独占禁止法が施行されてから一年有余を経過した。同法の基本理念は独占を排して公正かつ自由な競争の下に、国民経済に民主的で健全な発達を促進することにあるが、これに対しては、我我は今日と雖も何ら異論のある筈はなく、従って同法の運用に積極的協力を惜むものではない。
しかしながら同法は、わが国経済がおかれた特異な国際的環境と国民経済自体の著しい虚脱状態との下で、経済復興の方途も見きわめがつかぬ間に制定されたため、国際経済への参加ならびに国内経済の再建が漸次具体化するにつれて、制定当時予想されなかった新たなる事態への適応が妨げられるに至った。いまや外資導入を槓杆とする自立経済の達成は、日本の民主化にとってもまた喫緊の問題として内外の興論となりつつあり、これらの諸点については、新しい情勢の下に同法に再検討を加える段階に来ていると思う。
しかして一部には、民間外資の導入を急ぐ余り本法を外国会社に適用する要なしと見解を抱く向もあるが、われわれは一国の権威ある法律を差別的に運用することには、強く反対せざるを得ない。すなわち、わが国内の経済取引に関係をもつ限り、外国人ならびに外国会社にも本法を適用して、これを国内事業者と同等の立場におくことこそ、健全な外資に期待し、国内経済の再建復興に資する所以であることを強調したい。
我々は、かかる観点に立って独占禁止法に全面的検討を加えるため去る六月独占禁止法対策委員会を設置し、慎重審議の結果、主要事項について必要と認める最小限度の改正案を作成しその実現につき努力しつつあった。しかるに最近集中排除法の運用に関するいわゆる四原則の発表がある等、四囲の情勢は、独禁法についてもその改訂を特に急ぐ必要を認めるに至り、その結果、政府は急遽改正案を作成し、これを臨時国会に提出することになった模様である。我々はもちろん、右法案の作成及び通過に全面的に協力することを喜びとするもので、ここに我々の要望する趣旨を要約し、もって国会、政府関係方面の参考に供する次第である。
政府は昭和二十一年勅令第三三号において制限的内容を有する国際カルテルおよび協定よりの脱退を命じ、新規加入を禁止するとともに制限国際協約の取極めを禁じたが、現行独占禁止法第六條はこの趣旨をそのまま取り入れている。然るに従来国際的商慣行として通常取極められる契約または協定は多かれ少かれ制限約款を附随しているから、この規定はほとんど一切の国際的協定又は契約を事実上否定することとなり、ことと、次の諸点において重大な問題を蔵する。
(A) 国際経済の部面においてはカルテル解体の措置は一向に進展していないので、国際経済との接触面においては、勢い制限的協定ないし契約への加入が許されなければ日本は国際取引の面において著しく立遅れる。もちろん平和的国際通商を念願するわが国としてはその範囲は自立経済達成に不可欠な諸点に限定する必要があるであろう。
(B) 外資導入による自立経済達成に内外の与論となりつつあるが、第六條の規定は民間外資の導入に著しい障碍となる。
今後の外資導入が如何なる形態において行われるかは従来の事例によって判断する域を出ないが、従来の外資供与会社はその優秀な技術をもって国際的活動をしているものが多く、制限的協定の内容も、技術特許権の提供を中心として左の如きものが多い。
しかして、これらの内あるものは、特許権という独占権に附随した当然の権利とみなすべき場合もあり、外資供与会社の世界市場における活動の一環としてかかる協定をなさなければならなかった場合もある。これがため特許と独禁法の解釈に至っては政府においても未だに決定せず、勅令第三三号の処置も未だに緒につかぬ実情である。この点に関しては特許権と独禁法との純然たる法律的解釈もあるが、われわれがここに問題にするのは現にこれらの協定の下に導入された技術によって、日本経済の最も重要な部面が活動していること、従って協定の破棄は生産の停止を意味することである。さらに技術のみならず現下最も要請される原料、資材、設備等の供与会社についても、外資供与に附帯して当然販路、価格その他につき制限約款を附するものがあるであろうから、これを拒否すれば、外資供与を躊躇するであろう。これらの点を考慮し、経済再建の大局的見地より、外資導入の附帯的協定であって、国際契約上通常取極められる範囲の契約は当然認むべきである。
