日本経団連タイムス No.2962 (2009年8月6日)

「エグゼクティブ法務戦略セミナー」を開催

−「コンプライアンス」テーマに



講演する但木弁護士

日本経団連事業サービスは7月22日、東京・大手町の経団連会館で、日本経団連と連携し、森・濱田松本法律事務所客員弁護士の但木敬一氏を講師に迎え、「エグゼクティブ法務戦略セミナー」を開催した。同セミナーは経営法務の知識の取得とその戦略的活用を目的として、企業法務に携わる役員を対象に5回シリーズで行われるもので、第1回となる今回のテーマは「コンプライアンス」である。但木弁護士の説明は以下のとおり。

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昨今、コンプライアンスという言葉・概念が頻繁に取り上げられ、企業の不祥事などが起こるたびにその重要性が強調されてきた。ただ、「コンプライアンス」という言葉自体は、近年になって聞かれるようになった言葉ではあるが、その言葉の持つ理念や考え方は、日本人の心や文化に深く根ざしており、いわば「自生」しているものである。それは、江戸時代から一般庶民にも初中等教育が施されていたような、国民の高い教育水準に基づく。実際、江戸時代に日本を訪れた数名の外国人の著書には、一般市民の高い倫理意識に関する記述が多く見られる。通常、教育水準の向上は、大衆に批判精神を呼び覚ますものだが、日本ではむしろ国家の政策や方針転換を理解し、一致結束する方へと働いた。それに応じ、日本の権力は世界的に見ると非常に謙抑的であり、通信傍受の適用要件が極めて厳しいことや、令状主義がいまだ貫徹されているところは先進国でも珍しい。

それはすなわち、日米の経営者のマインドの違いにも表れる。アメリカの経営者は株主に雇われているという感覚が強いため、会社に貢献するというよりも、株主に不信任を突きつけられないように、株主にばかり利益還元することを考える。そしてその企業に自分が何年いられるかわからないがために、その他の利益はすべて自分がもっていこうとしていた。GMがあんなことになったのも、将来のための備えや、技術開発をしてこなかったからだ。

一方、かつてバブル期といわれた日本経済の絶頂期にも、日本の経営者は上がった利益を自分の功績とは考えず、「従業員がまじめに働いたから」「取引先が友好的だったから」「融資先が資金を貸してくれたから」と周囲のおかげだと考えた。そのため、従業員の給料を上げて、他にも利益を還元し、自分もそれに応じた取り分のみをもらった。残りは内部留保をした。内部留保とは、会社の10年先を考えた措置だ。しかし、10年先に自分がその会社に残っている可能性は極めて低い。つまり、自分のためではなく、将来景気が悪くなっても、会社が存続していけるようにするための措置だ。こうした会社に貢献するという意識が、経営者から個々の従業員にまで行き渡っていたのが日本の会社であった。

この意識が薄れつつあるのは、労働環境の激変と関係が深い。終身雇用制度に基づいた会社の求心力が失われたことから、経営者や従業員のロイヤリティーも同時に薄れてしまった。

最近、企業の社会的責任という言葉もよく聞くが、企業の最たる責任は雇用を提供することである。安易なリストラをせず、ワークシェアリングや行政の支援の活用によって再生し、かつてのような一致結束を実現させるべきである。それが日本社会全体の安定につながると考える。

【経済基盤本部】
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