しかしながら、キャッチアップの段階が終了し、東西冷戦構造の崩壊を契機とした東 欧諸国やアジア諸国の資本主義市場経済への参入という、世界市場の構造変化のなか で世界的な大競争時代が到来している現在、こうしたシステムはもはや有効性を失っ ている。すなわち、戦後50年経たわが国の経済・社会システムは、いわば金属疲労を 起こしており、変化への対応力を極度に低下させている。政府、企業、消費者という 各部門相互に存在する「横並び体質」、「責任転嫁型の体質」、「政官民のトライア ングル構造」、「護送船団方式」といわれる仕組みが、費用増、非効率、対外摩擦を 通じて経済の長期的停滞をもたらし、経済全体のダイナミズムを失わせているといっ ても過言ではない。
今こそ、これまでの経済社会を180度転換し、企業、消費者など各々が自己責任に 立脚したパイオニア型の自由な経済社会を構築していかなければならない。企業はリ スクに果敢に挑戦し、先端的な技術の創出を通じて自由な競争を展開し、消費者はそ うした企業行動によって得られる果実を多様な選択肢の中から、自らの考え方、責任 において選択するといった市場経済の基本に立ち返った経済行動が求められている。
同時に、わが国は公正な市場を形成すべきである。この公正の概念については、従来 のわが国ではともすれば「結果の平等」に比重がかけられていたが、今後は、市場に 参入する「機会の均等」ならびに「適正な競争条件の確保」にこそ、重点が置かれる べきである。
それでは、こうした規制緩和の目的は、未曾有の円高に直面し産業の空洞化の危機が 叫ばれるわが国にとって、いかなる意味を持つのか。規制緩和と産業空洞化の問題、 円高・内外価格差問題は相互にどう関わっているのか。この点に関しては、次のよう に考えるべきである。現下のわが国に置かれた状況を考えると、
の2点が最優先課題として挙げられる。仮に、規制緩和の断行を躊躇し、現在の規制 依存型の経済システムを温存した場合には、当面の円高が一層進展し、産業空洞化と それに伴う雇用情勢の悪化が定着する惧れがある。規制緩和は、このような事態を回 避すると同時に、新たなリーディング産業を生み出すフロンティアの開拓を促進する ことによって、経済の潜在成長力を高める手段の一つとして位置づけられる。
一方、規制緩和と円高・内外価格差問題を考えるにあたって、現在の円相場は、わが 国製造業の実力を超えており、明らかに行き過ぎていると同時に、ただでさえ大きい 内外価格差を増幅させている点に着目する必要がある。そこで、この問題を以下に述 べるように、バランスのとれた国際分業型産業構造の構築、内外価格差と産業の二重 構造の是正、の二つの側面から考える必要がある。
といった指摘がなされているが、この点に加えて、ISバランスの観点から国内の貯 蓄が投資を大幅に上回っていること、換言すれば、貯蓄余剰(消費不足)、投資機会の 不足というマクロの視点も看過できない。対外不均衡を是正するには、こうしたISバ ランスの歪みを是正することが必要であるが、そのための有力な手段は二つある。
この二つの手段により、ISバランスの歪みが修復され、対外不均衡が是正に向かう ことが期待できる。
以上のような施策によって、対外不均衡の是正が進めば、現在の行き過ぎた円高も是 正され、為替相場はファンダメンタルズを反映した水準に収斂していくものとみられ る。そのようになれば、当然のことながら、「空洞化」という言葉で懸念されている ような著しい経済力の低下は回避され、バランスのとれた国際水平分業型の産業構造 へ円滑に移行していくことが予想される。その場合に、国内に必然的に残る分野は、 非価格競争力の強い分野、本質的に品質の高いもの、納期・アフターサービスを含め て国際的に信頼度が評価される分野であり、日本のモノ作りの強さが失われることが 回避される。
このような1ドル=100円産業と200円産業の二重構造を是正し、市場レートと 購買力平価を近づけることが内外価格差の是正につながるわけである。もとより、現 在の内外価格差のすべてが規制によって生じているわけではなく、高い地代・テナン ト料、教育制度、流通機構の問題なども深く関わっている。このため、規制緩和だけ で、生産性を高め、内外価格差を完全に是正することは困難であるが、少なくとも規 制緩和は内外価格差是正の最有力の手段と位置づけられる。
日本経済の構造改革の方向性は、前川レポート以降も93年の平岩レポートで示され ているが、現実の取り組みはいかにもぬるま湯的といわざるを得ない。今、求められ ていることは、従来の経済社会の仕組みを根本から見直し、ゼロベースで新しい仕組 みを構築するなど大胆な構造改革を実行に移すことである。具体的には、実効ある規 制緩和と並んで、財政・税制改革、外国企業の参入を促進する「内からの国際化」を 3本柱とする経済構造改革を断行することが喫緊の課題である。
なお、以上の3本柱は相互に密接に関連した表裏一体の課題であり、いずれが欠けて も構造改革が挫折しかねないことを認識すべきである。
逆に規制緩和が抜本的に断行されない場合には、短期的な痛みは回避されるが、先に 指摘した通り、購買力平価と市場レートの乖離がさらに拡大する形で円高が一方的に 進行し、産業の空洞化が不可避となることから、失業が定着する惧れが強い。この結 果、日本経済は成長しつつある世界の市場から脱落し、縮小均衡と生活水準の低下、 経済活力の低下という斜陽化の道を辿る危険性が大きい。
このような事態を回避するためには、短期的な痛みを官民あげて克服しつつ、構造転 換を進めていく道を模索すべきである。構造転換を進めることによって、新しい産業 やビジネスが生まれ、雇用機会の創出も可能になる。また、規制緩和の推進により内 外価格差が是正されれば、基礎的な生活コストが低下し、実質所得の増大、ひいては 実質消費の拡大が期待できる。抜本的な規制緩和を通じて産業の二重構造を是正し、 構造的な失業を回避するのか、規制と内外価格差を温存して日本経済を衰退に導くの か、その選択に迷う余地はないといえる。
第1に、企業はこれまでの他律的な規制から、自律的な自己規制への転換を図り、国 際的に普遍なルールに基づいた社会の中で自由に競争し、日本的な長所を最大限に発 揮することが強く求められる。そのためには、企業は情報公開を徹底し、企業行動へ の信頼度を一層に高めるための企業倫理を確立しなければならない。さらに、イノベ ーティブな市場の創造と技術革新に取り組むことによって、国際的に通用する高収益 体質の実現に努める必要がある。一方で、自己責任を果たしえない企業は、自ら淘汰 されることを覚悟しなければならない。
第2に、消費者は政府、企業への責任転嫁型の依存体質から脱却し、主体的な選択能 力に基づく、国際的視野を持った冷静な行動が必要である。また、勤労者の立場から は、企業中心の生活様式を改め、真に自らの能力を活かした個性的な柔軟性のある新 しい生活様式への転換が求められている。
第3に、政府には様々な役割が求められる。具体的には、
などが求められる。さらに強調すべきは、構造改革が本来の目的を達成できるか否か の鍵は、究極的には人の問題に帰着することである。これまでの画一的知識の吸収と 受験技術の習得に偏した教育を、多様性、独創性を持つ人材の育成に重点を置いた教 育制度へと刷新し、パイオニア型経済に向けて、創造的人材を育てていかなければな らない。