日本経団連タイムス No.2890 (2008年1月24日)

「私の経営哲学」

−「日本経団連フォーラム21拡大講座」御手洗会長講演要旨


日本経団連の御手洗冨士夫会長は12月12日、都内で開催された日本経団連フォーラム21拡大講座において「私の経営哲学」と題する講演を行った。御手洗会長の講演要旨は次のとおり。

会社とは何か

企業が果たすべき基本的使命は四つある。一つ目は「社員の生活の安定と向上」である。社員が、将来に希望を持ち、日々安心して働けるという安定した状況でなければ、十分な能力を発揮することは難しく、会社そのものの発展も望めない。

二つ目は「投資家への利益還元」である。これは経営者の当然の責務であり、安定した経営体制を維持するためにも必要不可欠である。

三つ目は「社会貢献」である。社員は会社で働く人である以前に、国民である。また、企業活動は国や地域のインフラの上に展開され、社会に製品やサービスを提供することで成り立っている。企業は社会の公器であり、地域社会や国の発展のために寄与、貢献することは当然である。

四つ目は「先行投資のための自己資本の確保」である。企業は、常に新しい付加価値を生み出し続けていくことが、使命の一つであり、これを怠れば、価格競争の中で淘汰されてしまう。

これら四つの使命を達成するためには、その前提条件として「利益」が必要である。とりわけメーカーにとっては、利益を確保していくことが大変重要である。メーカーが技術を研究し、商品化するまで非常に長い時間と莫大な投資がかかるからだ。毎期の利益から投資額を賄うことが経営の安定を保つ上で非常に重要である。メーカーとしては長期的な研究開発と事業化投資を賄うだけの自己資本を蓄えられなければ、会社の成長と経営の安定を両立できない。

つまりは、貸借対照表を重視した経営スタイルが健全な経営基盤の確立のためには欠かせない。重視する財務諸表を変えるだけで、社員の意識が変わる。社員の意識を変えることや、全社のベクトルを合わせることは経営を行う上で非常に重要である。私は社長に就任した際、全社のベクトルを合わせるべく、二つの意識改革を断行した。

一つ目は「部分最適から全体最適への転換」である。この意識改革を社内に浸透するために、私は事業ごとの決算を単独決算から連結決算へと変え、各事業の業績をトータルで比較できる評価制度をつくった。

二つ目が「利益優先主義」である。この意識徹底のために、私はまず赤字を出し続けていた事業からの撤退を断行した。この改革によって、撤退した事業の社員たちは、新たな研究開発や事業に配置転換した。その人たちが今では新しい事業の屋台骨を支える重要な戦力となって活躍しているのも大きな成果だ。

大切なのは人づくり

会社のかじ取りをする上で、人を活かし「人づくり」ができることはリーダーの重要な資質である。

日本の雇用環境はまだまだ人材の流動性が低く、失業者に対するセーフティネットが万全とは言えないことも考慮すると、今日の日本では終身雇用が最もふさわしい。終身雇用では社員が自己の成長と会社の成長を重ねて考えることができる。また教育投資が無駄にならないため、時間と費用をたっぷりかけて「人づくり」を行うことができる。

その一方で、旧来の年功型の人事制度を前提とした終身雇用では職場の緊張感が失われ、企業の成長に限界があることも事実である。そこでキヤノンでは職務給を導入した。これは年功や勤続といった属人的な部分を排除し、役割と成果にマッチした公平な処遇を実現する制度である。そして、社員が公正な競争環境の中で切磋琢磨し、お互いに成長することをめざすものである。健全な緊張感の上に立った長期雇用により、会社への帰属意識や愛社精神が育まれる。

リーダーのあるべき姿

第一に、リーダーが使命や役割を果たすためには、経営は基本的にトップダウンであるべきだ。トップは、情勢や動向を見極め、組織の実力と可能性を十分に把握し、その上に立って死に物狂いで目標を設定すべきである。その目標によって組織を正しい方向に導き、メンバーの能力を最大限に引き出すのがトップの役目である。また、部下に目標を示す際には数字で示すことが重要である。

これまでの日本の組織には、ボトムアップが民主主義であるといった風潮があった。しかし、すべて合議制で事を決めているようでは、経営のスピードは失われてしまうし、合議制での決定事項には、リーダーとしての意志や魂が入っていない、妥協と無責任の産物が多々見受けられる。

私が理想とするトップは、独裁者ではない。現場とのコミュニケーションを密に行うという点で独裁者とは大きく異なる。トップは、現場に足を運び、現場の声を聞くことが大変重要である。部下が戦略の目的や意図を正確に理解していなければ、望んだ成果は得られない。また、目標を達成するための具体的な方法論や実行手段は、現場から良いアイデアが出てくることも多い。現場にとってもトップが視察することが刺激となり、前向きな緊張感が生まれる。

リーダーのあるべき姿の第二は「優れた決断力」を発揮することである。経営のスピードが求められる時代であるからこそ、トップの決断力はこれまで以上に重要となる。難しいのは、撤退などのネガティブな決断を下す時である。決断の時期を遅らせると、結局は赤字を垂れ流し、傷を深くしてしまうことになる。

リーダーのあるべき姿の三番目は「私心がないこと」である。トップに私心があれば、その周りには同じような部下が集まって、保身に汲々とするようになる。おだてられることに慣れたトップは、耳の痛い話をする部下を遠ざけるようになる。その結果、正確な情報が上がってこなくなり、結果として組織を崩壊させかねない。

最後にもう一つ、付け加えたい。それは先見性を持つことである。企業のトップは、社員が最大限の能力を発揮するとともに、充実した人生を送れるような場を提供すべきである。会社がそのような場であり続けるためにも、会社は持続的に成長し、存続していかなければならない。そのためには、長期的視点に立った経営計画を立て、コア・コンピタンスに磨きをかけねばならない。

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