日本経団連タイムス No.2890 (2008年1月24日)

日本経団連労使フォーラム<講演「今次労使交渉に臨む方針」>

企業労務担当役員産別労組リーダー講演


企業労務担当役員

10、11の両日に行われた「第111回日本経団連労使フォーラム」(概要前号既報)2日目の企業労務担当役員講演では、トヨタ自動車の小澤哲専務取締役、松下電器産業の福島伸一常務取締役、新日本製鐵の平山喜三常務執行役員が、「今次労使交渉に臨む方針」について、それぞれ説明した。

国際競争力確保への協議を/小澤氏

トヨタ自動車の小澤氏はまず、同社を取り巻く競争環境として、(1)国内自動車市場の伸びがマイナスになる一方、BRICs、中近東、北アフリカなどの市場が活況を呈している(2)これらBRICsなどの地域では、収益を上げづらい低価格車のマーケットが急伸長している(3)環境技術開発競争が熾烈化している(4)米国自動車メーカー労使の間で従来の高労務コストを引き下げるような協定が締結されている(5)韓国メーカーや中国の地場メーカーが力をつけ、輸出台数を増やしている(6)このところ先進国市場での販売台数を増やしてきたが、昨年から先進国市場が伸び悩みを見せている――などの諸点を指摘。その上で「中長期的な国際競争力の確保が昨年以上に大きな課題となっている。品質・技術力・コスト競争力の向上、人材の育成にこれまで以上にしっかり対応していかなければ、競争に負けてしまうという危機感を持っている」と述べた。

こうした状況の下で迎える今次の労使交渉は、中長期的国際競争力の確保について労使間でしっかり話し合い、賃金に関しては「生産性の向上の裏付けのない賃金の引き上げは、国際競争力を落とす」ということを認識した上で、為替レートなどの外部要因と関係なく、競争力を確保する基盤がどの程度きちんと社内に出来上がっているのかなどを労使で徹底的に確認しあい、誤りのない判断を下さねばならないと述べた。また、賞与については、短期的な業績は賞与に反映するという基本認識で交渉に臨むと語った。

小澤氏はさらに、「働く者の意欲・活力の向上、職場の一体感の醸成といったことが、結果として国際競争力確保につながる。賃金、賞与といったことばかりでなく、働き方といった分野でも労使で知恵を出し合うことが非常に重要である」として、今次交渉では定年後の問題などについても、労使で話し合いながら、新しい施策を取り込んでいきたいとの考えを示した。

グローバル化の進展に対応/福島氏

松下電器産業の福島氏は、ITデジタル化が急速に進み、グローバル化が進展している中での電機業界を取り巻く競争環境として、(1)商品のライフサイクルが極めて短くなっており、大規模な開発投資をいかにスムーズに速く回収できるかが強く求められる(2)激烈な価格競争が展開されており、いかにコスト競争力をつけていくかが重要である(3)マーケットが世界同時に拡大するようになり、これに対応する経営資源を持っているメーカーのみがグローバル競争に勝ち残れる(4)BRICsが急速に台頭している――の4点を挙げた。

その上で、こうした激烈でグローバルな競争状況下の今次労使交渉においては、もはや従来の一律的な産別の統一交渉的枠組みは見直すべきときに来ており、各社の労使が知恵を出し合い多様な解決を図らねばならないこと、賃金の決定にあたっては、「グローバル競争力の維持・向上」「生産性の向上」「総額人件費の視点」をベースに考えるべきこと、経営の成果・業績については、賞与に反映させるべきことなどを強調した。

また、成熟した日本の労使関係は、信頼とパートナーシップに支えられていると述べ、今次交渉では、「さまざまな経営課題や人材に関する課題、また働き方やワーク・ライフ・バランスも含めて労使で真剣に話し合い、解決することが強く求められている。社員満足、働きがいを高めながら、企業としても成果を得ることをめざしたい」と意欲を語った。

