第2部 規制緩和の経済効果に関する分析と雇用対策


規制緩和の経済効果に関する視点

規制緩和の経済効果には、新分野の開拓による需要拡大効果をはじめとして、競争促 進に伴う生産性の向上、また内外価格差の縮小を通じた実質所得の増大、それに伴う 消費の多様化、輸入の拡大による貿易収支の改善など、わが国経済や国民生活向上に とって多大のプラス効果が指摘できる。その一方で、輸入の増加は、国内生産の低下 を引き起こし、また規制に守られた産業においては、競争の激化による淘汰や効率化 に伴う雇用機会の喪失などのマイナス効果も懸念されている。

規制緩和の経済効果については、以下の4つの視点に大別できる。

このように、規制緩和の経済効果は、極めて多岐にわたるが、その経済効果について マクロ分析を行うにあたっては、内外価格差の縮小によって実質所得が増加すること を通じた分析と、新分野の開拓による新事業の創出に伴う需要拡大の効果を分析する という2つの方法が挙げられる。そこで、この提言においては、内外価格差の縮小を 分析の糸口にして、規制の撤廃や緩和がなされた場合にどのような効果が期待できる か、また新規事業が発展することによってどのような効果がもたらされるかに焦点を あて、分析を行った。

規制緩和の経済効果分析

以下に詳しく触れる経済効果分析の結果を要約すれば、規制緩和に伴う競争激化によ って、当面、雇用面ではマイナスが予想され、その影響は先行的に現れる。しかしな がら、内外価格差の縮小を通じた物価の下落に伴う実質所得の増加によって、当面の マイナスを上回る雇用機会の創出に加えて、新規事業による雇用吸収を考えれば、大 幅な雇用増加が見込まれる。その際、プラス効果が、雇用面でのマイナスの影響を上 回るまでには若干の時間を要するという時間的なミスマッチが生じる。また、地域的 、職能的なミスマッチも避けられないことを考慮すると、規制緩和の経済効果を最大 限に発揮させるためには、新規産業の育成とそのための環境整備を中心に経済の活性 化を図るとともに、官民をあげた雇用面への充分な配慮が強く求められる。

  1. 内外価格差縮小による経済効果
    わが国における内外価格差は、非貿易財部門において生産性が低いこと、競争制限的 な公的規制、商慣行などが存在すること、国際的に高い地価・人件費、さらには消費 者のブランド・高品質志向などの様々な要因が複雑に絡み合って形成されている。と りわけ、最近の急激な円高によって、生計費における内外価格差の拡大が顕著になっ ている。東京の物価水準は、経済企画庁の調査によると世界4都市〔ニューヨーク、 ベルリン、ロンドン、パリ〕と比較して、50%近く割高であるが、直近レートで計 算し直すと、内外価格差は一層拡大し、国民の基礎的生活コストは諸外国より著しく 高い。

    このような内外価格差を縮小させることによる経済効果の分析視点としては、3つの ケースが考えられる。

    などについて、需要拡大や生産減少、さらには雇用者数の増加・減少などを試算する ことが考えられる。

    一つの方法として、日本総合研究所の分析を挙げれば、産業連関表を用い、輸入比率 が90〜92年と同様のトレンドで上昇すると仮定して2000年時点での国内の各 産業の投入産出構造を推計した。規制緩和によって、一般財ならびに交通、通信、そ の他のサービス価格などの内外価格差が解消し、2000年において国内物価が2000 %低下し欧米並みの水準となることを前提として試算を行った。その結果として、全 産業の実質生産額の93〜2000年における年平均増加率が、内外価格差の縮小に より、1.1%高まる一方で、構造調整による輸入増に伴い同0.6%低下するため 、年平均成長率は0.5%高まる。

    これを金額ベースでみると、内外価格差の縮小に伴い実質生産金額は約79兆円増加 するが、構造調整により約44兆円減少する結果、ネットの実質生産金額の増加は約 35兆円となる。また、雇用面の影響をみると、内外価格差の是正による実質所得の 増加に伴い、579万人の増加が期待できる一方で、輸入拡大に伴う国内生産の代替 などの構造調整によって934万人の雇用機会が喪失する可能性があるが、後に述べ る新規産業の雇用創出効果(485万人)と合わせると、130万人の雇用増加が期 待できる。

    また、もう一つの方法として、経団連ではマクロモデルを用い、規制緩和に よって、規制に守られた産業における競争激化、生産性向上と同時に、内外価格差の 縮小に伴い、実質所得が増加する場合について、2000年度までに規制緩和の効果 があらわれることを前提にして、規制緩和の効果を試算した。

