制限会社令の廃止に関する意見

昭和23年11月2日建議公表
経済団体連合会

最近連合軍司令部当局に於て制限会社令による指定会社を相当大巾に解除する準備があると伝えられることは、当会の最も歓迎する所である。然しわれわれは、以下述べる如き諸般の理由と事情とに鑑み、一歩進んでこの際本令の全面的撤廃を断行し、以て経済復輿上の重大障害を除去せられるよう切望する。いうまでもなく会社は、生産量の増大、原料及燃料の節減、能率の向上を促進するため常時設備の工夫、改善、増設等を必要とする。しかも、これらは制限会社のため或は計画に齟齬を来し、或いは時期を失する等思わざる障害にぶつゝかり、その結果、漸次会社の経営方針も消極的とならざるを得ない状態にある。かくて会社の活動に対する本勅令の諸拘束は、一般の投資家をして、証券による直接投資を躊躇せしめ、証券市場の発展と資本蓄積を益々困難にするばかりでなく、わが国経済の回復に不可欠の民間外資の導入も、これあるがために阻止される虞れすらある。しかして本勅令が制定後すでに三年に及んでいることは、基本的には民主化方策が着々実行せられておりながらなお多少の技術的な問題が残されているためであるが、われわれはこの際大局的見地より、即時本制度を廃止して、会社運営に自主性を確保し、その創意と工夫を濶達に発揚できるごとく特段の考慮を要望するものである。

第一、本令存在理由の消失について

昭和二十年勅令第六五七号、所謂制限会社令は財閥解体と経済民主化を目的とする諸措置の前提として、持株会社たる財閥本社ならびにその直系、傍系各社の通常業務執行以外の資産移動を広範に制限し、一応の保全的措置を講じたものであるが、その後、財閥解体経済民主化の諸措置は着々実行され、財閥本社の解散にともない、その直系、傍系各社は人的にも資本的にもその統轄管理を離れて、個人の独立した企業体となり、同種部門における独占支配の関係もたち切られた。したがって、今や制限会社令の存在理由は全く失われているといってよい。即ち

一、制限会社令第一條は会社の解散又は営業譲渡の制限規定であるが財閥本社の解散、財閥会社役員の解職ならびに同一資本系統会社間の持ち株の処分、役員の兼任禁止等によって、資本的支配、人的紐帯がたち切られ、しかも企業体内部の民主化が行われている今日、資産の不当処分によって会社に著しく不利を招いてまで、旧財閥との関係を温存するようなことは到底考えられうべくもなくまた、国際情勢の好転、経済安定への一応の見透しが可能となった現在においては、経営担当者としては企業の存続発展に全力を集中こそすれ、資産の不当処分による逃避をはかるようなことは全く無意味である。

二、令第二條前段においては財産の売却その他権利の移転を制限しているが、これについても前項に述べたことと全く同じ理由によって、その存在意義を失ったものと見ることができる。殊に制限会社のほとんど大部分は会社経理応急措置法、企業再建整備法の適用会社であって、それらの法律により当局から厳重なる経理上の監督を受けることとなっているから、重複して拘束を取け、事務の煩瑣にたえない状態である。

三、令第二條後段の資金の借入又は預金の払戻に関する制限規定は「金融機関資金融通準則」(昭二二、三、一)と重複する。すなわちこの準則においては金融は日本経済再建の目的に即するように最も効率的に行われる筈であるから、制限会社なるが故に屋上屋をかするような制限を加えることは無意味である。

四、更にまた令第一條の二の制限規定、即ち株主の権利に変更を生ずる定款の変更、利益配当ならびに社債募集に対する制限は、会社利益配当臨時措置法及び証券取引法によって直接又は間接に会社経理の健全化、投資者の保護、ならびに会社経理の監査強化を期し得るから、現在においては無用の長物となっているが殊に配当制限は死文と化しているものである。

