日本経団連タイムス No.2976 (2009年11月26日)

「日本経済の現状と課題」

−吉川・東京大学大学院教授が常任理事会で講演


日本経団連が4日に開催した常任理事会で、東京大学大学院経済学研究科の吉川洋教授が「日本経済の現状と課題」をテーマに講演した。講演の概要は次のとおり。


講演する吉川教授

今回の金融危機による日本の金融機関の損失は、欧米に比べるとはるかに少ない。しかし実質GDP成長率は、先進国の中ではドイツと並んで最も大きく落ち込んだ。金融機関の損失が比較的少なかったにもかかわらず、実体経済への影響は大きかった。

景気拡張局面で「消費」と「輸出」が成長にどれほど貢献したかをみると、高度成長期は消費の寄与率が6割ほどで、輸出の寄与率は1割に満たない。日本経済は輸出主導のイメージでみられるが、高度成長期は民間消費が主導であったことを示している。石油危機を経て、1970年代以降の景気拡張局面で、この状況は変化しはじめた。現在は、民間消費の寄与率は3割程度にとどまる一方、輸出の寄与率は6割に迫っている。今回の経済危機では、世界の貿易が収縮するなかで、輸出に大きく依存していた日本経済が大きく落ち込んだ。輸出が今後とも重要な役割を果たすことはいうまでもないが、一方で内需、とりわけ消費が弱いということが、日本経済の大きな課題となっている。

中長期的に日本経済が抱える最大の課題は、少子・高齢化の進行である。日本では格差の問題も高齢化と関連している。

格差が重要な問題であることは歴史が教えている。20世紀初頭の帝政ロシアや70年代末のイランは、マクロ経済の指標でみれば必ずしも悪くなかったが、所得の再分配が問題となって社会不安が高まり、それを力で抑えるという悪循環に陥った。その結果、ロシア革命、イスラム革命が起き、体制崩壊につながった。

日本でも格差の問題が盛んに議論されているが、何が問題なのかを正確にとらえる必要がある。「市場原理主義の小泉改革が格差社会を生んだ」という論調があるが、これは間違っていると思う。日本は市場原理主義の社会ではなく、社会保障制度についても、米国よりはるかに社会的コンセンサスがある。また、日米で上位5%の高所得者の所得が国民全体の所得に占める割合をもとに両国の平等度をみると、日米ともに70年代までは戦前に比べはるかに平等であった。その後不平等度が上がっているのが米国、平等度がほとんど変化していないのが日本である。米金融機関トップの報酬の問題などが注目されているが、日本ではそうした姿は全くみえない。

日本でジニ係数が上昇している最も重要な原因は高齢化にある。ジニ係数の計算では、年金収入を所得として算入しない。年金を主たる収入源とする人が増えるほど、ジニ係数は上昇する。年金を所得として再計算すると、ジニ係数の伸びははるかに小さくなる。確かに就職が非常に厳しかった若年世代でも不平等度は上昇しており、高齢化だけが原因ではないが、ジニ係数の伸びは高齢化の影響が最も大きい。

この問題に対処する切り札は、社会保障制度の改革だが、社会保障制度は財政とコインの裏表の関係にある。平成21年度の一般歳出の約半分の21.7兆円は社会保障費である。高齢化に伴い、この負担が毎年実額で自動的に約1兆円ずつ増える。今後の財政を考えると、歳出の効率化には限界があり、どこかで歳入増を図らなければならない。柱となるのは消費税しかないだろう。一般会計の公共事業関係費は小泉政権誕生時の13兆円超からすでに7兆円弱まで削減されている。無駄をなくすのは正しい方向だが、歳入増が必要だ。

少子化が進むなか、経済成長の一番のもとになるのはイノベーションである。労働力人口の減少は確かに成長にとってマイナスだが、一般に考えられているより影響は小さい。高度成長期は現在の中国のように、実質成長率は10%であったが、その間でさえ労働の寄与度は1%程度であり、9%は資本とイノベーションによるものであった。

イノベーションの中核を担うのは民間企業だが、政府がすべきこともあるので、新政権のリーダーシップに期待したい。例えば、医療、介護分野の雇用は伸びているが、この分野をさらに伸ばすには、公的保険との関係もあるので、政府にもイノベーションが求められる。港湾、空港などのインフラでも、政府が大きな役割を担う。政府と経済界が協力して、チャレンジしていく日本、明るい日本を目指してほしい。

【総務本部】
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