日本経団連タイムス No.2962 (2009年8月6日)

夏季フォーラム2009

−各セッションの概要


日本経団連は7月23、24の両日、長野県軽井沢町のホテルで「夏季フォーラム2009」を開催した。同フォーラムでの各セッションの概要は次のとおり。

第1セッション
講演「わが国経済社会の50年後の展望―人材競争に勝ち抜く道」

作家、経済評論家 堺屋 太一氏
堺屋 太一氏

人口問題の難しさは、世間の議論と実際の統計の数値が合わないことだ。育児手当、託児所の設置などの「子育ての社会化」によって出生率が上がるわけではなく、出生率の傾向と各国の政策の間に関連性はない。唯一言えるのは、初産年齢が低いと出生率が高くなるということである。

人口構造と文明の変化には大きな関わりがある。古代末期はモノの豊かさが人生の幸せと考えた時代であった。物質文明の発達が森林資源の枯渇によるエネルギー危機を引き起こし、物質文明は停滞。1人当たりの物財を増やすために産児制限が広まった。中世末期には、グローバル化により、各種の病原菌が世界に広まり、ペスト等が大流行、人口は減少したが、経済の大成長をもたらした。生産性の低い農業などから生産性の高い産業に労働力が移り、1人当たり生産性の向上が生活のゆとりを生み、ガラス工芸品などの産業が発展した。

近代工業社会の規格大量生産社会は、人間の規格化とともに人生の規格化をもたらした。教育‐就職‐蓄積‐結婚‐出産‐育児‐引退という順序が決められ、教育期間の延びが晩婚化・少子化を進めた。

その後、米国では1980年代にベトナム戦争、金ドル交換停止、公害問題の発生などのショックを経て「知価社会」への革命が起きつつあった。人生の豊かさは、物財という客観的、科学的、普遍的な基準から満足の大きさという主観的、社会的、可変的な基準に変化していった。それに伴い米国では製造業離れが加速、給与より自己実現を選ぶようになった。また、技術に求められるものは大量化、大型化、高速化から情報化、多様化、省資源化に変化した。知価革命により米国の合計特殊出生率は上昇し、2.04になった。英国とフランスでも出生率が上昇している。ドイツと日本は工業社会から抜け出せていないが、日本は2005年から出生率が上向きつつある。日本も知価社会になりモノ離れが進めば、2015年には1.5以上になるだろう。

わが国では当面、高齢化が経済成長の大きな好機となる。これまでは子どものための歌、本、ファッション、お子様ランチなど子ども向け市場が重視されていた。高齢者向けのこうした市場はない。高齢者に誇りと楽しみを与えるような商品開発が必要だ。米国の個人寄付20兆円に対し、日本は2千億円だが、税制の見直しで5〜6兆円程度になるだろう。今後高齢者が働きやすく、誇りを持って暮らせる環境づくり(シルバー・ディール)の取り組みが必要だ。

近代工業社会は好若嫌老の文化であった。物質文明では迅速な運動能力、新技術の取得、一律への盲従が可能な若年者が好まれ、知価文明では経験と辛抱、人付き合いの技術、良品廉価が大事になる。世界の高齢化に先駆ける日本は「好老文化」最先進国になる権利と義務がある。高齢社会の改革のためには高齢心理学・人間工学などの総合プロジェクトのほか、年齢観の改革も必要だ。また、日本経済の成長は製造業に偏っている。官僚の枠組みを改革し、医療・介護、教育、農業などへの民間の参入を自由化し、資本を呼び込んで成長を促進すべきである。

今後10年間の日本の潜在成長率は3%程度と見込まれ、うち1%は高齢者の活用、1%は非効率な分野(特に公務員)から効率的な分野への労働力の移転、1%は技術革新による。日本のサービス業は現在GDPの22%程度だが、今後27%程度に上昇するだろう。サービス業に人材と資金が円滑に流れるような仕組みが必要である。

第2セッション
「人財立国の実現―人的資源の育成と活用方策」

課題提起

日本経団連副会長、社会保障委員長 森田 富治郎氏
森田副会長

日本の人口は2005年を起点として、2055年までに30%減少、特に生産年齢人口は46%減少すると見込まれている。同年の老年人口比率は現在の倍の40.5%、生産年齢人口に対する比率は1対1.3となり、現役世代の負担で高齢者を支える仕組みは成立し得ない。社会保障審議会の推計によると、実質GDP成長率見通しの「中位ケース」では2039年に0.2%に低下、「低位ケース」では2030年代前半にはマイナス成長に陥るという結果になる。

