日本経団連タイムス No.2847 (2007年2月15日)

社史フォーラム開催

−編纂実務家らの講演を聴取


日本経団連は5日、東京・大手町の経団連会館で「第5回社史フォーラム」を開催、全国から社史編纂担当者など約100名が参加し、社史や団体史編纂の全般について学んだ。

「『新版 日本倉庫業史』―中央団体結成100周年を記念して」

―日本倉庫協会常務理事・鈴木國泰氏

同フォーラムでは、はじめに「『新版 日本倉庫業史』―中央団体結成100周年を記念して」と題し、日本倉庫協会常務理事の鈴木國泰氏が講演した。鈴木氏は、2000年に日本倉庫協会が倉庫業中央団体結成100周年を記念して『新版 日本倉庫業史』の編纂を開始するのに当たり編纂室長に就任、講演では2005年に同史が刊行されるまでの体験などを語った。鈴木氏はまず、倉庫業の歴史や業界の特徴、最近の倉庫業のあり方と一般消費者との接点などについて説明。また、倉庫業史としては『新版 日本倉庫業史』以前に、『日本倉庫業史』(紀元2600年記念出版、昭和16年刊行)、『続日本倉庫業史』(創立70周年記念出版、昭和47年刊)の2つが編纂されていることを紹介した。

続いて『新版 日本倉庫業史』編纂について説明した鈴木氏は、(1)同史の編纂開始に当たっては、読む人が面白く、産業史として実のある内容であり、史実に改ざんを加えていない業史を編纂することをめざして、協会会員各社に応援を求め、プロジェクトチームを立ち上げた(2)「業史の中身の強弱は第三者にはわかりにくい」「コストが安い」「執筆者に対するコントロールが効きやすい」といった理由から自前編纂方式を採用することとし、会長会社など5社に依頼し、各社から執筆者を1人ずつ出してもらった(3)編纂に当たっては執筆者会議、編纂委員会(協会の正副会長によって構成)などを適宜開催した(4)執筆資料収集にかなりの時間を要した(5)各社から集まった5人の間には、社史編纂のチームの場合と違って上下関係がなく、それぞれがプライドと意見を持っていたから、しばらくの間「音合わせ」の時間が必要だった(6)今回の業史でも業界の歴史全部を網羅することとし、先出の2つの業史の内容をダイジェストして掲載した(7)歴史の記述の中では、オイルショック時の売り惜しみに倉庫業界が加担したという誤解を解くことなどにも力を入れた(8)時間的制約もあり監修者は置かなかった(9)業界の「事報」(新聞)に基づき年表を作成するとともに、索引を充実させた(10)5人の執筆者以外にも協会加盟企業の人、出版社の人などに十分働いてもらった――などと述べた。

「社史の魅力」について

―作家・劇作家 井上ひさし氏が基調講演

交流会をはさんで行われた基調講演では、社史に関心を持ち、社史に基づく作品も2編発表している小説家、劇作家の井上ひさし氏が「社史の魅力」について語った。井上氏はまず、自分と社史とのかかわりは約30年前に、廃業する古書店から買い取った本の山の中に100冊近くの社史があり、その面白さに取り付かれたことから始まったことを紹介。一般論だけを綴った教科書的社史よりも、1行1行が具体的で、社内の細部や社員の本当の声、社内の英雄の物語が描かれている社史こそが面白く、価値があるとの考えを示すとともに、企業の人たちが1つの目標に向けて知恵を絞り、努力していく有様を読むのは、生半可な小説を読むよりも面白いと述べた。また井上氏は、比較的小さな企業の営業が軌道に乗ったころにまとめられた社史が非常に興味深いとして、その理由に、概して経営者に傑物が多くそのモットーが社史に詳しく書かれていることを挙げた。
このほか、社史が持っている有益な点として、(1)経営で何が大切かを教えてくれること(2)成功した会社の社史には社員全員に共通した価値・認識、すなわち何のために会社がつくられ、社員として持つべき共通理念は何かが書かれていること(3)特に創成期のリーダーの記述に学ぶべき点が多いこと(4)人の果たすべき役割、会社の向かうべき方向、危機脱出法などが記された叡智の固まりともいうべきものであり、生半可な経営書より参考になること(5)良い社史からは時代や社会全体を見通すことができ、それらのあり方を考えることができること――などを指摘。面白く、かつ優れた国内外の社史数点を事例として紹介した。

最後に井上氏は、「社史は宝の山であり、いろいろなものが入っている。読み手がそれを解きほぐせるような書き方をしてほしい」「社史は縁の下の力持ちでもよい。目立たないが社会の基礎的装置のひとつである」と締めくくった。

「『富士重工業50年史 六連星(むつらぼし)はかがやく』編纂を振り返って」

―スバル用品取締役営業部長(元富士重工業社史編纂室長)・野村裕夫氏

続いてスバル用品取締役営業部長で、元・富士重工業社史編纂室長の野村裕夫氏が「『富士重工業50年史 六連星(むつらぼし)はかがやく』編纂を振り返って」と題し講演した。2004年7月に刊行された同史は、優秀会社史賞の特別賞を受賞している。

