従業員の退職金問題の処置について政府は何ら據るべき方針を示しておらず、かくては将来労使間にこの問題を繞って紛争の種を残すことを惧れる。即ち政府は昨年十月二日の閣議決定にもとづき企業整備で現実に整理される従業員に対する退職金の給与方法については、一万五千円を限度とする旧勘定からの優先支払の原則を認めたが、これは単に特経会社に対する経理上の措置に過ぎず、退職金支払基準に関しては全然触れていない。もっとも現実に整理される従業員の退職金問題丈けであれば会社が個々に解決しうる見透も立つが、より重大な問題は新勘定又は第二会社に引きつゞき在職する従業員に対する退職金の取扱いである。
しかしこの問題は特に左の諸点に於て決定的な重要さを有する。
一、新会社又は新旧勘定併合によって存続する会社が旧会社から勤続年数と退職金給与規定とを引つぐことになると、勤続年数の加算と基本となる給料賃金の激騰とによって巨額の経費支出を要し、一応固定資産を簿価によって引継ぐことによる含み資産で賄う建前であるにしても尚一部には新会社設立の趣旨に反する惧れがある。
二、企業再建整備は戦時戦後の企業損失を処理するために一切の経理上の計算を打切って、新たに債権債務関係を確定せんとするものであるから、退職金の計算についても昨年八月十一日を区切りとして同様の措置を講ずるは当然である。
三、現在及びなお当分続くであろうところの異常な物価ならびに賃金を基準として、過去数年或は十数年の安定した期間に於ける事業の状況を基礎として定められた退職金の計算を行うことは合理的と云えず、先ず企業再建整備法による指定時の昨年八月十一日を以て一応計算を区切る方が妥当である。
四、従来の退職金制度並にその基金積立ての経理の処理方等については種々問題があり、且つ今は財界の激変期であるから企業再建整備を機会にこれを再検討し、新事態に即する給与形態並に退職者対策を新に確立することは有意義なるばかりでなく喫緊の要請である。
大体以上のような理由にもとずいて、我等はこの問題に対する基本的態度として、これまでの退職金の計算を昨年八月十日を以て一応区切る如き措置を要望する。しかしてその実施要領としては、左のような方法基準によらしめることを適当と考える。
(イ) 昭和二十一年八月十日以前の退職金額の計算
(A) 退職金給与規程を有する会社
昭和二十一年八月十日現在の退職金給与規程に依って同日迄の退職金額の計算を行う
(B) 退職金給与規程を有しない会社
当局に於て妥当なる基準を決定発表し之に依って計算する
(ロ) 昭和二十一年八月十一日以後新旧勘定併合迄の退職金額の計算
昭和二十一年八月十一日以後将来に亘って適用せらるべき公正妥当なる退職金給与の基準を当局に於て決定発表し之に依って右期間の退職金額を計算する
(ハ) (イ)及(ロ)に依って計算した退職金額の合計を以て各人の退職金額とす。
(ニ) 前項の退職金総額の内退職手当積立金(法定及任意)を差引いた残額は社外債務に影響がなく且つ資本金減少にも影響のない範囲に限り整理債務に計上する。
(イ) 新旧勘定併合迄に退職する場合
現行法通りとする
(ロ) 新旧勘定併合後に退職する場合(即ち引続き在職する場合)
新旧勘定併合後の会社或は第二会社の負担とする(但しこの反面退職金支給の為の引当として次の如く一定範囲の退職積立金の移転を認める)
(イ) 退職積立金(法定、任意積立金を含む)を有する会社の場合には同積立金の存する範囲内に於て各人の退職金が一万五千円未満の場合には、其の金額を一万五千円を超える場合は一万五千円迄を所謂保護債務とし特別損失を負担せしめず之を新旧勘定併合後の会社或いは第二会社に引継ぐ
(ロ) 右取扱を為したる後に於ても尚退職積立金が残存する場合は残額の存する限度に於て退職金一万五千円を超える一万円毎に一千円を加え一万五千円との合計額が二万四千円に達する迄前項と同様に取扱う
(ハ) 別紙意見書を以て要望せる固定資産の評価換が認められたる場合に於ては右の評価益を退職積立金に加算して(退職積立金を有しない会社は之を有するものとして)前三号の取扱を為す