政府支払の促進に関する要望意見

昭和23年11月24日建議公表
経済団体連合会

政府はさきに決定した第三・四半期の政府収支調整方針において、政府支払の遅延をこの際一掃し併せて支払計画の承認を早める旨を確約した。然るにその後の推移を見ると、九月末現在において三百五十億円の巨額に達すると伝えられる政府支払遅滞額は最近に至るも何等改善されることなく、ために産業界はこの直接的乃至間接的影響によって金詰りが著しく累加し、現状のまま年末を迎え更に明年一月以降の政府資金吸上げ超過期に入らんか、最早一企業としての経理操作はその限界に達し経済再建に決定的な障碍をもたらすことが深憂される情況にある。

元来、政府支払問題は民間産業資金に及ぼす影響力が極めて多大であり、夙に本会においてもその改善の必要性を機会ある毎に強調し、政府においてもその都度善処を約束し来ったにもかかわらず、依然その実があがらず、政府の財政的責任を常に民間に転稼し、産業資金に著しい圧迫を加えるという矛盾を繰返しつつ今日に至ったのは、要するに政府支払に対する官庁の態度そのものに根本的な誤謬があるからにほかならぬと断ぜざるを得ない。すなわち、われわれは政府がこの際政府対民間の取引といえども、民間相互の商取引と何等本質的に相違するところなきものなることを確認し、かかる思想の切替えを起点として、以下列記する如き政府支払の遅滞打開に関する一連の諸対策を綜合的に実施し、本問題に対する政府の責任体制を急速に確立されんことを切望する。

一、書類手続の簡素化

政府の発註に対し支払を請求する場合には、政府に対する不正手段による支払請求を防止するため、昨年十二月施行された法律第一七一号にもとづく書式によって支払請求内譯書を作成提出しなければならぬことになっている。然るに右書式は徒らに煩瑣を極め、例えば土木建築乃至造船業等の如く内容の複雑なものにおいてはこの書類作成のため、二、三ケ月を必要とするのが通例である。しかもその審査は担当官の経理技術の未熟、法律第一七一号に対する官庁間の解釈の相違等のため徒らに時日を浪費するのみならず、審査の段階が地方庁、特別調達庁、本省というように数段階に及ぶときは夫々の局課を経由するため、持廻りで督促し且つ最も順調に運んだ場合でも、書類の査定完了までに二カ月近くを要するという実情である。すなわち、右の如き書類手続に帰因する時日の遷延を一掃するためには、この際少くとも次の二点につき政府の善処を要望する。

(一) 法律第一七一号は、次の如き諸理由によりその一般的適用を廃止されたい。

(イ) 入札契約による場合は、予め「公定価格」又は妥当な価格で原価見積方式により見積った予定価格以下であるのを通例とする。従って法律第一七一号による見積書又は支払請求内譯書を提出することは徒らに手続を煩瑣にするのみで全く無意義である。

(ロ) 「公定価格」がある物資についても官庁によっては法律第一七一号による支払請求内譯書の提出を必要とする場合があるが、これは慣例による請求書と全く重複するものであるから不要である。

(ハ) 「公定価格」がない場合にも契約時における査定によって請求金額の確定せるものについては代金請求の際における本法の適用を除外されたい。

(ニ) 複雑厖大な書類はその作成に莫大な物件費を要するのみならず、その審査にあたっても同様の矛盾を繰返す結果となり、冗費を累積し、事務能率の向上による経費節減に反する。よってこの点からも法律第一七一号の一般的適用を廃止することが望まれる。

(二) 書類審査の迅速化を期するため、差当り次の諸措置を講じ、官庁機構の簡素化を期せられたい。

(イ) 査定にあたって例えば土木建築等におけるが如く地方庁、特別調達庁、乃至建設省、大蔵省というように数官庁が殆んど同一方法の審査を重複して行う煩を省くため、これを最も実情に明るい官庁に委するというように、可及的に手続を簡素化すると共に夫々の経由段階を極力整理することが望ましい。

なお、価格差補給金の支払も例えば鐵鋼の実例について見れば査定に十二段階を経由するというような煩瑣な手続のため、生産完了後一ケ月半乃至二カ月を経過して漸く実現される状態である。これなども徹底的に審査手続を簡略化し、公団買取価格の支払と同時に補給金を交附することが必要である。

(ロ) 担当官が出張或は欠勤の場合は、出勤するまで書類が停頓することとなるので、必要に応じ責任ある代理者を定め、合理的にして円滑な事務処理の態勢を確立されたい。

(三) 法律第六〇号にもとずく大蔵省の経理監査は、現在の実情からすれば必ずしも必要としないように見られるので、これを廃止するか乃至はその運用の緩和を図られたい。

二、概算払制度及び前渡金制度の活用

予算割当の見透し不分明、価格乃事業種別賃金の未決定等のため工事引渡代金乃至製品納入代金の支払が遅延することを防止し、且つ不円滑な前渡金支払いを根本的に改善するため、この際次の諸措置を講ずることが望ましい。

(一) 概算払制度の活用

工事引渡乃至製品納入を完了せるにもかかわらず、価格未決定遅延のため代金支払の困難な場合は一応概算払いによって支払い、後日正式に決定した際改めて精算する等の弾力性のある支払方法を広く採用することが必要である。