さらに福島氏は松下電器産業が多様性の推進に取り組んでおり、国籍、性別、年齢にかかわらない人材マネジメントの多様化を進めていることや、ITを活用した時間・場所にとらわれないフレキシブルな働き方を制度化し、ワーク・ライフ・バランスの実現に取り組んでいることなどを紹介した。

「利益は賞与で還元」を徹底/平山氏

新日本製鐵の平山氏はまず、世界の鉄鋼業界の状況を説明し、(1)世界の粗鋼生産量は1970年から30年間ほとんど伸びず、長い停滞期にあったが2000年に初めて8億トンに乗って以降、ここ7年間で4.5億トン増という急成長を遂げた(2)世界の経済成長に伴って鉄鋼需要が急拡大しており、生産は06年に12億トンを超えて、07年は13億トンを超えるだろうという急成長を見せている(3)中国の生産増が著しい。中国の生産量が日本の1億トンと並んだのは96年だが、最近は4億トンを超えている(4)日本の生産量はこの30年間、ずっと1億トンくらいで推移している(5)合併、買収などでメーカーが再編され2000年の世界上位10社と06年のそれとでは顔ぶれが激変した――などと述べた。

2000年をひとつの境にして、日本も含めた世界の鉄鋼供給構造やマーケットが激変した中で、これからの鉄鋼業にとって最も大切なことは、「国際競争力の堅持に尽きる」ことを強調した平山氏は、国際競争力強化とは、ひとつにはコスト競争力の強化を意味するが、それにとどまらず、世界最先端の高級品供給力の強化をも含むと説明した。

今次労使交渉については、「ここ数年、鉄鋼は調子がよいといわれ、当社の業績も大幅に回復した。しかし、期間業績について月例の労働条件に反映するという議論は、行ってきていない。当社では02年から業績連動型賞与制度を導入しており、利益は賞与で還元することを明示して徹底している。固定的にコストを積み上げていくという施策に対しては、極めて慎重に対応する」「『国際競争力の強化』と『魅力ある産業・企業』の実現を共通課題にして、仕事と生活の調和の取れた働き方を労使間で徹底的に議論していく」と語り、人材育成やワーク・ライフ・バランスの実現についても労使で取り組んでいく考えを示した。


産別労組リーダー

フォーラム2日目の産別労組リーダー講演では、自動車総連の加藤裕治会長、基幹労連の内藤純朗中央執行委員長、UIゼンセン同盟の落合清四会長が、「今次労使交渉に臨む方針」について、それぞれ説明した。

金額明示して賃上げを要求/加藤氏

最初に自動車総連の加藤会長は、日本経団連が先ごろ発表した「2008年版経営労働政策委員会報告」 <PDF> の中で、賃金決定は、(1)グローバル競争の激化(2)総額人件費管理(3)経済の安定成長の確保――の三つの視点を念頭に、各社の支払能力を基準に個別労使の話し合いを通じて決定すべきとした、労使交渉・労使協議に対する経営側の基本スタンスに対し、一定の評価を示した。その上で、外需依存型の自動車産業は、新興国の追い上げや原材料費高騰など不透明要素を抱えているものの、昨年と同様に利益を上げた背景には、高い付加価値を生み出し続けている質の高い労働があると主張。また国内の新車市場が縮小傾向にあることから、日本経済の回復傾向を確実にするためには、経済を内需型にシフトさせることが重要であり、そのためにも消費の足かせになっている所得の伸び悩みの解消と格差是正が不可欠であると指摘した。

今次交渉の要求については、業績が企業によりばらつきがあることを考慮して、「1000円以上の賃金改善」を統一して要求。「この上に個別企業の事情に応じた改善・是正分を積み上げて要求すべき」と、2002年の交渉以来6年ぶりに金額を明示して平均賃金の引き上げを要求した。

さらに雇用については、好調な業績を下支えした労働時間の長時間化と非正規労働者の増加に言及。ワーク・ライフ・バランスを推進する上でも、労働時間短縮と非正規従業員の労働条件の改善等に向けた取り組みが不可欠であるとの見解を表明し、「昨年は要求できなかった組合が約200あったが、今年は1200の加盟組合のすべてが要求を提出し、みんなで3月12日(予定)の集中回答日を迎えたい」と、意気込みを示した。

