社会が変わる、会社も変わろう、男女の働き方を変えていこう
─働きたい人が力いっぱい、はつらつと働ける社会をめざして

1995年2月8日
社団法人 経済団体連合会
女性の社会進出に関する部会

はじめに

 ある時、某先進国の首相が東京で経済団体主催の歓迎昼食会に招かれ、200人近い出席者と会食の機会を持った。この首相は、その場にいあわせた女性が通訳者だけで一人の女性経済人もいなかったことに驚いたという。日本経済の近代化、国際化はいちじるしく進んでいるが、経済界での女性の進出という面では、この驚きが日本の近代性、国際性の現状の一端を如実に物語っているといえよう。
 そのようななかで1993年8月に当部会は発足した。おりしも男女雇用機会均等法が施行後7年余りをへて、各社が進めてきた女性の積極活用の動きと、景気低迷・ 企業のリストラの中での人員整理、採用抑制の動きが混在して見られたころであった。同時に一方では、着実に進む女性の高学歴化、社会参加欲求の高まりが、女性に対する社会の受け皿が不十分であるという問題点を明確にさせていた。
 当部会は、経団連の会員会社からの28人のメンバーで構成され、集中合宿を含めて20回ちかい会合を通じ1年半におよぶ議論を重ねた。また、アンケート調査により会員企業の経営トップ、人事関係の役員・部長、さらに一般の男女社員の声を収集した。そうした結果もできるだけふまえてレポートの取りまとめ作業を行った。
 取りまとめに長い時間を要したのは、第一に経営幹部、管理職、男性、女性、多様な業種からなる構成員のあいだで、一定のコンセンサスを得るために各人の発言の場を十分に確保しようとしたからである。また第二には、21世紀を目前に控えて、個人、家族、社会にとって「人生」「生活」「職場」がどのような意味を持ち、その各々を充実させるにはどうしたらよいかという視点を背景として共有したいと考えたからである。
 なお、当部会が94年9月に経団連会員企業を対象として実施した「女性の働き方に関するアンケート調査」(経営者[回答数173],人事部長[同365], 社員[同1609] を各々対象とした3種)の結果の一部を文中に引用した。同結果の全容は本レポートの付録として別冊にまとめた。

I 基本的な考え方

1.社会環境にかかわる考え方〈社会が変わる〉

成熟社会がその活力を維持するためには多大な努力が必要である。
いま、自己変革と個性の尊重にその活力の源を求めたい。

(1) 成熟化時代の価値基準の変化   
 日本が発展途上にあり先進国をめざしていた時代には、個人にとっては生活水準の引き上げとその安定が何よりも重要であり、企業にとっては効率性の追求と量的拡大が至上命題であった。その中で日本社会は、様々な人たち、様々な組織の間の相互依存を深めつつ画一化された意識と行動を追い求めた。そのことが、日本の活力を自ずと生み出してきたともいえよう。
 ひるがえっていまや日本社会は成熟段階に達し、質的な充実にその活力を見いださざるを得ない時代に入っている。そのためには効率性から創造性へ、画一性から多様性へ、レベルアップからブレークスルーへ、依存から自立へと様々な面で価値基準を変化させていかなければならない。
 時にはこうしたことが、これまでの日本を築き上げてきた人たちの自信と誇りを傷つけることがあるかもしれない。しかし、今もっとも必要なことは社会の活力を損なわないことである。様々な痛みに耐えつつ、社会をあげてあえて自己変革をおこなうべきことが必要だと考える。

(2) 選択の時代の個の確立
 従来の「男性は仕事、女性は家庭」という社会通念としての画一的な役割分担は、効率性を尊ぶ社会では合理的なものであったといえよう。しかし、成熟化時代に入って人々が選択肢の多さに豊かさを見いだし、創造性、多様性を志向しはじめた今日、「個性」よりも男女差、学歴、年齢などが先行する風潮や、「個人」である前に「会社人間」や「主婦」であったりする風潮を障害と感じる人たちが次第に増えてきているように思われる。
 したがってこの成熟社会の活力を維持するには、様々な形式面の差異ではなく、個性にもとづく個人の違いが尊重される必要がある。ただし一方では、選択の自由を基本とする社会が健全に運営されるためには、主体的に選択する意思と能力、責任をそなえた自立した個の確立が前提となることは言うまでもない。
 今後は個人の違いを尊重することにより個を確立させ、個を確立することによって個人差を尊重することを目指して、あらゆる意識、制度、慣習を変えていくことが社会の活力の源泉の一つとなると考えられる。

