物価改訂に関する意見

昭和23年4月28日建議公表
経済団体連合会

昨年七月の新物価体系は、その後に於ける統制外商品の値上り、賃金の上昇等によって少からぬ無理を伴いつつも、今日変更を見ずに時を稼いで来たことに於て、一応の成功を収めたと評してよい。然し二十三年度本予算の編成に関連して、いよいよこれが補正に手をつけざるを得なくなり、政府は目下その成案を急いで居るようである。

元来物価体系の改編は、その影響する所極めて深刻広汎であって、堅牢な第二堤防的新新物価体系築成の為に必要な基盤、即ち復興援助資材の輸入、生産の一定水準迄の回復、食糧事情の好転、労働運動の健全化、企業採算の改善等々の諸條件が未だ整って居らぬ現状に於ては、出来る限り部分的な補正の程度に止めて「時稼ぎ」を続けることが必要と考えられるのである。

然し乍ら今日の客観的諸情勢は労働の面から見ても、企業の面から見ても、補正をして或いはついに全面に及ぶのやむなきに至らしめるのではないかとも察せられる。若しこのような情勢において漫然物価の全面的改訂を行うならば、各方面に非常な無理を生じ財政金融面よりする産業への不当圧力を招来して、経済の麻痺崩壊を来すことなきを保し難い。よって政府はこの際左の諸項を切実に考慮せられ、施策に万全を期せられんことを切望する。

一、統制の整理強化

凡そ物価はいかなる場合にも物の需給状況と無関係ではあり得ない。需給を無視した価格は維持し得るものではなく、また価格の如何が需給に重要な影響を及ぼすのである。だから苟も生産を阻害し、需給の不均衡を拡大するような価格政策は絶対に之を避けなければならない。若し統制によって生産が阻害せられ、或は原価が高くなるようであれば、消費者の利益はそれだけ損われるのであって、統制はその目的に全く反することとなる。然るに現在の如く数十万種に上る多数の公定価格を設定する方式では、価格改訂に長時日を要してその間種々の弊害を生ずるのみならず、統制事務能力の限界を超える結果は実情に即し得ずして種々の不合理を生じ、良心的な生産者が苦しむ一方、闇取引を温醸して流通秩序は攪乱せられ、為めに実際物価は不当に上昇して生活不安と社会不安の原因を醸成し、又流通部面にも消費部面にも不経済と浪費が起って物価の安定を却って困難ならしめる等、いまやその弊害甚だ顕著なるものがある。よって今回の物価改訂に当っては、

(イ) 統制の範囲を思切って縮少し、以て需給関係よりする経済復興の門戸を開かれたい。
我々の見る所では、公定価格の設定は大体指定生産資材及指定配給物資中の特に重要なるもの及び資材のリンク制を特に必要とし又はそれが可能なるものの範囲に限定し、それ以外のものは統制を廃して価格をして落ち付く所へ落付かしめることがよいと考える。かくすれば統制下に於けるよりは供給が増大し、原価は軽減せられて、価格は却って下落又は安定するものが少くないであろう。但し右のような統制整理によって、統制を存続させる事業が特に不利益をうけることのないよう留意すると共に、統制を廃された物資につき万一不当な値上げを行うものがあった場合には、速かに物価統制令を発動して暴利、不当高価を取締ることが望ましい。

(ロ) 一方統制を続ける基本物資については、前項の統制整理によって余裕の生じた統制機関の全知能と全努力とを少数の物資に結集し、適正原価の保証、資材配給の確保、その他諸般の注意を行届かしめることによって生産の増強を第一義とした統制の強化を行うべきである。

(ハ) 以上の如き政策遂行の為めに、政府部内に至急統制整理の為めの専門部局を設けて、具体的細目を研究せしめることとし、以て統制実施当局の意見のみに牽制せられず妥当な統制整理案が樹立せられるようにする必要がある。我々も亦それに必要な研究資料を提出する用意を有する。

二、賃金政策の確立

昨年七月の新物価体系が、賃金水準の上昇を有力な一原因として破綻した経緯に顧みても、賃金の安定に関する強力な措置がとられなければ、物価の引上げを軽度に止めることもできず、又補正された物価体系の維持もできず、従って勤労者の生活安定が期せられないことも明かである。故に今回は物価の改訂と平行してぜひとも何等かの賃金統制を断行することが必要である。とくに労働委員会による賃金の裁定がもっと大乗的国家的な立場から下されるようにすることは絶対的に必要である。ここに所謂賃金統制は、非合理な賃金を合理的に規正せんとするもので、必ずしも賃金の釘付を意図するのではない。而して之については、少くも二合八勺程度の主食の配給と勤労者への傾斜配給、並に衣料の増配が米国の援助によって可能となることが前提として望ましいので、政府はこれに万全の努力を払われたい。