    1. 規制緩和により競争が激化し、規制産業の技術進歩率が非規制産業なみに上 昇した結果、95年度〜2000年度の累計では、雇用者が284万人減少 、実質GDPが10兆円減少となる。
    2. 実質所得の増加を計算すると、内外価格差の縮小により、消費者物価が20 %程度低下した場合の各需要項目(民間消費支出、民間投資、公的固定資本 形成、公的消費支出)に関するデフレータの低下が、2000年度までに実 現すると仮定した際の効果をみると、95年度〜2000年度の累計では、 実質GDPが187兆円の増加、雇用者数が358万人の増加となる。

    以上の分析結果を総合して考えると、実質GDPは、競争激化・生産性向上、輸入増 加などによって減少するが、実質所得の増加による効果がそれを上回るため、95年 度〜2000年度の累計では、実質GDPが177兆円増加、雇用者数が74万人増 加となる。規制緩和の当初は、競争激化、雇用調整による雇用者数の減少が、実質所 得の増加に伴う雇用者数の増加を上回り、一時的には、雇用面でのマイナスの影響が 避けられないものの、規制緩和の効果全体としては、プラス効果がマイナス効果を上 回る。従って、マイナス面を最小限にくい止め、規制緩和によるメリットを引き出す ことが、わが国経済の発展や国民生活の向上にとって極めて重要である。

  2. 新規事業創出の経済効果
    わが国経済を取り巻く環境は、21世紀に向けて、所得水準の向上、高齢化、女性の社 会進出、少産化、環境意識の拡がり、家庭生活・地域生活の重視、文化・教育への関 心の高まり、技術革新の進展等を背景にして常に変化していくが、こうした変化の中 にこそ、新たな投資機会、事業機会が現れると期待できる。今後、大きな成長が期待 できる産業とは、先に経団連が、「ヒューマンキャピタリズムとわが国産業・企業の 変革」で指摘したように、 などといったわが国が直面する諸問題を踏まえ、新しい経済社会への移行に貢献でき る産業、またこれら変化に対応して自助努力を行う個々人や企業を支援する産業など である。例えば、環境問題、住宅環境の整備、高齢化のニーズに対応したシルバービ ジネス分野、在宅医療・福祉サービス関連分野などの産業分野が大きく伸びる可能性 がある。また、ゆとりや豊かさの実現に寄与する文化・教養等生涯教育関連分野、ス ポーツ・旅行といったレジャー関連分野、マルチメディアをはじめとする通信・映像 関連分野などの発展も期待できる。

    因みに一つの例として、経済企画庁の分析を挙げると、規制緩和等により、日本にお いても電気通信事業の市場規模は、2000年には対GDP比で1991年のアメリ カ並みの2.71%(日本は1991年で1.39%)になることが十分可能であり 、この結果、2000年には通信事業によって新たに6兆円の付加価値の増加、26 万人の労働力需要が拡大するとしている。

    規制緩和は、先に述べたように、低生産性部門の効率化を促し、内外価格差を縮小さ せる一方で、上述のような新規事業を創出・発展させ、経済全体の成長を促進する。 そこで、規制緩和による新規事業の創出に関する試算として、日本総合研究所の分析 によれば、86年〜92年の投入・産出構造の変化をもとに、2000年時点におけ る投入・産出構造を推計し、今後とも86〜92年と同程度の成長が進んでいくこと を前提に試算している。その結果、93〜2000年度までの実質生産額の平均増加 率が0.9%高まり、製造業、非製造業を合わせて65.2兆円の付加価値の増加が 見込まれるが、特に非製造業のサービス分野においてその効果が大きい。

    また雇用については、485万人の増加が期待できる。今後、規制緩和によって、企 業の環境変化への対応力が強化され、さらに新事業・新技術が創出されていくと期待 できる。こうした中で、わが国企業は、新しい時代のニーズに応えられる事業を積極 的に拡大していくとともに、人間尊重の経済社会において生まれる新しいビジネス・ チャンスを前向きに捉え、国民生活の質的向上に向けて、たゆまぬ努力をしていかな ければならない。

  3. 規制緩和に伴う雇用への影響
    規制緩和の国民生活への影響については、既に指摘したように、規制の緩和・撤廃に より、市場メカニズムが円滑に働き、わが国経済が内包している高コスト構造の是正 が図られれば、国内物価の低下に伴う実質所得の増大を通じた豊かな国民生活の実現 につながると考えられる。中長期的視点からみれば、消費行動の多様化やビジネス・ フロンティアの拡大は、国内需要の増大をもたらすことから、雇用機会の増加が期待 できる。

