阪神大震災被災地の復旧・復興のための緊急提言

1995年2月6日
社団法人 経済団体連合会

 目を覆うばかりの惨状である。被災者の悲しみ、苦しみは、筆舌に尽くし難いものがあろう。救いは、極限に近い状況のなかで冷静に対処し前向きに復興を目指す被災者の姿と内外から差し伸べられる温かい救援の手である。
 世界に類を見ない大規模な都市災害をもたらした兵庫県南部地震は、高度経済成長のなかで膨張したわが国の大都市の脆さを露呈させた。今回の大震災を教訓として、行政における危機管理体制の強化や災害に強い都市づくり、さらには大都市への人口集中の是正を進めることは確かに必要であろう。しかし、いま最も重要なことは、被災地において最低限必要な居住・生活基盤の整備やライフライン・交通インフラの復旧を急ぐことであり、政府は自治体の復旧・復興事業のための財源充実も念頭に置きつつ所要の財源を確保する観点から、本年度予算における予備費を用いて直ちに応急的支出を行うとともに、一刻も早く必要かつ十分な補正予算の編成・成立を図ることが不可欠である。
 また、被災者に目標と勇気・希望を与える観点から、種々の復旧・復興対策に係わる情報(概要、スケジュール等)を迅速に開示するとともに、被災地の土地区画整理や市街地再開発等の計画が盛り込まれ、財政的な裏付けもある復興計画を、特別立法等により早期に策定することが求められる。
 加えて面的に大きな拡がりを持つ今回の大震災の特徴を踏まえ、被災者への支援(金融・税制上の措置等)や自治体への財政支援(激甚災害特別財政援助の拡充等)、ライフライン・交通インフラの復旧、仮設住宅の建設、瓦礫処分等の復旧・復興事業の財源を捻出するため、政府は各分野にわたるできる限りの経費節減、不急の事業からの予算の付け替えなど、あらゆる措置を講じ、それでもなお財源が不足する場合には、国債発行も躊躇すべきではない。
 いずれにしても、被災地の円滑な復旧・復興のためには、関係省庁、自治体、そして民間の関係機関が一体となって、集中的かつきめ細かく種々の対策を実施に移していかなければならない。特に、被災者の多様な要望に迅速かつ的確に応えていくためには、現地で判断を下し直ちに実施に移すという機動性が重要であり、自治体等への思い切った権限の移管が不可欠である。またその際、兵庫県と各市町村の緊密な連携が必要である。
 かかる観点から経団連は、下記の通り、政府、自治体が当面取り組むべきことと併せて、産業界、企業が復旧・復興のために協力すべき分野をとりまとめた。既に企業を含め国をあげての救援活動が展開されているが、国民全てが今回の大震災を自らの痛みとして捉え、さらに引き続き、被災地の復旧・復興に協力していくよう切に望むものである。

【記】

1.救援活動の円滑化

  1. 交通手段の確保
     被災者救援のために、ボランティア・グループが西宮市などに拠点を設けているが、陸上網が寸断されているため、芦屋以西に入りにくい状況にある。早急に陸上交通手段の確保に全力をあげるべきである。
  2. 行政・企業・市民ボランティアの連携強化
     現地では、被災者の多様なニーズが発生し、行政の手だけでは対応できない分野が広がりつつある。ボランティアや企業のノウハウ、機材等を積極的に活用すべきである。
     また現在、各市の対策本部にボランティア窓口が設けられ、ボランティアが物資配給等に活躍している。しかしながら、このほかにも、多様なニーズに対応できるボランティア・グループが各地に拠点を開いているので、このようなグループとの連絡、打合せ等ができる本部を新たに設け、救援の円滑化を図るべきである。

2.居住・生活環境の改善

  1. 官民の関係機関、住民が一体となって復旧・復興活動に取り組んでいく環境を整える観点から、復旧・復興事業が展開される地域の外に、被災者のための仮設住宅や一時居住施設を用意することが理想である。
     被災の大きさ・深刻さを考えれば、被災地の自治体のみならず、被害の比較的小さい周辺自治体も、被災者が最低限のプライバシーが守れ、雨露や寒さもしのげる仮設住宅の建設に取り組むとともに、そのスケジュール、手続きなどの情報をきめ細かく被災者に伝えていくことが重要である。
     また、周辺の自治体において空室となっている公営住宅や、使用目的が限定され利用できない国の関連施設も最大限活用すべきである。
     加えて、電気、ガス、水道などのライフラインが回復するに従い、生活ゴミや生活廃水が増大してこようが、それらの処理は被災地における衛生環境の維持という観点から極めて重要な課題となる。政府、自治体は早急に応急的な対策を講ずべきである。
  2. 経団連でも、会員各社に対して、仮設住宅建設用用地の提供・貸与をお願いする。加えて、周辺地域において空室となっている企業の社宅・寮や、デベロッパーなどが保有する未入居の分譲・賃貸住宅の提供・貸与についても会員各社にお願いする。