成長率を維持していくためには、労働力率の引き上げと生産性の向上が基本的かつ緊急の課題であるが、そのための条件整備には相当のエネルギーを要する。外国人労働者の受け入れのための明確な移民政策の確立と、併せて労働力率引き上げの条件整備としてワーク・ライフ・バランスの検討が急がれる。

過去の延長線上の取り組みではなく、(1)海外、特にアジアの活力を取り込むべく、ヒト、モノ、カネ、事業を含めた相互交流を強化する(2)生産性の向上のために、あらゆる分野で飛躍的なイノベーションを追求する(3)出生率の低下を食い止めて、生産年齢人口の減少を緩和する――などに取り組むべきである。

日本経団連副会長、産業問題委員長 西田 厚聰氏
西田副会長

理数系を中心とした高度人財の確保は、国家的に取り組まねばならない課題である。理数教育を強化するためには教員の質の向上が重要であり、企業としてもポスドク、女性、OB等、多様な人財を活用するとともに、多様なキャリアパスを用意していくことが重要である。

一方、経済がグローバル化する中、高度人財の獲得競争が激化している。企業がグローバル人財を育成していくためには、(1)外国語のリテラシー(2)コミュニケーション能力の取得・向上(3)教養教育の充実(4)ワーク・スタイル・イノベーションによる多様な人財の活用(5)価値観の共有化――が重要である。世界で戦えるチームづくりという観点では、(1)企業経営者の意識改革(2)多様性を受容し活かす組織再編(3)多様な組織人財に共通する理念の構築(4)社会の変化に慧敏に対応する柔軟性と応変力の涵養(5)高度人財に広がりを持たせる機会提供――が重要である。

政府には、(1)多様な人財が安心して活躍できる環境整備(2)高度人財に的を絞った留学生・研究者・技術者の受け入れ促進(3)インターンシップなどの産学官連携による人財育成(4)世界トップレベルの研究開発支援のための自由度の高い資金提供――などの取り組みを期待したい。

意見交換

第3セッション
「潜在需要の開拓―成長を牽引する技術や産業の可能性」

講演/三菱総合研究所理事長、東京大学総長顧問 小宮山 宏氏
小宮山 宏氏

20世紀の100年間で、地球の人口は3.5倍、三大穀物生産量が7.5倍、エネルギー消費量が20倍と、地球に多大な影響を与えるまでになった。その象徴がCO2濃度の上昇である。私は、2050年までに(1)エネルギー効率を単位当たり3倍(2)物質循環システムの構築(3)再生可能エネルギー割合を現在の2倍――の3つが実現できれば、21世紀後半から23世紀にかけて人類は持続可能だと考えている。これらは理論的・技術的に適切で、また国際合意が可能なものである。

エネルギー消費削減においては、産業・家庭・運輸等のカテゴリーではなく、「ものづくり」と「日々の暮らし」の2つに分けて考えるべきである。また、エネルギー効率の改善を考える際に重要となるのは理論値である。日本のセメント産業のエネルギー消費効率は理論値に近いものの、日々の暮らしでは、大きく減らす余地がある。例えば、原理からいえば、1キロワットの電気を使えば、43キロワットの暖房ができる。自動車の理論エネルギーは0なのでまだ削減できる。

私は7年前に家を建て、家と車でエネルギー消費量を8割減らした。ヒートポンプ、断熱、省エネ型エアコン等の現在の技術でも、消費量は半分になり、そのうち60%は太陽電池で供給されているので、ネット消費量は20%にまで減った。追加的な投資額は370万円であるが、毎年30万円エネルギーコストが減ったので12年で償還できる。

初期投資をどう負担するかが問題だが、例えば、国債を発行して世帯に対策を行い、エネルギー節減費用を回収するといった方法が考えられる。

もう1つの課題は高齢化である。日本は2006年に人口のピークアウトを迎えたが、中国やインドも2050年までに高齢化する。現在、日本の80歳の80%は健常者で、要介護者は20%に満たない。80%の健常者をどう経済社会活動に活用するか。75歳での運転免許更新にハードルを課すより、センサーを車につければ、センサー需要でGDPが増える。エコ・低炭素・バリアフリー・快適で、80%の健常者が参加するような「プラチナ社会」を実現すべきである。