五、令第二條の二に規定されている制限会社発行の譲渡、担保に関する制限は、本勅令の実際の運用においても既に持株会社整理委員会令、有価証券処理調整法の施行によって、株式所有分野における旧財閥勢力は完全に一掃され、且つまた将来に向っては独占禁止法の制約が存するからこれまた存在の意義を失っているといえよう。

以上の如くであるにもかかわらず、なお本勅令を存続せしめ、このうえわが国産業活動の根幹たる会社の企業力を減殺し、経済復興に大なる支障を与えることは、我々の甚だ憂うるところである。

第二、指定解除の要件について

翻って従来、制限会社の解除に関する当局の一般方針について考えてみると、大体その解除要件としては少くとも次の諸條件が具備されることを必要とした。

一、かつて持株会社によって所有され、現に持株会社整理委員会に譲渡された株式についてはその処分を完了すること。

二、制限会社が他の会社の株式を保有している場合は勅令第五六七号(会社の証券保有制限等に関する件)及びそれにもとずく閣令第八三号によってその株式の処分を完了すること。

三、集中排除による指定企業者である場合は再編成又は保有株式処分等の決定指令のあること。

四、企業再建整備法による特別経理会社である場合は、整備計画の認可のあること。

制限会社の解除要件に関する右のような方針が堅持されるにおいては、制限会社制度の撤廃はおろか、恐らくここ両三年は、引続きその拘束を受けるであろう。けだし財閥放出株、制限会社保有株、再建整備による新株等の競合による株式消化の見透困難な事情と、再建整備ならびに再編成の遅延等は、かかる解除要件の完備を不可避的に遅らせるからである。もしかくのごとくであれば、わが国産業活動はいつまでも委縮沈滞の状態を脱し切れず、経済復興計画の実行もこれがために頓挫する虞れなしとしない。われわれはこのような事態の生ずることを憂うるとともに、前記のごとき厳格な解除要件はもはや必要なしと考えるものである。即ち

一、持株会社の所有していた株式は、昭和二十年勅令第二三三号(持株会社整理委員会令)によって、持株会社整理委員会に譲渡を済ましているから、この株式が証券処理調整協議会を通じて処分を完了すると否とにかかわらず、財閥的資本による支配的関係は既に排除されてゐる。株式が持株会社整理委員会の手にあることは、一度に放出することによって証券市場を圧迫し、株価を不当に低下せしめないための操作上の問題に過ぎない。

二、制限会社の保有有価証券は、証券保有制限令の適用を受け、株式処分計画を持株会社整理委員会に提出し、その承認をへて株式を処分することとなっており、これらの株式に関する議決権の行使は、現在、持株会社整理委員会に委任せられるとともに、その譲渡予約を発行会社に委任している。したがって事実上これらは既に処分されたものと見做すことができるから、ことさら処分の完了を解除の要件とする必要はない。

三、企業再建整備法は、会社の戦時喪失に対する善後措置であって、企業民主化のための法令ではない。したがって、企業民主化方策の実施のための予備的措置である制限会社令をこれと関連せしめることは当を得ない。しかして実情はどうかというと、昭和二十一年閣令第八三号(会社の証券保有制限に関する勅令の施行に関する閣令)によって、制限会社はその保有する株式の発行会社の整備計画の認可がなければ、株式の処分計画が立たず、したがって制限会社のほとんど大部分について整備計画の審査が延引されている。ところが株式発行会社たる制限会社の整備計画は、ただその会社が制限会社であるがために容易に認可にならない状態であるから、従来同一資本系統にあった一連の会社は、そのまま永く拘束される虞れすらある。

四、集中排除法は本来、民主化法規であるから、再編成計画、株式処分等の決定指令があるまでは、資産の移動その他に関する規制を必要とするが、集排法の指定企業者は現在、「過度経済力集中排除法に基く手続規則」によって、既に制限会社令による制限を含む同じ内容の規制を受けている。

