化の観点から、従来型の人事・賃金制度を根本的に見直すことが求められている。見直しに当たっては、人材戦略を重要な経営戦略の一環として位置付け、従業員個々の役割の明確化と専門能力の高度化を進めた上で、仕事、役割、貢献度と整合性を持った、公正で納得性の高い人事・賃金制度を整備する必要がある。
これにより企業の中に健全な競争と緊張感を呼び起こし、頑張って結果を出した人が公正に評価される仕組みをつくることができる。また、雇用を守ることで、結果を出せない人に対しては再チャレンジの機会を提供することも可能になる。

春季労使交渉・労使協議に臨むに当たって

日本経済は昨年11月、数字の上では「いざなぎ超え」をしたが、(1)原油をはじめとした原材料価格の上昇トレンド(2)地域間・規模間・業種間における景気回復速度の差(3)雇用情勢における「まだら模様」――などにより、先行きは楽観できる状況ではない。また、世界経済における構造変化への対応、国際競争力のさらなる強化など、さまざまな課題を抱えている。
このことから生産性の向上のいかんにかかわらず横並びで賃金水準を底上げする市場横断的なベースアップは、もはやあり得ない時代となっている。生産性の裏付けのないベースアップは、企業の競争力を損ねるだけでなく、わが国全体の高コスト構造を温存することになる。個別企業レベルにおける賃金決定は、自社の支払能力を基本として、個別労使で決定すべきである。

また、労働分配率についても、国際競争力強化の観点から、各企業が自社にとって適正な水準を中長期的な観点に立って判断していく必要がある。労働分配率の水準は産業、企業ごとに異なるもので、その高低を一律に論じることには意味がない。企業労使の共通の課題は労働分配率の分母である付加価値の増大である。付加価値は人件費と利益の源泉であり、付加価値の創造に向けて、企業労使は一体となって取り組んでいく必要がある。
春季の労使交渉・労使協議はここ数年、賃金問題のみならず、「ヒトを中心とした経営の問題」を広く論議する「春討」の場として再構築されており、企業を取り巻く環境や雇用の問題などについてさまざまな視点から論議を行い、認識を深めることが重要である。

イノベーションを切り拓く新しい働き方の推進

イノベーションの原動力は人材の力であるが、これからは個人の能力、創意・工夫がより発揮され、企業の成長と同時に個人の生活を豊かにしていくという、「新たな働き方の推進」が求められており、「ワーク・ライフ・バランス(仕事と生活の調和)」はその実践である。
ワーク・ライフ・バランスとは、多様かつ柔軟な働き方を探求し、新しい時代の働き方、生き方を創造することであり、企業労使による新たな自律的な働き方への挑戦であるといえる。ワーク・ライフ・バランスを推進するためには、従業員個々の目標を適切に設定し、その達成度をきちんと評価し、評価に基づく公正な処遇を実現することが必要である。自己の裁量に基づいた、自律的な働き方が可能な環境を整えることで、従業員はより働きがい、生きがいを実感することができる。働き方に対するニーズが多様化する中、従来の「男性・正社員」を中心にした働き方では、企業活動も、働く人のライフスタイルも満足させることはできない。

経営者が持つべき「高い志」の継承・発展

企業の存在理由は、(1)従業員の生活の安定・向上(2)投資家に対する利益還元(3)社会貢献(4)会社が生きていくための自己資本を稼ぐこと――であり、そのどれが欠けても企業としての存在価値は失われる。これを達成するために企業は利益を上げなければならず、その目的達成のために事業という手段がある。手段としてマイナスになるような事業からは撤退し、経営資源をよりよい手段(事業)に移していく、事業の「選択と集中」が重要である。
一方で企業は、公正な競争を通じて利潤を追求するという経済的主体であると同時に、広く社会にとって有用な存在でなければならない。企業活動を通じた価値の創造、社会からの信頼の獲得、さらに社会の活力の向上を目標に、公のために働こうとする経営者の高い志が具体的な成果として結実したとき、企業は真に社会から評価される存在となり得る。

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