勤労所得税の改正に関する意見

昭和23年4月1日建議公表
経済団体連合会

インフレ昂進期の所得に対する課税方法は、かつて深刻なインフレを経験した国では、例外なく最も頭を悩ました問題であり、税制を激変する経済過程に適応せしめることが困難なために、課税方法を改めることを回避した。その結果、課税はややもすると経済実態を無視した不公正な課税となり、納税観念を低下せしめ、脱税の誘因となった。わが国はいま丁度このような状態におかれている。

現行の所得税は担税力の限界を超えて甚だしく過重であり、ことに勤労者の場合は、その所得が源泉において正確に把握され、税額を天引徴収されるから、課税が如何に不公正であっても、否応なくこれに従わねばならず、税負担の実生活に及ぼす影響は一層甚だしい。これがひいては勤労勢意欲の低下となり、あるいはそれだけ余分の負担を企業に転嫁する等の好ましからぬ影響を与えている。われわれは勤労者の最低生活を保証し勤労意欲の昂揚をはかるため、その所得に対する課税方法について、この際至急これを改める必要を痛感するものである。しかしてそれには、およそ次の諸点に充分の検討を加え、税制改正の基本方針を確立すべきであると考える。

(一) 物価の昂騰につれて名目所得は著しく増大するが、その反面最低生活費も当然高められる。しかるに税率は名目所得に適用されるから、名目所得の増大に眩惑されて、基本税率、超過累進税率とも高率課税に陥り易いのであるが、この点を改め、現在の最低生活費と最低生活の名目所得額が不断に増大しつつあること、ならびに高額所得者と低額所得者の所得差が従前にくらべて実質的に狭められていること等、諸般の状況を勘案して課税方法を決定すべきであろう。しかして最低生活費以下の所得は課税の対象からまぬがれるごとくし、最低生活費以上のものでも、一定の限度内においては極めて軽度の税率を適用すべきであり、同時に超過累進の所得段階の巾を拡げ、累進率を小きざみにするを要する。

(二) 現在のごとく給料賃金がほとんど月毎に変る状態にあっては、右のような要領で税率等を改正しても、改正税率は時ならず実情にそぐわなくなり、年度途中において幾度かこれを改正する必要も起ってくるであろう。その場合現行の年間所得制は、前年度の実績課税でなく、予算主義で概算徴収して年末調整を行う建前なので、これがため非常に煩雑な手続を要することとなり、かつ納税者にとっても、その所得と税額との関係が甚だ不明確なものとなる。今日、勤労者の生活は、月々の生活をその月の所得で賄った上で、年末調整額を一時に支出するような余裕はない。よって勤労所得については、現行年間所得制を改め、前月の実績課税を建前とした月間所得制とするのが、インフレの実情に即する。

(三) 勤労所得税を月間所得制とする趣旨を徹底させるため、年間所得制を建前とすべき資産所得、事業所得等他の所得との合算制を廃止する。ただし勤労所得と資産所得との均衡ならびに勤労所得と他の所得とを併せ有するものと他の所得のみを有するものとの間の公平の観点より勤労所得以外の所得に対しては、適当に税率を改訂し、かつ最低生活費控除等を考慮することとする。

(四) 勤労所得税を月間所得制とすることと勤労意欲の向上との二つの理由にもとずき、勤労所得の同居親族合算制も同時に廃止する。ただし同一人が二以上の勤労所得を有する場合はこれを合算して、そのうち一つの事業場において税額を源泉徴収するごとくする。以上の基本方針にもとずいて種々検討した結果、左のごとく改正することを妥当と考える。ただしこの改正案における税率ならびに控除の軽減の程度については、現在の給与水準を前提として最小限必要と認めた範囲にとどめているので、将来物価の改訂等にともなって、全面的に賃金給与水準の変更を余儀なくされる場合には再びこれを改正する必要がある。

一、税率ならびに控除の改正

(一) 税率を左の如く改正する

課税所得(月額)税率課税所得(月額)税率
2,000円以下15% 5,000円超35%
2,000円超20% 7,000円超40%
3,000円超25%10,000円超45%
4,000円超30%15,000円超50%

(二) 基礎控除は納税義務者毎に現行年四千八百円(月額四百円)を月額千円とする。

(三) 勤労控除は現行百分の二十五を百分の三十に改め、最高限度(現行年額一万二千五百円)を廃止する。

(四) 扶養親族控除は現行年額四百八十円(月額四十円)を月額百円とする。
税率ならびに控除における軽減を右の程度にとどめたのは、現在の物価水準にもとずく最低生活費を見積って、標準四人家族で四千円と内輪におさえたからであるが、こうするとその所得が標準四人家族で四千円以下になるものは徴税の対象とならず、また家族員数において増減があっても、少くとも一人千円の最低生活費は確保することができる(別表参照)。五千円以上の所得段階を若干大きくした理由については既に述べたが、勤労控除の最高限度を廃止したことも同じ理由にもとずくものであり、名目所得が急速に高められていく現状と、かくして高額所得が実際には高額所得でなくなっていく現状とにかんがみて、これは当然の措置と考えられる。また勤労控除の割合を少しく拡大したのは、源泉徴収によるものとよらないものとの均衡上、こうすることが妥当とみたからであり、同時に勤労意欲の昂揚をはかる上からも、その必要を認めたのである。

二、現行年間所得制を月間所得制に改める。
ただし賞与その他の臨時給与についてはこれを前回支給後の経過月数(最高一カ年)に按分して、同経過期間の平均月間所得に加算したものの税額をもとめ、それより平均月間所得に対する税額を差引いたものに経過月数を乗じてその税額を算出する。

現行および改正案による税額一覧表
月間所得(円) 2,0003,0004,0005,0006,000 7,0008,0009,00010,00015,000



(円)
扶養親族なし現行 2334597271,1211,591 2,0912,6293,3233,8437,241
改正 60165270400550 7259301,1551,4002,750
1人現行 1934196871,0811,551 2,0512,5893,1833,8037,201
改正 065170300450 6258301,0551,3002650
2人現行 1533796471,0411,252 2,0112,5493,1433,7637,161
改正 0070200350 5257309551,2002,550
3人現行 1133396071,0011,471 1,9712,5093,1033,7237,121
改正 000100250 4256308551,1002,450
4人現行 752995679611,431 1,9312,4693,0633,6837,081
改正 0000150 3255307551,0002,350
5人現行 352595279211,391 1,8912,4293,0233,6437,041
改正 000050 2254306559002,250
6人現行 02194878811,351 1,8512,3892,9833,6037,001
改正 00000 1253305558002,150
7人現行 01794478411,311 1,8112,3492,9433,5636,961
改正 00000 252304557002,050

三、企業整備にともなう退職者の税負担を軽減するため、退職所得に対する課税は独立課税として源泉徴収分にとどめ、その税額は現行税負担表にもとずく税額の半額とする。

四、扶養親族の範囲を実情に即するごとく改正する。
例えば夫なき六十一歳未満の母、および子女または弟妹多き場合に実際上母または配偶者の代理とみなさるべき十九歳以上の子女一名をも扶養親族とする。

五、厚生年金、健康保険、失業保険等社会政策にもとずき強制徴収せられるものは非課税とする。

以上
(備考) 日本産業協議会と協力して得たる成案である。