日本経団連タイムス No.2919 (2008年9月4日)

「カルデロン政権を20世紀から展望する」

−上智大学・谷准教授の講演を聴く/日本メキシコ経済委員会総会


日本経団連の日本メキシコ経済委員会(小枝至委員長)は7月15日、東京・大手町の経団連会館で2008年度総会を開催し、上智大学の谷洋之准教授から「カルデロン政権を20世紀から展望する」と題した講演を聴いた。
講演の概要は次のとおり。

06年の大統領選挙では「右」の国民行動党(PAN)のカルデロン候補が、「左」のロペス・オブラドール候補(民主革命党、PRD)に僅差で勝利し、制度的革命党(PRI)は第3位の勢力となった。この結果の意味と現政権の立ち位置を鮮明にするためにカルデロン大統領の出身政党であるPANの歴史を振り返ってみたい。

PANは、PRIの前身であるメキシコ革命党の対抗勢力として北部の商家・企業家層、西部のカトリック勢力、中間層などの多様な層が結集して1939年に設立された。発足当初は政権を取ることより市民層の育成に力を入れていた。一方のPRIは反対派を巧妙に取り込むことで長期政権を維持してきたが、革命後50年を経て制度疲労が進んだ。60年代後半から70年代に北部での大規模な農地改革やバラマキなど大衆迎合的政策を取るPRI政権に反対する勢力が再びPANに結集し、地方選挙を中心に勢力を拡大していく。そうした中、民主化選挙と位置付けられた2000年の大統領選挙では「民主的」という言葉と「政権交代」が多分に同一視されたことから、PANのフォックス候補が圧倒的な支持を集め、PRI政権を破って政権の座についた。

PANとPRIが雌雄を決する民主化の集大成と期待された06年の大統領選挙は結果としてそうなることはなく、PRIは完全に敗北し第3位の勢力となった。最近、各党の中で穏健派や対話を重視する勢力が増加していることが注目される。例えば昨年、ミチョアカン州知事選挙で勝利したPRDの候補は、「カルデロン大統領とうまく対話し、良い協力関係をつくりたい」と述べた。またPRIでも対話路線を取る穏健派が主流になっている。こうしてPAN、PRI、PRDが対話を通じて政治を形づくっていく姿が見えてきた。

フォックス前大統領は、71年に及ぶPRI体制を破って正当な選挙を通じて政権の座についたことで歴史に名を残した。しかし、議会では少数与党であり、期待された構造改革は実現できなかった。また、オポルトニダーレスという貧困支援事業を実施したが目新しいものではなかった。その意味でカルデロン大統領は初めて国民から実績を求められたPANの大統領と位置付けられる。ただし下院の議席は、PAN207、PRD127、PRI106という構成で、PANは第1党ではあるが依然少数与党の状態であり、連立しなければ過半数に達しない。うまく対話を行っていかないとフォックス政権のように何も政策が通らない事態になりかねない。

大統領の政策課題の中でも石油の問題は重要だ。メキシコの石油が枯渇しかけていることはつとに知られており、歳入の30%超を占め、国家財政の基礎となるメキシコ石油公社(PEMEX)の利益の減少は、財政危機に直結する。大統領は、PEMEXは民営化せず国営体制を維持すると表明すると同時に、石油は何もしなければ確実に枯渇すると国民に率直に訴えている。現在のペースで採掘すると確認埋蔵量は約9年であり、メキシコは数年で原油の純輸入国に転落する。メキシコ湾深海部には石油はあるものの、PEMEXでは探査、開発のための投資に回す資金が不足しており、加えて深海掘削技術がないため、どのような方法で探査、生産、精製の投資を行っていくかが課題である。

税制改革では、石油収入を補うため、課税ベースを拡大したり、単一税率企業税(IETU)を新設し、これまで徴収できていなかった非公的部門からの税収をもくろんでいる。

カルデロン政権の特質は全体的にフォックス政権の揺り戻しの印象を受ける。国内的には対話路線を取り、ささやかながら税制改革や年金改革を達成した。また前政権との相違点として注目されるのは、州知事との対話を積極的に行っていることである。PRIは地方では依然として強く、州知事の3分の2はPRI所属である。州知事の後ろ盾を得ることはPRI対策として重要だ。またPANの内部も一枚岩ではなく、カトリック派である前党首との対立が激しく党内基盤も脆弱である。そこで州知事との関係強化をねらっていると思われる。こうした対話路線からいかにPEMEX改革を引き出せるかが現在の最大の課題である。

また、対外的には40年ぶりに就任1年目に訪米しなかったメキシコ大統領となるなど、ラテンアメリカ回帰の動きがある。対米関係を引き続き重視しつつ、前政権下で悪化していたベネズエラやキューバとの関係改善と、ラテンアメリカ諸国との関係回復を強く求めている。

【国際第二本部中南米・中東・アフリカ担当】
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