    しかし、先に分析したように、規制緩和に伴い競争が激化し、生産性が向上すること から、一時的には雇用の減少が先行することは避けられない。その減少を内外価格差 の是正と新規事業の拡大による雇用機会の増加によって、カバーするまでには、一定 の時間的なギャップが生ずる。加えて、地域的、職能的、年齢的な雇用面のミスマッ チも懸念される。この点をさらに敷衍すれば、これまで低い生産性を長く抱えてきた 部門では、効率化の進捗に伴い、円滑に他の部門において労働需要が創造されないと 過剰雇用の問題に直面せざるえない。また、当該部門における競争の激化により、や むをえず市場から撤退するといった場合には、労働移動に伴う摩擦が問題となる。

    併せて、規制緩和を軸として、経済システムの改革や産業構造の調整が進むなかで、 過剰労働力が顕在化する一方、若年人口を中心とした生産年齢人口(20〜64歳) の減少が見込まれ、21世紀初頭には、労働力需給が全体としてほぼ均等すると想定 されるものの、雇用のミスマッチが一段と拡大する惧れがあるという指摘もある。と りわけ、雇用の増加が期待される情報通信、環境保全、高齢者福祉など新たなビジネ ス分野への円滑な労働移動が望まれるが、この場合においても、新しい職種に適応す る能力の面でのミスマッチが問題になる。また、これら新しいサービス産業は、主に 都市部から生まれてくることが多く、地域間のミスマッチを考慮に入れることも必要 である。

    その際、雇用面でのマイナスが大きく懸念される分野において、構造変化のスピード が早すぎることに伴う摩擦を緩和するため、産業政策・雇用対策両面にわたる特別の 配慮がなされなければならない。また、雇用面のプラス効果を最大限に引き出すべく 、電気通信分野など経済波及効果の大きい分野については、ゼロベースに立ち返って 思い切った規制緩和を断行し、多様なニーズへの対応を可能とする実験的業務の展開 を促進していくべきである。

規制緩和推進のための環境整備

規制緩和による雇用面へのマイナスの影響を極力排除し、雇用の需要・供給両面にわ たる変化に対処していくためには、経済活性化を促進するあらゆる施策を果敢に実行 するとともに、行政、企業が一体となって、労働移動の円滑化と技術新時代を担う創 造的な人材の育成に全力で取り組まなければならない。
  1. 経済活性化に向けて−新しい社会資本の整備
    規制緩和によって懸念される問題、とりわけ、雇用対策としては、

    ことによって、わが国経済を活性化させることが、雇用増加を促す最優先の対策とな る。そこで、政府はこれまでの公共投資のあり方を抜本的に見直し、新しい社会資本 の整備を中心とした弾力的な財政運営により、経済成長率をできるだけ高い水準に保 つよう努めることが、雇用政策の観点からも第一に求められる。また、先に決定され た630兆円の公共投資の配分に当たっては、雇用の地域間のミスマッチに配慮し、 産業の地方展開を円滑に進めるための基盤整備にも重点を置くべきである。何よりも 、地方自らが、文化、産業に関する情報の発信地になるなど、魅力ある地域づくりを 進めることが肝要である。

    さらに、既に経団連が、94年4月に提言した「活力ある日本経済の再生を目指して 」でも指摘したように、社会資本整備にあたっては、マルチメディア時代の本格的な 到来に備え、新産業・新事業の創出が最も期待できる情報・通信インフラ、急速に進 展する高齢化社会に向けた福祉関連インフラ、地球環境との調和を求める環境関連イ ンフラ、さらには、21世紀においても科学技術立国を目指すための研究教育インフ ラ等の整備、拡充に重点を置くべきである。

  2. 新規産業創出のための基盤整備
    高齢化社会へ向けて、わが国の経済活力を維持し、規制緩和によるプラス効果を一層 確実なものにしていくためにも、マクロ的な需要創出策に加えて、新規参入の促進に よるニュービジネスの台頭に向けた様々な基盤整備が必要である。しかし、我が国に おいて、新事業・新企業の創出を促す環境が整っているとは言いがたく、金融面から の支援とともに税制面での整備が必須である。

    <ベンチャー企業育成のための施策>

    日本経済の再活性化を図るためには、ベンチャー企業の育成を図ることも重要な課題 となる。米国などとの比較でみると、わが国では新しい技術とのニーズを結び付け、 新しく事業を起こそうとする「起業家」が生まれても、ベンチャー企業として、順調 な発展は望みにくい。事業の将来性と採算性を見極めながら、ベンチャー企業を育成 していく支援体制の整備が急務であり、リスクキャピタルをいかに供給していくかが 、ベンチャー企業の発展に極めて重要な要素となる。そのためにも、わが国の金融機 関が土地担保型の融資に偏した従来の姿勢から脱却し、事業の内容と経営者の素質を 調査判別して、ベンチャー・ビジネスにも積極的に資金を供給できるよう、信用創造 機能の強化に向けた体質改善に取り組むことが期待される。ベンチャー企業の育成に あたっては、税制面での支援措置とともに、長期的に安定した資本を円滑に供給でき るよう、証券・金融面での支援が強く求められる。