はじめに野村氏は編纂に当たって、歴史の中に将来の秘密があるという視点を持って作業に臨んだと述べるとともに、(1)関係部署と良いコミュニケーションを保つ(2)良い参謀を持つ(3)いつも高い志を持ってスペシャリストをめざす(4)常識・経験にとらわれない思い切った革新の決断を行う――ことを心掛けたと語った。50年史の位置付けについては、30年史に続く2冊目の社史であることから、創業から30年の部分は30年史のダイジェストや新たに発掘された事実の掲載などを中心とし、最近の「激動の20年」の部分については、社長の代ごとに区分し、その経営方針の下、経営陣・従業員がどのような考え方をし、行動を取ったかを明らかにしていくものとすることにしたと説明した。
また野村氏は、50年史のコンセプトとして、(1)過去の成功事例ばかりでなく失敗の事例も盛り込み、将来の参考になる「役に立つ社史」(2)経営の流れや従業員の心の動きが読み取れる「ストーリー性を持った社史」(3)装丁、タイトルなどにもこだわり、ビジュアル面にも配慮した「思わず読みたくなる社史」――の3点を定めたことを紹介、このコンセプトを日程表とともに常に明示し、コンセプトの実現に向けて、気概と信念を持って編纂に取り組んだことを明らかにした。さらに50年史の構成については、分厚いものは敬遠されることから読みやすい2分冊とし、写真を豊富に使い、文章を縦書きにするなどの工夫を凝らしたと述べた。

編纂プロセスに関する説明の中で野村氏は、(1)組織としては専務を委員長、取締役や執行役員を委員とする委員会を設置し、専任5名の編纂室は、専務直轄とした。各部門には実行委員を置き、その下に実務担当者を委嘱した。社内における社史編纂意識を高めるためイントラネットを活用した(2)スケジュールに関しては、編纂期間を2年半と定め、編纂室長はタイムキーパーとして厳しく日程管理を行った(3)企画においては、まず社内報をベースに年表を作成、年表は編纂室員全員がそれぞれ作成したものを突き合わせるようにし、落ちがないように努めた。また、他社の社史を徹底的に研究した。コンセプトを明確にし、段取り6、実行4の配分で進めた。企画段階ではディスカッションに力を入れ、編纂室員がイメージを共有できるようにした。編纂室長は先行してストーリーなどを提供できるようにした(4)資料収集に当たっては、社外資料、社内報、稟議書、役員会資料、商品企画会議の資料、個人所有の資料などを根気強く集めた。歴史的な場所には実際に赴くことによってリアルな臨場感を得ることができた。すべての見開きページに写真を入れるため写真の収集に力を入れた。インタビューに当たっては事前の準備に万全を期した(5)編集会議は週1回の頻度で開き、社外のライターなどの「同化」に努め、推敲は社内従業員の視線で、場所によっては10回以上も行った。評論家的視点になることを戒めた(6)企業コンプライアンスを求められる時代にあって、不祥事などについても公平な気持ちで、勇気を持って取り上げた――ことなどを紹介した。

「社史作りの勘どころと工夫―書き手の体験的会社史論」

―東京大学大学院教授・武田晴人氏

フォーラムでは最後に東京大学大学院教授の武田晴人氏が「社史作りの勘どころと工夫―書き手の体験的会社史論」と題して講演、企業外の社史執筆者・学者としての視点から社史作りの要諦について述べた。

武田氏は、社史作りは何から始めればよいのか、資料をどうやって集め、作ったらよいのか、どう書けば社史は十分に必要条件を満たすのか、社史を客観的に書くとはどういうことか、年表・索引をどう作るのかなどについて説明。この中で社史作りは何から始めればよいのかについては、まず資料集めより先に人集めが重要であると指摘。調査する人、執筆する人、編集・監修する人、諸々の事項について交渉する人など、人の要素を第1に固め、きちんとした分担を決める必要があると述べた。

また資料集め・資料作成については、(1)開始前にまず経験談を聞き、役に立つ情報を集める(2)研究者、業者など、外部の人間の知恵を借りる(3)時間、予算などの制約要因を確認する(4)資料は人に依頼するより自分の足で探す(5)何を書くか、取り上げるかで探す資料は決まってくる(6)資料を見つけたらすぐ保存の措置を講じる(7)資料が見つからなくてもすぐに諦めない(8)資料整理には労力を使いすぎず、いくらでも作り直せる目録作成程度にとどめる。目録は、資料の主な内容と保管場所がわかる程度でよい(9)年表や経営の基本的データの整備をできるだけ早い時期に行う――などを留意点として挙げた。

社史に必要な条件として武田氏は、ストーリー性があること、客観的に書くこと=歴史的評価に耐え得るものであることの2点を指摘。このうちストーリー性のある社史を作るためには、構成をしっかりしたものにすること、場合によっては全体史と部門史とを分けること、書き直しを厭わず執筆に時間をかけることが必要であると述べた。また社史を歴史的評価に耐え得るもの、客観的に書かれたものにするには、(1)証拠が必要であり、捏造・偽装は許されない(2)誰からも文句の言われない書き方などできないと認識する(3)論争になりそうな部分は証拠を立て徹底的に主張する(4)小声で語られるような助言に用心する――ことに留意すべきであると語った。

年表・索引を作るに当たっては、(1)丁寧に手間暇をかける(2)最初に作った年表をベースに作り直す(3)本文と十分照合する(4)索引作成の段階で言葉の統一に気をつける――ことが必要であると指摘。さらに年表を作る際には、記事のバランスを考えることや、文章を短く簡明にする一方で必要に応じて主語を補うべきこと、記事の情報源がわかるようにしておくことの重要性を述べるとともに、索引には階層性を持たせるべきだとの考えを示した。

【社会第一本部情報メディア担当】
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