インフレーション防止が当面せる経済危機克服のための至上命題として提起されている今日、日銀の追加信用に依存する融資方法から脱却し自立的な健全融資主義を確認すると共に、資金を緊急部門に重点的に集中注入して、その効率的活用を図る要があることは何人と雖も否定出来ないであろう。併し乍ら今次の重点融資政策について深く省みなければならぬことは、本施策が果して生産対策、価格対策、勤労対策等を総て含めた綜合対策の一環として把えられているか否かである。即ち我々は本施策の実施によって多かれ少かれ次の如き矛盾に逢着する惧れを感ずるのである。
(一)現状に於てはなお多分に浮動的性格をもつ自由預金に基礎を置いて貸出総額の枠を決めている結果、将来の預金増加に対して確たる保証がないばかりでなく、産業別の資金計画亦物価水準の変動に応じて変化せざるを得ず、ために予定の資金計画に重大な狂いを生ずる惧れがあること。
(二)正規の金融市場の操作圏内に於ける資金の供給は一応規正され得るとしても、圏外に於てはこれと全く遊離せる活動が反射的に激成され、不急不要部門へ依然資金が流れ、ために資金規正は闇経済圏から崩され、混乱を来す惧れがあること。
(三)本来、重点部門の生産活動と雖も、各種産業の綜合的集積の上に営まれているのに対して、融資は一定の貸出順位表に基いて段階づけられている結果、準則が機械的に適用され、或は統一性を欠く判断に基いて運用されるに於ては、重点部門と関連産業との間に不必要な間隙、断層を生じ、若くは不当に不均衡をもたらす等、産業の有機性を破壊し乃至は正常な発展を阻害するに至る惧れがあること。
(四)正規の経営を行っている企業の中には、実情と遊離せる公定価格制度のために赤字採算を余儀なくされ、資金難に当面しているものが少くない状況に徴し、赤字融資抑制の結果、多くの企業は経営難に逢着し、ために好むと好まざるとに拘らず、闇経済圏に依存せざるを得ない事態に追い込まれる危険を蔵すること。
(五)右の事情に加うるに、正規の金融機関よりの融資困難なる場合には、資金の自家調達を図るため、製品の横流れ、手持資材逸散の傾向が一段と激成され、遂には多数の企業が闇経済圏への隷属を余儀なくされるに至るべきこと。
(六)元来、融資制限策は物の面と表裏一体の関係に於て綜合的に進められてこそはじめて実効を期し得られるにも拘らず、肝腎の企業再建整備計画が未だ確立されるに至っていない関係上適正且つ強力に推進する基盤を欠き、資材面との遊離によって資金の効率的活用に障碍をもたらすのみならず、将来の産業構造に決定的な矛盾を残す危険を多分に蔵すること。
以上のごとき観点よりするとき、吾々は今次施策の実行に当って、予想さるべき無用の摩擦、混乱を防止し、その適正なる運営と効果の顕現を期する意味に於て少くとも、当面次の如き基本的事項につき急速に適切なる措置を講ずべきことを強く要望するものである。
第一、現在の如く綜合対策未整備の状況の下に融資制限のみを強行するに於ては重大な矛盾を露呈するに至る惧れが多分にあること前述の如くであるから、差当ては暫定措置としての建前の下に、実情に即した弾力性のある運用を行うことが望ましい。又若し将来相当長期に亘って融資制限策を継続する場合には、重点順位の改訂及びその運用等に関し、産業界の実情を充分反映し得るような強力な民主的機構を確立し、常に適正且つ機動的に運営されることが極めて緊要である。
第二、適確なる企業再建整備計画を持ち合せることなく、専ら目先的要求にのみ偏して融資規正を行うに於ては、輸出再開乃至は将来の生産復興に備えて存置を必要とすべき設備、企業を危殆に瀕せしめることとなる。従って基本的には精密且つ具体的な企業整備計画を急速に立て、将来の産業構造を充分考慮して維持すべき設備、企業を確定すると共に一面失業対策等について充分配慮し、然る後斯かる線に沿って綜合的に融資規正を進めて行くことが必要である。但し実際問題として、斯かる措置を今直ちに期待することは困難であるので、差当っては重点度の低い企業であっても、将来の輸出再開等に備えて置く必要のあるものについては、最小限度維持し得るような巾のある運用が望ましい。
第三、漫然たる赤字融資がインフレーションの昂進に重大な影響を有することは否定出来ないとしても、正規の活動を行っている多数の企業を実情と遊離せる公定価格のため赤字状態に放置したまま赤字融資抑制を強行するに於ては、重大な弊害をもたらすこと既述の如くである以上融資規正と併行して実情に即しない不均衡な価格を至急改訂し、変態的な企業経理を正常化する如く物価体系を急速に整備し得るような措置を講ずることがこの際肝要である。
第四、資材対策を確立し、資材の移動を厳重に規正すると共に資金面と遊離することのないように相互に密接な連繋を保ち、且つ重点部門に於ける資材の散逸防止のため必要ある場合には、資材を引当として一時的に融資し得るような途を拓くの要があると共に、ストック資材の効率的活用を図るため補修加工を必要とするものについては、その必要資金の融資につき特に優先的取扱が望ましい。
第五、今日石炭、土木建築、車輛工業その他の部門に於て、価格補給金、進駐軍関係費用、政府特別会計関係、賠償設備保全生管理費等政府支払の遅滞しているものが少くない。もともと政府支払いの如何は事業金融に重大な関係を有し、それが支払われれば、それだけ融資の枠を拡大される訳でもあるから、この際政府支払いの遅滞を至急解消し得るよう措置することが肝要である。更に政府支払いの遅滞を急速に解決し得ないため資金難に当面している向に対しては特別に融資の途を拓くことが望ましい。
第六、従来、統制会社を通じて運転資金の融通を仰いで来た企業の中には、統制会社の解散によって、資金的に行詰りを来しているものが少くない。又価格調整公団への切替及切符制度の施行等に伴い、金融の不円滑を来す懸念もある。よってこれら関係企業に対しては、その事情を充分調査し、要すれば短期の所用資金については一般金融機関に於てこれに代って資金の面倒を見得るような特別の考慮が必要である。
第七、中小企業に対する融資に際し金融機関に於ては、その重点度の区別が極めて困難なる事情に徴し、中小企業維持育成の趣旨により融資の円滑化を期するため中小企業を何等かのかたちに於て組織化するよう努め、斯かる機関の責任に於て認定されたものに対しては優先的に融資を図ることが必要である。併しながら斯かる組織化を急速に行うことには困難なる事情があるので輸出品乃至国内必需品の生産に従事し、価格等の面に於て強力な規制を受けている中小企業については、復興金融金庫、商工組合中央金庫等から遺憾のない融資が行われるよう枠の拡大その他につき特別の配慮が望ましい。なお中小企業については、貿易手形、スタンプ手形その他確実なる手形の活用を計る要あることは勿論であるが、商業手形発行の段階に至る以前の所要資金に対して特に考慮を払うことが緊要と考えられる。
第八、貸付金の回収及び自由預金の保持を図る見地より丙種に属する業種についても、一定時期に於ける貸出額等を勘案して必要に応じ融資し得る途を拓くことが望ましい。
第九、金融機関の融資に関しては、大藏省の他、日銀が常時監査に当ることとなっているが、監査に際しては綜合的な見地から行うと共に場所、時期等につき特殊事情のあるものについては必ずしも貸出順位に拘泥せず、必要に応じて融資し得るような機動的な運営が望ましい。