日本の高齢化の現状は2050年の世界の姿である。日本は自らの課題を解決しつつ、新しい産業をつくればよい。新しい社会を形づくる先頭に立つ勇気を持つことが重要だ。

課題提起

日本経団連副会長、産業技術委員長 榊原 定征氏
榊原副会長

このテーマについて、2つの視点を中心に議論いただきたい。第1に、日本国内で新たな成長が期待される、医療・介護、農林業、観光、環境等の産業・技術と、新需要創出の促進策、推進すべき研究開発分野などについてである。日本経団連でも、税制優遇を含む大胆な研究開発支援制度の拡充・創設など、政策提言を行ってきた。

第2に、アジアを中心とした外需を取り込む産業・技術についてである。過去10年間、ASEAN、インド、中国の名目GDP合計は3倍に増えており、2020年までに倍増することが予測されている。日本がアジアとともに成長していくためには、アジアの広域開発や消費拡大を促して、輸出主導型だったアジア経済を内需主導型に変革させる取り組みが必要である。

意見交換

第4セッション
「あるべき国のかたちを目指して―国・地方のあり方と磐石な税財政基盤の確立」

講演/大阪府知事 橋下 徹氏
橋下 徹氏

1年5カ月知事を経験し、今の日本のままでは今後10年で沈没してしまうとの危機感を持った。

私が主張する地方分権とは、知事や市長のための分権でなく、霞ヶ関の解体である。役人一人ひとりが悪いわけではないが、システムとしての問題があり、地方自治体も同様である。民間にはきちんとしたガバナンスや組織運営のシステムが確立されているが、行政組織はそうではない。

霞ヶ関という巨大なシステムが、地方のあらゆることに権限を持っている。地元を変えるためには、結局国会議員に頼まざるを得ず、国会議員が地元の仕事に集中してしまう。現在の霞ヶ関や国会には、国家戦略や国家意思を全く感じられない。霞ヶ関解体は、国会議員や優秀な官僚に国家の課題に集中してもらうために必要である。例えば、ボーダーレス社会において、東アジア全体で労働の格差が生じることへの対応を行ってもらいたい。

現在、教育問題に取り組んでいる。学力向上は、単に受験競争で勝ち残るためのものではない。小学校中学年までに基本的な計算や漢字の読み書きでつまずき、ドロップアウトすると、将来に夢や希望を感じられなくなる。視察した韓国の公立小学校では、塾等に頼らず小学校ですべて賄うとの方針で、小学校1年からパソコンを使い、6年までに日常英会話ができるという。このような日韓の教育の差は、10〜15年後にはボディブローのように効いてきて、付加価値が高い仕事をすべて中国、韓国、インドに取られ、今の子どもが成人したときには、日本には単純作業しか残らなくなることを強く懸念する。

これまでは右肩上がりの中、経済界の努力により日本は自然と伸びてきたが、今後は、日本の方向性とその実現のための戦略が必要である。現在の行政組織には大きな決定をして戦略を立てる仕組みがなく、だれが決定し、責任を負い、執行するかが不明確である。

霞ヶ関のシステムは日本に張り巡らされたオペレーティング・システム(OS)であり、OSを取り替える時期に来ている。昔のままのOSでは教育、外交、経済政策、すべて機能しない。どんな政治方針を打ち出しても実現ができない。総選挙ではOSに重きを置いて臨んでもらいたい。経済界が選挙に対して声を上げることは効果が大きいと思う。

課題提起

日本経団連評議員会副議長、道州制推進委員会共同委員長 池田 弘一氏
池田評議員会副議長

少子・高齢化、経済のグローバル化が進行する中では、地域が国から自立し、グローバルな競争力を兼ね備えた活力ある地域経済社会を構築していくことが欠かせない。これらを実現するためには、地域の創意工夫が発揮できる地方分権を進め、自立した広域経済圏を確立できるよう、道州制の導入を図るべきである。そのためには(1)政治主導による「道州制推進基本法」の制定(2)着実な地方分権改革の推進(3)国民の理解と世論形成――が重要だと考えている。


日本経団連副会長、財政制度委員長 氏家 純一氏
氏家副会長

2009年度の補正後一般会計は、歳入のうち税金で賄う分が半分もないのが実態である。わが国財政の課題としては、(1)社会保障財源について、国民の共感を得られるロジックと実現方法・時間軸(2)政府支出と将来の日本の競争力を高める投資を対応させるための体制づくり(3)各道州が自らの責任で地域経営を行えるような税財政制度の抜本的な見直し――が必要である。


意見交換

【政治社会本部】
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