三、企業採算の尊重

経済の自立を促進することが目下我国に課せられた至上命題である以上、国民経済上の諸困難を専ら経営と資本とに負わしめるかの観を呈した従来の諸方針を改め、設備の修理更新に支障を来す如きことなく、必要な資本の蓄積が行われ得るよう、万般に亘って企業採算を尊重する必要がある。若し物価政策上斯る観点を余りに軽視するならば、生産が減退し闇利益獲得の強烈な誘引ともなって、却って不幸な結果を来すであろうことを我々は警告せざるを得ない。よって今回の物価改訂に際しては、

(イ) 原価計算上右途の諸点を十分考慮すると共に、箇別価格主義をできるだけ単一価格主義の方向に近づけ、特に原価の低い優良企業及び原価の引下を行った企業には適度の株式配当をなさしめる如く価格形成上特に留意せられたい。

(ロ) 価格形成上商業利潤を余りに軽視し、抑圧することは、却って良心的な商業者をして困窮に陥れ、流通秩序を乱す有力な一因ともなっている。これについては商業者の数についても考慮を要するものがあると考えられるが、とりあえず流通部門に対する適正の利潤乃至手数料を保証するよう特に留意せられたい。

(ハ) 価格改訂に際して手持商品の価格差益を一律に国家に徴収することは、貨幣価値の変動に基く仮装利益を真の利潤と混同するものであり、又実際上事業者の金融を梗塞せしめて生産に悪影響を及ぼす弊が大きい。よって価格差益の国家徴収は之を廃止されたい。若し当分の間之を続ける場合には、その徴収方法に無理の起らぬよう、十分の注意を払われたい。

四、財政金融政策と産業政策との調整

以上の諸点を考慮に入れて今回の物価改訂が具体的にどうあるべきか考えるとき、その根柢に横たわる重要な問題は、蓋し健全財政第一主義と生産増強第一主義との調和である。具体的には価格調整補給金と通貨発行とに関する方針の如何である。

元来終戦以来に於ける我国の経済政策は、財政金融面偏重の傾向が強く、為めに生産の復興が遅れ、結局に於て財政金融健全化の目的も達せられないことが甚だ多かった。即ち健全財政を余りに機械的に解釈して生産との関係を軽視すれば、生産が低下し、物価は却って上昇して、折角の健全化の意図をその根柢から破壊するに至る。よって、

(イ) この際は価格水準の引上げを最少限度に止める為め、現在に於ける特定産業の赤字は之を極力政府補給金によって補填し、将来外資の導入、操業率の上昇、経営の合理化等が実現するに伴って、逐次補給金を減額整理する方針とすることが望ましい。補給金減額の為に価格安定帯を引上げるならば、生活費の上昇によって再び賃金の昂騰を来すことは必然であり、それによって財政支出が膨脹し、しかも歳入は生産の回復を見ない限り真の増大を期待し難いのであるから、結局に於て財政上は、補給金減額による利益以上のものを失うに至る。若しそれ真の健全財政を実現せんと欲するならば、行政整理の実行、援助輸入資材代金の利用による復興公債の発行等、他に自ら途があるであろう。

(ロ) 産業界の金詰りは今日既にその極に達し、企業体の存立を危くされて居るものの頗る多いことは周知の現実である。しかも目前多額の農業金融、公団金融等が市中金融界を圧迫せんとしており、又租税の強行徴収の影響等もあって、市中資金の涸渇はいよいよ深刻ならんとして居る。かかる際に於て物価の改訂が行われ、必然之に伴う通貨需要の増大が起り、且つ又物価改訂に内存する虞れある赤字、及び物価改訂の時間的ズレによる赤字の発生が予想されるのである。これに対して依然通貨抑制の偏重が行われたとするならば、企業は遂に麻痺崩壊の一途を辿る外なく、生産は減退して、その結果は角をためて牛を殺すが如き状態になることを深憂せられるのである。政府は通貨政策上この点に深甚の考慮を払われたい。

以上