3.医療機関の再建と被災者のメンタルケアの充実

  1. 地震による負傷者を治療するのみならず、流行するインフルエンザや定期的な治療が必要な慢性疾患等を持つ被災者の治療を安全に行う観点から、一日も早く地域の医療機関の機能を回復させなければならない。政府、自治体は、水道等ライフラインの優先的な復旧、官民の医療施設の修復、医療機器・ベッド等の配備、さらには医薬品等の供給に全力をあげるとともに、医療機関の再建が遅れている地域における巡回診療車の配備に努めるべきである。
     また、被災者のメンタルケアを行う専門の医療スタッフの充実についても、今後十分に配慮していくべきである。
  2. 経団連においても、医療機器や医薬品等を生産する会員各社等に対して、重点的提供をお願いする。

4.幹線道路、鉄道、港湾等の早期復旧と代替ルートの確保

  1. 住民生活の正常化、復旧・復興用物資の輸送円滑化を図るためには、何よりもまず、阪神地域の幹線道路、鉄道、港湾(公共岸壁、民間専用岸壁を問わず)等の応急的な復旧工事を進めることが肝要である。国は、関連の事業主体に対し無利子融資や復旧事業費に対する建設費補助など、思い切った財政支援を行うべきである。
     また、全国的な物流円滑化を図る観点から、当面の措置として、輸送の代替ルートの確保や輸送力増強のため、各事業主体が緊急的な設備投資等を行う必要が出てこようが(鉄道、港湾施設等)、国はそれらに対しても思い切った財政措置を講ずべきである。
     なお、復旧・復興事業の円滑な推進を図る観点から、自治体が住民等に対して、私用による自家用車の利用を極力自粛するよう要請することも必要となろう。
  2. 神戸港など被災地の港湾は、公共岸壁、民間専用岸壁ともに壊滅的な被害を受け、原材料や製品等の輸送が十分に行えないことから、経団連としても、周辺の都市に民間専用岸壁を所有している会員各社に対して、被災企業の物資輸送のため専用岸壁を一部開放するようお願いする。
     また当面、代替ルートでの輸送を前提として、各モードにおける輸送手段の集中配備(車両等)、結節点での物流ターミナルの緊急整備等を会員各社にお願いする。

5.住民生活の安定化や商工事業者の施設復旧、事業再開への支援

  1. 住民生活の安定化や地元商工事業再開に向けた準備を促進する観点から、国、地方を通じた無利子または超低利の長期無担保融資制度の新設、既往債務償還の繰延べ、市中銀行の窓口における融資等の事務代行の実施等の措置を講ずるとともに、被災者に対する国税、地方税の一層の減免措置を講ずべきである。
     また、被災地の雇用安定を図るため、雇用調整助成金の適用範囲の拡大や支給割合の拡大を図る一方、雇用保険の支給期間の延長等の特例措置を講ずべきである。
     さらに、自治体は、工場、事務所等を失った地元中小事業者の操業再開のため、仮設工場・事務所を早期に用意すべきであり、国はそれに対して財政支援を行う必要がある。
  2. 経団連としても、会員の金融機関等に対して、被災者の状況を早急に把握し、長期・低利の無担保融資の実施や被災者の既往債務の取扱い等につき、引き続き極力弾力的な対応を図るようお願いする。

6.被災地における商業・流通機能の回復

  1. 商業・流通機能の早期回復を図る観点から、地元商業事業者等の手による青空市場(バザール)、仮設店舗市場を開設すべく、政府、自治体は用地の整備・提供などの面で支援を行うべきである。開設されたバザールには、自治体やボランティア団体の相談窓口(よろず相談センター)等も併せて設け、被災者の多様な要望を十分聞き機動的に対応することができるようにすべきである。
     なお、被災地における物価の安定を図る観点から、官民の関係機関が便乗値上げが起こらないよう注視していくことも重要な課題となろう。
  2. 経団連としても、会員各社等に対して、地元事業者に対する支援の観点から、バザール開設に必要な資材・機材等の提供や商品等の流通・在庫、価格面での協力をお願いする。

7.義務教育の正常化に向けた環境の整備

  1. 政府、自治体は、被災地における義務教育の正常化のため、仮設住宅の早期建設を前提として、現在、避難所となっている小中学校の本来機能の回復、校舎の修復・有効利用、備品・調度品、教材類の供給に努めるべきである。
  2. 経団連としても、会員各社に対して、復旧用の建材・資材、機材、備品・調度、教材類等の提供をお願いする。

8.倒壊・焼失した建築物等の撤去と瓦礫処分の促進

  1. 市街地の早期復興に障害となり、二次災害の危険も高い倒壊・焼失した建築物の撤去、並びに大量に発生した瓦礫の処分については、政府、自治体が責任を持って進めるべきである。
     特に瓦礫の処分は、今後の市街地復興や街づくりの姿、進度を大きく左右する重要な問題であり、被災地の自治体が相互に連携をとりながら、早急にその基本方針(処分の方法、処分地の選定等)を固める必要がある。
     また建築物の使用の可否についても、自治体は民間のノウハウ、人材を活用しながら、早急に被災地の全ての建築物について判定を下すべきである。
  2. 経団連としても、会員各社に対して、多様な瓦礫処分方法・ノウハウの提供、瓦礫処分に必要な機材等の集中投入、建築物使用判定に係わる協力等をお願いする。