第三、経済復興の障害をなす事例について

制限会社令による諸制約が如何に生産活動を阻害しつつあるかの事例は殆ど枚挙に遑ないが最近当会に報告された事情の要点を概括して示せば次のごとくである。

一、不要材料、在庫品の処分、遊休土地建物設備の売却などは、借入金の返済、資金の調達上必要であり、また経営の刷新、生産品目の変更、遊休施設の代替再新等にともなって当然起り得る問題であるが、それが仲々容易でなく、許可があってもそれまでに相当の時日を要するので、急速有利な処分が困難である。のみならず今日の物価情勢では許可後入手する代金では予定の資金繰りに違算を生ずることが縷々である。

二、土地、建物、船舶機械等の物件を購入するに当って取引上の好機を逸する事例が極めて多い。電話一本の増設、小型自動車一台の購入も許可を要するため、関係事務の煩雑による経費の増大も軽視できない。

三、生産増大、操業合理化のための機械の借入、下請工場への貸与又は傘下工場間の移設のごときまで煩雑なる手続事項に属しているために、徒らに日時の延引を来し、また不許可になった事例すらあって、増産合理化への企図を挫折せしめる原因となっている。

四、寄宿舎、社宅食堂その他の福利施設の改善によって従業員の能率向上に資せんとする計画に対して、直接生産の上昇に影響しないとの理由で不許可になるものが多いため、労務行政上甚だ不利を蒙っている。事務所、金融機関の店舗等も同様に取扱われるため、営業上、制限会社でない同業者に対して著しく立遅れをまぬがれない。

五、戦災等による工場設備の復旧は、不許可となる事例がかなりある。中には緊急復興工場として指定されたにもかかわらず、制限会社令では不許可となったものすらある。またこれらに要する資金の調達についても制限会社なるが故に増資又は借入が意のごとくならず、止むなく、会社は小規模の補修改善による暫定的彌縫策を施して操業をしている状態であるが、それすら煩雑な手続を要するため、結局違反とならぬ程度の彌縫的の手段に終り、日々の生産効率を著しく阻害しているのみならず、設備ならびに建物等の修理不行届きによる損耗はおびただしい。

六、有価証券の買入ならびに処分は、金融機関の資産運用上、重要な業務であるが、この点については金融機関の特殊性を別段考慮されておらぬため、同一資本系統の株式あるいは制限会社の百分の一以上の株式の制約にふれて自由処分ができず、また会社証券保有制限令による制約から自由買入もできない。これがため資産の有利確実な運用に機宜の処置をとりえず、著だしく不利を招いている。

七、役員報酬は昨年五月現在の従業員の俸給を基準として制限され、その増額は生産量の増大乃至営業成績の向上に僅かに認められているが、実際において右の基準に釘付け同様であり昨今の物価事情からみて甚だしく不合理である。本令の規定が如何に実情にそぐわぬかを如実に示している。

八、団体会費の支払も要許可事項となっているが、これらは概して金額は少いけれども件数が相当に多いため、会社にとって手続が煩雑なばかりでなく、実際上事前に許可を得られない場合も少くない。またこれがため事業者団体法等で認められ、重要な任務を帯びた団体で存続困難に陥るものも少くない実情にあることは、特に戒心を要する。

以上に示した事例の一端を見ても判るように、これが産業復興の面に与えている障害が如何に大であるか測り知れぬものがある。しかして、制限会社令による申請事項の審査、許可不許可の事例より察するに、会社の活動に対する制限には、単に制限会社代が本来目的とするところの財閥解体の前提としての一種の保全措置、あるいは財閥解体の進行中において利害関係者に不測の損失を与えないための措置以外に、他の目的が併せて考慮されているごとく思われる。それは工業水準の復活乃至生産力復旧の限度において生産設備の拡張改善及び資金調達を許容するがための監督、指導であるが、しかしこれについては、特に制限会社を対象とする要なく現在の法律行政の範囲で制限会社、非制限会社の別なく取扱い、例えば事業設備の復旧、拡充については、その年度計画を前年度もしくは当年度はじめに司令部に提出してその承諾を受けるごとくすればよいであろう。

以上