(C) 国際海運の分野においては国際運賃同盟があるが、もし現行通り同盟加入が不可能とすれば、ようやくその重要性を認められんとしつつあるわが国海運業も遂に国際的進出はできない。かくの如く国際的通商が協定ないし契約によって運営され、これに加盟してゆかねばならぬ場合は、これを認める如く措置すべきである。
(D) 経済復興五ケ年計画第一次案に見るも、わが国輸出貿易の振興は喫緊かつ困難な問題であるが、現在の如く弱体の輸出業者をもって果して国際競争に耐え得るや疑問である。外国事業者との競争力において、また、わが国輸出貿易の相手方たる東亞諸地域の政治的不安定による危険負担をも考慮するとき、アメリカのウェツブ・ポメリン法の規定にもある如く、国内取引に影響を及ぼさない程度において、輸出業者については特に国内同業者間の協定を自由にする必要がある。
なお、本法改正と同時に勅令第三三号についても同趣旨の改正を行うことが必要である。
現行法第十條の規定は法人持株の禁止規定であるが、これは当然外国法人にも持株を禁止する建前と見られる。しかして、もしそうであるとすれば、外資導入に当って一定比率の持株を條件とした事例の存することから見ても、この規定が外資導入の著しい障碍となる場合が予想される。反対に、外国法人にのみ無條件に持株を許すとすれば、国内法人に対して不当に差別待遇をすることとなるばかりでなく、かくすれば国内法人をして外国法人の設立による脱法を許して、本條規定の効果を減殺するおそれもある。故に外国法にも独禁法は適用することとし、外資導入の主な相手国たるアメリカのクレイトン法の線まで規定を緩和する必要がある。
一方わが国の資本市場の性格ならびにその発展段階を顧みても、株式大衆化の地盤はなお充分には培われず、ために従来、法人持株の株式発行総額に占める比重はきわめて大きかった。したがって、いまこの大量の法人持株を処分しなければならぬことになると、その処分はもちろん、新規発行株式の円滑なる消化を期することは事実上困難となるであろう。
現に財閥解体、閉鎖機関の整理にともなう既存株式の処分に加えて、企業再建整備による増資株の新規発行が強く要請されているにも拘らず、今もってその消化の目途もたたない実情である。ことに独占や競争制限とは直接重大な関連をもたない中小企業にあっては、もともとその株式の市場性がないのであるから、持株禁止によって事実上資金調達の途をたたれることになる。かかる事情からしても本條の規定はかえって本法の企図に反する。
元来事業会社持株禁止の規定は画一的に過ぎ、実質において競争制限等を結果せぬ場合も制限を受けることとなり、独禁法本来の観念というよりは、企業のあり方に対する商法上の理想論というべきである。
しかして競争を実質的に制限することにより公共の利益に反するか否かの判定に当っては、広く国民経済的視野から公益性を判断すべきものと信ずる。自立経済達成に喫緊の外資導入に当っては特にこの間の考慮を絶対必要とする。
現行法第十一條は金融機関の株式保有を五%に制限しているが、金融機関の資金運用面ならびに株式市場の未発達の現状からして、この制限率は少きに失する。ことに企業再建整備を機会に代物弁済等によって大量の持株を必要とする事情など併せ考えるとき、議決権株について一〇%程度は自由に保有を認める必要がある。なお保険会社が、保険事業の改善に役立つ如き事業を子会社として営む場合等、金融機関にあっても子会社を持つ必要がある場合があるので公正取引委員会への届出があれば、一〇%以上の持株をも許す途を開くべきである。
現行法では金融機関ならびに事業会社は、他の会社の資本金額の百分の二十五に当当する金額を超えて、その会社の社債を所有することを禁じているが、元来、社債は事業支配と直接の関連がなく、またわが国の起債市場の現状ではある特定の会社の場合を除いては、社債には殆んど市場性がないので、一金融機関が一会社の社債を全部または大部分引受けなければ実際問題として社債の発行は不可能となる場合が多い。