(二) 前渡金支払の迅速化と適正化

前渡金の支払方法は一般的にいって官庁相互間の統一性を欠き、且つその支払割合、時期等が実情に即せず、極めて不合理な事例少しとしない。この際、前渡金の支払は民間の商慣習にならない、契納と同時に六〇%までをまず支払い、これを必要な原材料の調達その他準備資金に充当せしめ、次に出来高にもとずいて九〇%までを支払い、最後に残りの一〇%を完成後一ケ月以内に支払うというように、民間取引の場合と同様の基準を確立し、これを各官庁間に統一的に運用し厳守せしめ、前渡金支払の迅速化と適正化を急速に図ることが肝要と考える。

なお本契約の成立遅延の惧れある場合には仮計算により前述の如き要領にもとずいて前渡金の概算払いを実施すべきである。

(三) 内示引渡に対する賃貸料の附与

予算割当不分明等のため契約可能の以前に内示により註文を受け、契約がなお不能である時に工事引渡乃至製品納入を行う場合には、官庁の支払保証書を発行し特に融資の途をつける外、正式契納による支払完了までの期間一定の賃貸契約を締結し得るが如き方途を講ずることが望ましい。なおこの場合の賃貸料等に関する予算措置については後述延滞利子におけると同様の考慮をなすべきである。

三、予算制度並びに運用上の改善点

政府支払の延滞が予算制度乃至運用上の不備、欠陥にもとずく場合が少くない実情にかんがみ、特に次の二点につき改善策を講ぜられたい。

(一) 継続費制度の復活

発註、製作、支払が二会計年度以上にまたがるなどの場合には、継続費制度を復活し、会計年度を超越して当該支払資金の枠を確保し、次年度予算編成の遅延或いは節約等によって、既発註品の代金支払に支障を来さないよう措置する必要があると考える。

(二) 使途に反した資金流用の阻止

一、二の官庁においては、人件費、その他諸経費の膨張を補うため、予算を無視して一定の枠のある資金をこれに流用充当し、ために予定の支払は支障を来す例が少くない。かかる予算の使途に反した資金の流用については、これを規正し得るが如き措置を講ずることが望ましい。

(三) 予算決定の迅速化近年

予算の決定が著しく遅れ、ために政府支払が渋滞する実情にかんがみ、本予算は通常の時期に編成し、特に「公定価格」の改訂があった場合は、迅速に追加予算を編成して既発註品の支払に支障を来さないよう期せられたい。

四、政府支払の遅延に対する延滞利子制の実施

政府支払の促進を期するためには、まず以て以上の如き基本的な諸対策の実施が不可欠の要件であるが、更にまた政府対民間の取引といえども本質的には民間相互の取引と何等異なるところがないという思想上の切替えを一段と徹底せしめ、従来の片務契約を双務性のものに切替えるほか政府支払に対する諸官庁の態度を根本的に改めしめるため、右対策と併行し、政府支払の遅延に対して延滞利子を附することが切望される。特に政府支払の遅延が慢性化する如き状態の下においては、結局冗費がそれだけ増嵩しているわけで、支払遅延に対して延滞利子を附する方がむしろ国家全体としての負担軽減に寄与すべきことが考えられる。

しかも、本問題は、税金滞納に対する延滞利子との、均衡上からいっても当然採り上げられるべきであるのみならず、また民間としては政府支払遅延に伴う手許資金の逼迫を補うため、いきおい融資に仰がざるを得ず、従ってこの金利負担をカバーするという経理上の損失補填の意味からもこれを実施することが強く要請されるわけである。

而して右の延滞利子制は船舶公団、食糧配給公団関係の一部等において既に実施され、非常な実効を収めているが、これを官庁の支払に対して実施するに当っては、本問題提起の趣旨からいってその範囲を民間商取引に準ずるものに一応限定し、法案の国会上程日以後における政府支払遅延に対し、次の如き要領によって延滞利子を附することが妥当であると考える。

(一) 延滞利子を附すべき時期

政府支払の遅延に対し、何時から延滞利子を附するかという時期の問題については、大体通常の状態において支払い得る日数を経過せる時を起点として把えるべきであり、右の日数は官庁によって若干の相違があるが、少くも請求書提出後一ケ月を超える(註、船舶公団関係は請求書受領日以後七日、食糧配給公団の酒精用藷類について同じく十日を超えて支払が遅延した場合には、延滞利子を附している。)ものに対し延滞利子を附するのが妥当のように考える。なお、運用上の疑義等を解決するため、必要に応じ官民並びに第三者を以て構成される裁定委員会を別に設けることも併せて考慮さるべきであろう。

(二) 利率

現在、税金滞納に対する延滞利子は懲罰的意味を加味して日歩二十銭という高率が課せられているが、商慣習に即するという本問題提起の趣旨からいって、一応その時の市場金利に據るのが至当であろう。

(三) 実施に伴う予算及び経理上の措置

一応前年度における予算と政府支払遅延の実際額との比率から推定して、予算の必要額を計上し、不足する場合は予備費等から繰入れることによって処理すべきであろう。

以上われわれは政府支払の遅延打開に対し、最も緊要と思われる諸対策を列記した次第であるが、本問題は前内閣において既にその急速処理を決意され、政府支払の遅延に対する延滞利子を附することの研究も約されている事実にかんがみ、新内閣は特に本問題を重視され、速かに延滞利子を始め前掲の諸対策を併行実施されるよう重ねて要望するものである。

以上

(附記) 貿易庁関係輸出品代金の支払及び之に関する金融措置については当会貿易対策委員会おいて別途検討中である。