9.土地区画整理事業、市街地再開発事業の推進

  1. 今回は、住宅・店舗等の密集地における火災被害や、住宅街、オフィス街、ショッピング街における建築物倒壊などが広域的に発生している。したがって今後、市街地の復興を進めるためには、公共施設の整備が一体的に進められる土地区画整理事業や市街地再開発事業等を実施することにより被災地の都市づくりを一からやり直す必要がある。
     しかしながら、被災地の状況は様々であり、既存の制度・仕組みだけでは、各被災地の円滑な復興は実現し得ない。政府、自治体は、被災地の復興と災害に強い都市づくりを進める観点から、建築・土木、都市計画、都市防災などの専門家の意見を十分採り入れながら、市街地復興に資する新たな制度づくりに取り組むとともに、大胆な用途地域の変更を図り、新しいコンセプトの多様な市街地復興事業を推進していかなければならない。
     当面の対策としては、被災者に対して今後の地域防災計画や市街地再開発計画の全体像を示したうえで、災害発生時に認められる建築基準法上の建築禁止措置を強化するとともに、土地区画整理事業や市街地再開発事業等に伴い地権者等が得る土地譲渡益等を免税にするなどの措置を講ずべきである。
     また、震災に伴う住宅取得に対して、持ち家所帯、借家所帯を問わず、住宅取得促進税制の拡充や不動産取得税、登録免許税、固定資産税の減免など、税制面からの支援を行うべきである。
     さらに国は、民間金融機関による市街地復興資金等の超長期融資を利用する被災者に対して利子補給を行う特例措置を創設すべきである。
  2. 経団連としても、各種復興事業推進のため、会員各社に対して、計画づくりへの積極的な支援や超長期融資の導入、各地域の復興計画に位置づけられる中核施設建設への資金協力などを行うようお願いする。

10. 区分所有集合住宅に居住する被災者等の救済

  1. 区分所有集合住宅が、地震動、液状化、火災等によって被害を受けた場合、その修理、建て替え等の費用負担と居住者間の合意形成が大きな問題になる。公平性の観点から、区分所有集合住宅の居住者だけに特別の公的援助を行うことは困難であるとしても、今後策定される市街地復興計画や地域防災計画のなかでモデルとなるような優良な集合住宅への建て替えを促進するために、自治体がまず、居住者間の権利調整に積極的に取り組むべきである。
     また、政府、自治体は、建て替えを行う所有者に対する長期・超低利の融資制度の創設、並びに容積率・建ぺい率制限に係わる規制の緩和、土地区画整理事業への組み込みなど、所有者の建て替え意欲を高める措置を講ずべきである。
     加えて、借家、賃貸住宅に居住していた被災者、あるいは賃貸住宅事業を営んでいた被災者等に対しても、十分な対策を講ずる必要がある。
  2. 経団連としても、会員各社が、質が高く建設コストが割安で、かつ既存の所有者の資金的負担が極力少ない多様な建て替えプランを積極的に提示するようお願いするとともに、会員の金融機関等に対して、被災者の状況を早急に把握し、長期・低利の無担保融資の実施や被災者の既往債務の取り扱い等につき引き続き極力弾力的な対応を図るようお願いする。

11.産業施設の復旧・操業再開への税制・金融面での支援

  1. 被災地住民に職場を提供し、生活基盤を安定させるためには、早期に製造業や商業、金融、運輸などの非製造業等の産業施設の復旧、操業の再開を図ることが重要である。被災した個々の住民への支援を優先することはもちろんであるが、早期に被災地の経済的復興を実現するためには、事業者に対する税制・金融面での支援を行うことが不可欠である。
     まず、被災した事業者を救済するため、一定の期間、地価税、固定資産税等を減免するとともに、法人税の欠損金の繰り戻しによる還付等の措置を講ずべきである。
     また、被災した工場、オフィスビル、商業施設等の施設・設備の建て替え・買い換えなど、被災地での設備投資について税制上の特例措置を講ずるとともに、被災した事業者の復旧資金確保のため、保有資産の売却に伴う課税の減免措置を講ずべきである。
     さらには、事業者が被災した従業員に対して行う福利厚生事業に対する税制上の特例措置等も検討すべきである。
     加えて金融面では、国、地方を通じた長期・超低利の融資制度を設けるべきであり、その実施に当たっては、融資期間・据置期間の延長、担保評価の弾力化等の措置を講ずる一方、既往債務償還の繰延べ等を措置すべきである。
  2. 経団連としても、産業施設の復旧のため、地元経済団体と連携をとりながら、業界の枠を超えた被災企業に対する支援・協力体制の構築に取り組む。

12. 被災地における電力、ガス、通信事業者に対する支援

電力、ガス、通信事業者がライフラインの復旧に巨額の資金負担を負う実態に鑑み、国は長期・超低利融資に加え、民間金融機関からの借入、社債発行に対する債務保証等の支援措置を実施する方向で検討すべきである。


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