特にまた、外貨債の発行によって外資導入を大いに促進しなければならないのであるから、一般の事業会社についても、社債保有の自由を認める必要がある。よって社債保有に対する制限は撤廃されることが望ましい。
本條においては役員ならびに従業員の兼任の制限につき、独禁法本来の競争関係の存在の有無を問題にするほか、さらに会社間ならびに個人の両面より詳細な規定を設けているが、規定が画一的にすぎ、独禁法の範囲を逸脱して不当に個人の活動を拘束する場合が多い。特に第一項第二号の会社間の役員の連繋に関する規定は役員中少数者が兼任関係を結ぶときは他の役員の兼任を不可能にし、役員間において非民主的な拘束を生ずるものであり、また外資供与会社が導入会社に役員を派遣せんとするときは、本国における兼任関係を大幅にとかざるをえぬであろうという疑義もある。さらに人的連繋によって資金を得るのを常態として来た中小企業においては、会社の設立維持困難という事態すら生ずる。よって会社間の役員の連繋に対する厳重な制限はいうに及ばず、就任しうる会社の役員の地位に関する数の制限も同時に撤廃することを望むものである、なお現行法では競争会社間の役員の兼任は認められないが、これについては競争会社であっても、競争を実質的に制限するおそれのある場合を除いては、兼任を許すべきものと考える。外資供与会社は大部分導入会社と競争関係にあるとみられるので、特にこの点についての考慮が望ましい。
第十五條には会社が合併する際の認可の條件をあげているが、第一の「当該合併が生産、販費、経営の合理化に役立たない場合」ならびに第二の「当該合併によって不当な事業能力の較差が生ずることとなる場合」の二つの規定は削除すべきであろう。けだし第一の規定は独禁法の範囲外の問題であり、独禁法の目的は第三(競争の実質的制限)、第四(不公正な競争方法による強制)の條件をもって充分達せられる。ことにその挙証責任を会社側に負わせることは、その内容にかんがみ困難なことで、無用の官憲的干渉を惹起する懸念を多分に蔵し、事業活動を拘束する危険がある。第二の較差問題については次に述べるごとき理由によってこれを合併の條件とすることは適当でないと考える。
事業能力の較差は、私的独占に至る前段階であり、私的独占に至る懸念があるというにすぎない。わが国の憲法では、私的所有と経済活動の自由は公共の福祉によってのみ拘束されるが事業能力の較差自体が不当であり、公共の利益に反するということはいえない筈である。しかしてもし較差に基いて、私的独占を生じたと認められた場合は、他の規定によって独占禁止法の目的は余すところなく達せられるであろう。すでに集中排除法は、現在わが国に経済力の過度の集中が存し、これが独占支配を生ずるおそれありとして、既存の産業構造に一大変革を加えつつあるが、さらにその上、本法において将来生じ得べき較差の排除を規定しているのは、将来における企業の拡充発展を阻害するごとき感を抱かしめ、事業家の経営意欲を徒らに減殺せしめるおそれがある。よってこの規定は、むしろ削除するのが妥当と思われる。
戦後のわが産業は、輸出産業を中心として中小企業の発展に多くを期待せねばならぬが、それには中小企業の活動をできるだけ自由にし、かつ中小企業が是非とも必要とする人的、資金的要素に対して充分な考慮が払われなければならぬ。その意味で、役員の兼任制限ならびに持株禁止の條項が中小企業にとって如何に致命的な打撃であるかは、幾多の事例が示すところである。また合併のための煩瑣な手続とか、共同行為に対する諸多の制限などは、独占禁止法の本来の建前からすれば、小規模企業に対しては全く必要なきものと考えられる。元来独占のおそれある程度の大企業の広汎数多なる中小企業とは、著しくその性格を異にするので、独占禁止法の適用範囲を全般に及ぼすときは、かえってその本筋がぼけて、問題の焦点を逸してしまうおそれすらある。かく一つには中小企業の発展を促進し、他方、独占禁止法の本来の使命を達成するために、一定規模以下(少くも総資産五百万円程度)の中小企業には本法を適用しないことの方が、賢明な措置と考えられる。