「トータルで賃金改善」/内藤氏

続いて基幹労連の内藤中央執行委員長が、基幹労連傘下企業を取り巻く状況や今次交渉の基本的考え方、取り組み等を説明した。

基幹労連は03年9月に鉄鋼労連、造船重機労連、非鉄連合が統合して誕生。労働条件改善に向けた運動は、「魅力ある労働条件づくり」と「ものづくり産業の競争力強化」の好循環を創造するとしたアクティブプラン(AP)に基づき、最初の年を「基本年度」、次の年を「個別年度」とし、2年をセットで考えて、取り組んでいる。今次交渉は、基幹労連創立以来2度目の統一要求で、09年までの2年分である。

基幹労連傘下企業を取り巻く経済環境については、鉄鋼・非鉄は依然好調を維持。造船重機は国際入札制度による受注・生産時期のタイムラグのため、依然厳しい状況にあるものの、従業員の頑張りで業績が維持されているとの認識を示した。その上で、今次交渉の取り組みについては、キーワードとして、「好循環」「人への投資」「賃金改善」――の三つを挙げ、「人に投資することがグローバル化における競争力向上につながる」と強調。賃金表の書き換え、賃率改定のような狭義のベースアップではなく、財源の全額仕事給配分、賃金カーブの是正、特定の階層に傾斜した水準の引き上げ(中堅層への重点配分など)、人事・賃金制度の是正などについて検討しながら、トータルで「賃金改善」を行うことが重要であるとの考えを示した。

要求については連合、金属労協(IMF‐JC)の方針を考慮して、具体的には、産別一体で取り組み「2年を一つの単位として3000円を基準とする」、一時金は5カ月を基準に業績反映要素を加えて、業種ごとに設定するとしている。

また新たな取り組みとして、基幹労連が設立した「ボランティア人材バンク」に連動する形で、「ボランティア休暇」の新設に取り組むことに言及し、経営側に協力を呼び掛けた。

賃上げと労働条件改善が柱/落合氏

最後にUIゼンセン同盟の落合会長が、今次交渉の方針等を説明した。

UIゼンセン同盟は、繊維・衣料、化学・エネルギー、サービス、食品、流通、福祉・医療、派遣業など国民生活関連産業の2500を超える組合が加盟しており、組合員数は100万人を超える。加盟組合の多くは、定昇制度を持たない中小企業であり、また非正規従業員を多く抱えている。これらを踏まえた上で、今次交渉の基本的な考え方としては、(1)賃上げ(統一賃闘)(2)総合的な労働条件改善要求――を柱とする方針を示した。

まず統一賃上げの具体的な要求については、「賃金体系維持分に加え、1%または2500円基準の賃金改善を要求」、賃金体系が未整備の組合については、「賃金体系維持分の社会的水準を含め、7000円以上賃上げ」としている。

パート労働者など非正規従業員の人事処遇については、平均時給引き上げとともに処遇改善に向けて、仕事の内容とパート労働法を踏まえ、それぞれの働き方に応じて総合的に取り組むと述べた。その上で、正社員の平均賃金引き上げ要求率に準じ、均衡を考慮して引き上げを要求することを基本に、三つのタイプに分け、(1)タイプA(正社員と職務と人材活用の仕組み・運用が同じ)=30円-40円を目安(2)タイプB(正社員と職務が同じだが、人材活用の仕組み・運用が異なる)=3%または25円を目安(3)タイプC(正社員と職務と人材活用の仕組み・運用が異なる)=要求主旨を踏まえて要求額を決定する――としている。

次に総合的な労働条件改善要求として、労働時間短縮、ワーク・ライフ・バランスの推進、男女間格差是正、65歳までの雇用補償制度の確立、裁判員制度に関する労働協約、CSRの推進などへの取り組み等について言及し、労使協議力をつけるために、職場また労使で十分に話し合うことが重要であると強調した。

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