日本経団連タイムス No.2918 (2008年8月28日)

「近時の諸環境の変化を踏まえた買収防衛策のあり方」説明聴き意見交換

−経済法規委員会M&Aに関する懇談会


日本経団連は4日、東京・大手町の経団連会館で経済法規委員会M&Aに関する懇談会(武井優座長)を開催した。同懇談会では、東京大学大学院法学政治学研究科の神田秀樹教授を招き、神田教授が座長を務める経済産業省の企業価値研究会が6月30日に公表した報告書「近時の諸環境の変化を踏まえた買収防衛策のあり方」について説明を聴くとともに意見交換を行った。神田教授の説明は次のとおり。

今回の報告書は、2005年5月27日に発表された同研究会の報告書および経産省・法務省の「指針」制定以後の買収防衛策に関する日本の実務の進展や市場の変化を踏まえ、同研究会における活発な議論の成果として、買収防衛策に関する政策的な提言を取りまとめたものである。

04年の同研究会発足当時、買収防衛策については、市場の抵抗や会社法上の問題点を懸念し、導入に消極的な企業が多く、買収防衛策は会社法上およそ認められないのではないかとさえ考えられていた。そのような状況の中で05年の報告書および指針は、「良い買収は実現されるべきで、悪い買収は実現されるべきではない」という考えを基本とし、その良しあしは企業価値を向上させるか毀損させるかで判断すべきで、友好的か敵対的かは関係ない、というロジックに基づき、会社法上適法と判断される可能性のある買収防衛策を提示した。

その後、上場企業の1割強が買収防衛策を導入する一方、いくつかの敵対的買収の事例と、裁判実務が動き始めた実情を受け、今回の報告書では、05年の指針の基本的考え方に立ち返り、防衛策の導入よりも発動の局面に重点を置いて、前半部分は「政策論」を提示し、後半部分でその「政策論」と、過去の裁判例との関係を「法律論」として整理した。

前半の「政策論」は、(1)防衛策を発動する際に買収者に金銭を支払うことは適切でない(2)株主総会に付議すれば万能と考えることは適切でない――という2本の柱から成っている。金銭支払いが適切でない政策的理由は、それがかえって買収防衛策の発動を誘発し、結果として、必要な時間・情報や交渉機会が確保された上で株式を買収者に売却する機会を株主から失わせ、健全な資本市場の育成の妨げとなるからである。株主総会万能論が適切でない政策的理由は、株主総会決議を通せる株主構成になっていれば盤石な防衛体制がとれるという誤ったメッセージを関係者に送りかねないからであり、結果として不合理な株式持ち合いを助長するおそれもあるからである。なお、ブルドックソース事件の最高裁決定は金銭支払いをする対抗策を適法としたにすぎず、金銭を支払わないと違法になるとした決定ではないと考えられるので、報告書は同決定を否定するものではない。

8つの取締役の行動規範は、買収防衛の実際の場面で、前面に出て交渉する主体である取締役がいかなる行動をすべきか整理する必要があるとの考えからまとめられたものであり、主体的判断と説明責任を重視し、情報・時間と交渉機会、そして株主によるインフォームド・ジャッジメントの機会を確保する、すなわち「株主共同の利益」を守ることに主眼を置いている。あくまでも倫理的な規範であり、法的責任を負わせるものではない。

一方、後半の「法律論」においては、金銭の支払いをしなくても適法となる論拠として、危険の引き受けと、損害回避可能性を挙げている。危険の引き受けについては、導入と発動の間の時差そのものを、適法となる論拠とするものであるが、損害回避可能性も適法となる論拠としたことで、ブルドックソース事件のように有事になってはじめて防衛策を導入し、時差なくこれを発動させる場合においても、適法となる可能性が生じる。損害回避可能性を満たすためには、(1)株主総会に発動そのものが付議されている場合(2)発動はまだされていないが、防衛策が導入済みであり、取締役の選任(経営陣の交代)を争うことで交代できれば防衛策を消却できる場合(3)TOBをかけて撤回できれば損害を受けない場合――のいずれかに当てはまること(互いに排他的ではない)が必要と考えられる。

【経済第二本部経済法制担当】
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