    わが国における店頭登録基準は、米国の株式店頭市場(NASDAQ)とほぼ同様で あるが、実際には、より厳しい基準で登録審査が行われている。このため、日本で企 業を設立してから店頭登録に至るまでに要する期間は、平均29年とも言われ、極め て長くなっている。ベンチャー企業育成を役割とするベンチャーキャピタルも、投資 先企業の店頭登録によって投資資金を回収するまでの期間が非常に長いことから、消 極的な姿勢になっているのが実情である。これら悪循環を打破し、新規産業の創出を 金融面から支えていくためにも、店頭登録基準を実質的に緩和し、資本市場へのアク セスをより一層弾力化することが最重要の課題となる。これによって店頭登録までに 要する期間が短縮されれば、ベンチャーキャピタルによる投資も積極化し、ベンチャ ー企業の資金調達はより円滑なものとなる。

    <新産業・新事業を創成するための税制面での整備>

    以上の事柄を具体化するため、通産省が提案している経済の構造的変化を踏まえた適 応円滑化のための新たな施策は、極めて有効なものと思われる。

  3. 雇用流動化のための対策−当面の雇用対策と労働市場の あり方
    これまで述べた雇用機会の拡大に向けた対策と並んで、雇用の円滑な流動化を実現し ていくためにも、官民が一体となって、具体的な対策が講じられなければならないが 、とりわけ、産業構造の転換を進めるにあたって、安易な雇用調整は、従業員全体の 勤労意欲の低下をもたらし、経営者に対して不信感をつのらせるとともに、企業イメ ージを失墜させる惧れがある。企業としては出来るかぎり配置転換、関連会社への出 向、転籍等によって就労機会の継続に努めることが何よりも肝要である。同時に、政 府においても雇用機会の創出、高付加価値化の拡大のための条件整備を図るとともに 、雇用調整助成金をはじめとする従業員の能力開発の拡充、出向に関する情報提供な ど配置転換の円滑化を図る制度等を充実させていくことが不可欠である。

    <政府の対応>

    構造改革に伴う労働移動を円滑に進める上で、政府の役割は大きく、

    など、労働市場の環境整備に乗り出すべきである。これら政府に求められる雇用対策 は、ひとり労働省の所管にとどまらず、教育、研究開発、社会資本整備等広範な分野 に及ぶことからも、政府は今一度、今後の日本経済のあるべき姿を国民に提示した上 で、総合的な見地からの労働対策にあたる必要がある。

    <企業の対応>

    労働移動の円滑化に向けた政府の労働市場整備と合わせ、企業においても、これまで の安定的な雇用確保のための経営努力に加え、新しい雇用形態を模索した種々の取り 組みを進めていく必要がある。その際、労使双方が、終身雇用、企業別労働組合など これまでの雇用システムのメリットを認識し、これを軸にして今後の高齢化や産業構 造変化に対応していくことが求められている。今後の企業成長の鍵は、個人のアイデ ィア、創造力の発揮によるところが大きく、従来にも増して人材育成に力を入れると ともに、性別、年齢に関わらず、一層の人材活用を図る必要がある。経営環境の変化 や従業員の意識が多様化していくなかで、経団連はヒューマン・キャピタリズムに基 づく新たな経営システムの構築を訴え、「人間尊重」という基本理念をベースに、従 業員にとって働きがいのある制度を導入し、従業員の個性と独創性の発揮にこそ重点 を置くべきとの指摘を行ってきた。そのためにも、企業においては、柔軟性を持った 就業形態や、成果、貢献に見合った賃金制度、採用方式の多様化、従業員の自己啓発 の支援など、具体的な方策の実行を急ぐべきである。

  4. 雇用対策と教育問題
    より広い視点に立った雇用対策として、雇用の流動化を促す基盤整備のため、職場を 移動する従業員の子弟の受入れ等を円滑に進める教育システムの構築など、教育面に おける配慮を充分に行う必要がある。これに加え、わが国企業においては、従業員の 個性を活かす能力開発を進めると同時に、常に最新の知識・技術を習得することがで きるようなリフレッシュ教育を中心とする社会人の再教育の促進が求められる。


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