給与問題と三原則の適用に関する声明

昭和23年11月26日建議公表
経済団体連合会

最近政局暗冥の折柄民間では電産および石炭の賃上げ問題を中心とする労働不安が頓にその度加え、また政府の人事委員会を突如として他の重要国策と無関係に官公給与引上げ案を発表し、さらでだに不安定極まりなかった物価、賃金および生産の相互関係に重大な撹乱作用を現出せしめつつある。経済界の各部門につらねるわが経済団体連合会は、それが近来いく分とも安定化の方向にあったわが国経済を根本から覆す危険を蔵することを深く憂える。

そもそも、賃金と物価とは常に密接不可分の関係にある。賃金がひとり離れて上昇すれば、物価もついに、長く据置くことはできなくなる。かくて、生産費の保障という一方的な見地から、名目的に賃金を引上げて見ても、それが因となって物価が上昇する結果、当初の目的は少しも達成せられず、むしろ賃金、物価の悪循環によるインフレーションの激化が、生産を妨げて、国民生活の充実改善をそれだけおくらす可能性が大きいのである。

以上の関係にかんがみ、われわれは夙に賃金と物価の同時安定を主張して来た。物価を統制する以上賃金についても何等かの統制を加えることが当然必要で、物価を据置いて賃金のみを引上げ得るのは、生産が回復し、あるいは労働能率が高まった場合だけに限らるべきである。政府は最近の賃上げ運動に対し、価格の改訂も赤字融資も政府補給金の増額も認めないという、いわゆる三原則をもって臨まんとしつつあるが、われわれも前述の理由から、その趣旨には全く賛成である。

しかしながら、今日の如く、価格が政府の公定するところであり、資材、動力等の配給、従って生産の規模もまた、政府の決定に従わなければならぬ事態のもとでは、政府もまた十分の責任をもち、諸般の施策を綜合的に実施することが必要であって、それなしに三原則をただ機械的に適用するときは、かえって混乱の一因たることなきを保し難い。すなわち公定価格が適正を欠き、あるいは自由価格との関係等からして、企業収入に凸凹があり、また生計費が安定していない場合に、国の生産計画に従いつつ、従業員の賃上げ要求をどの程度に処理すべきかは、絶対に企業の個々の状況のみから決定し得ることではない。

かくて、三原則の趣旨を徹底せしめ、かつ実効あらしめんがために、われわれは特に次の諸点につき、この際政府が十分の責任をもって強力に且つ的確に、その実現をはかられるよう切望する。

一、賃金の直接統制に関する具体的方策を速かに確立し、その運用が、価格政策、生活安定対策その他の基本政策を十分に勘案した綜合的見地から行われるよう、運用上ならびに機構上特段の注意を払うこと。右に関連して、

(イ) 賃金給与の基準としては、民間の諸産業間に著しい不均衡の起らないよう、低きに失するものは妥当な程度までの引上げを認めること、

(ロ) 官公給与の基準は、常に民間給与水準との均衡を失せざる範囲においてこれを決定すること。その場合、勤務時間その他諸條件の相違に十分留意し、かつ給与体系については、三原則の趣旨に沿うて、官民とも生産への報酬という原則を貫くよう考慮すること。

(ハ) 賃金を統制しても、経済復興に応ずる実質賃金の上昇は可及的にこれを実現させなければならぬが、その場合企業の合理化方策としては、操業度の上昇および不当な過剰人員整理のほか、資材動力等の原単位切下げに特に留意し、また官庁等の事務労働においては事務簡捷、能率化に大いに努力すること。

二、政府は、価格の適正化、資材動力等の配給量の増大、食糧、衣料、住宅等の確保による民生安定、不必要な統制の撤廃、労働法規の改正等、賃金安定と不可分の関係を有する諸基本政策を綜合的に実行し、それによって三原則適用の基盤を整えること。もし然らずして、安易な金融引締め策のみを掲げ企業にすべての尻ぬぐいを転嫁するが如きことあれば、経済復興上不可欠の企業体が衰弱し、あるいは破綻する等の場合を生じて、ゆゆしき弊害を醸すであろう。

三、差当り三原則の適用は、実際に即した弾力性ある方法をもってし、逐次基本趣旨の徹底に必要な諸條件を整えるより外ないと考えられる。しかしてその間官公給与の引上げはもとより、電気、石炭等の如き公共性強く、また国民経済に占める比重の大きい産業の賃上げは、財政政策、物価政策、その他の基本国策と密接な関連を有するので、これらは人事委員会、労働委員会等の一面的な技術的判断のみに委ねることなく、是非とも各般の関係を綜合的に勘案してこれを決定するよう、強力な運用をなすこと。

四、国民の租税負担が現在すでにその能力を超えていると考えられる実状にかんがみ、政府は速かに一大行政整理の断行に着手し、あわせて失業対策につき特に十分の意を用いること。

われわれは、内外より迫り来るこの難局に直面し、政府も政党も国民も、虚心に日本の進むべき途を考えて、相協力することが極めて肝要と考える。特に一般国民は、敗戦日本の復興には当分の間耐乏生活の不可欠なることを十分に自覚し、臥薪嘗胆の建設的心構えを持つことが肝要で、政府は勿論これにつき垂範指導よろしきを得る必要がある。

以上