2.会社の姿勢にかかわる考え方〈会社も変わろう〉

新しい時代の波の中で市場は大きく揺れ動いている。今こそ将来を見据えて人材活用のシステム、男女の働き方を変えるチャンスである。

(1) 多様化する市場への対応 
 技術革新の進展が人々の選択肢を豊富なものにしている。多様な価値観をもつようになった生活者に、適切な商品やサービスを提供するために、会社の側でも従来のいわゆる「会社人間」とは異なった生活者の感性をより多く持った人材を必要とする。また、時代の要請にあった魅力的な商品やサービスを提供するためには、多様な人材が生み出す創造力が強い戦力となるだろう。
 さらに今後、社会の国際化、成熟化がいっそう進展するにつれて、新しい高度技術、従来にない多様なサービスが社会的に要請される。その結果は、新しい技術をもった高度な労働力、変化に対応できる柔軟な労働力の需要拡大につながると予想される。したがって企業としては、未活用で優秀な労働力を開発するとともに労働力の流動化を促進し、様々な人たちにチャンスを与えることにより、適材適所の人材を確保していくことが必要になってくるだろう。

(2) 若い労働力不足への対応
 日本の会社はいま、急速な高齢化としのび寄る少子化に直面している。
 すでに生産年齢人口は、今年がピークであり来年からは逐次減少していくものとされる。その結果21世紀の日本の産業社会は、労働人口の減少と、若い労働力が不足するという事態に直面せざるをえない。
 それだけに今後、日本の多くの会社では、労働力の不足を技術革新によって代替させていくとともに、未開発人材の積極的な活用策や、たとえ既に活用はされてはいても制度的・慣習的にその労働モラールが低いレベルにとどめられてきた人材層の活性化を図らなくてはならないだろう。

(3) 多様な人材活用のための対応
 異なる人生観、人生経験を持つ多様な人材、新しい人材を対象とした開かれた人材活用システムは、従来の画一的・閉鎖的なシステムとは大きく異なったものとなろう。現に、能力主義、労働時間の短縮、勤務時間・勤務地選択制度、中途採用、長期休暇制度などを含んだ新しい雇用形態が、多くの会社において模索されだしている。こうした模索の成否が、今後の日本の会社の将来に大きな影響を与えるであろうことは想像に難くない。

(4) 活力ある社会への貢献
 会社が新しい雇用形態を考えるにあたっては、いかに働く意思と能力の高い人たちを集め得るかが重要な要素となる。一方で、自立した個人と会社とがパートナーシップを組むことにより、いかに個人の能力を目いっぱいに開花させるかが大きな鍵となる。
 そうした点が可能となれば、個人にとっては職場の選択肢と働く意欲が増大し、会社にとっては優秀な人材の選択肢が増すことになろう。このことは、会社の活力のみならず社会の活力の増大に大いに貢献する。

(5) 今こそ男女の働き方を変えるチャンス
 以上に述べた通り、時代の大きな波のなかで会社も変わらざるをえないし、変わることによってこそ新しい未来も開けてくる。その際、会社という組織の中で十分チャレンジしてこなかったことの一つに、女性という人材群の活用がある。
 すでに日本の女性の労働力率は50%にまで達したとはいえ、そのパワーは質的にもまた量的にも全開というには程遠い状況にある。ここに我々は未活用の潜在力を見いだすことが可能である。
 意欲ある女性がいきいきと働く職場をつくるための公的な枠組みづくりとしては、すでに1986年に男女雇用機会均等法が施行され、92年には育児休業法も導入された。また、育児休業中の所得補償も部分的にではあるが認められるようになった。さらに、老人介護のための公的施設・サービスなど、働く女性をバックアップする施策が徐々にではあるが導入されてきている。また、民間ベースでも各種の家事支援業や民間保育所、ベビーシッター派遣業などが生まれつつある。他方、女性の側でも高学歴化が進み個人生活と社会生活の両方に自己実現を求める人が増え、会社の女性の役員・管理職も数は少ないながらその比率を上昇させてきている。
 とはいえ、女性が本当に働きやすくなるためには、従来の男性の働き方が変わっていかなくてはならない。その点、会社全体のシステム変革が求められている今こそ伸びようとする女性人材の芽を育てることにより、会社の持つ潜在力を顕在化させるよいチャンスであると考えられる。
 意欲ある女性が豊かな家庭生活を享受しながら、はつらつと働くことができるなら、女性自身のためのみならず、会社にとっても、また家庭にとっても新たな活力が創造されるものと考えられる。

II 男女がはつらつと働くうえでの障害と
その除去のための方策〈男女の働き方を変えよう〉

1.男女がはつらつと働くうえで存在する障害

個人の意識、会社の制度、社会の仕組み、各々の改革の遅れがからみ合い障害となっている。人々の活力をそぐ障害を正しく認識し、その除去の方策を考えたい。どこかで悪循環を断ち切らぬかぎり、突破口は見いだせない。

(1) 性別へのこだわりの意識
 社会に広く存在した「男性は仕事、女性は家庭」という画一的な意識や考え方は、女性が仕事の場で、または男性が家庭の場で、より積極的な役割を果たす上で障害となってきた。女性の過半が働くようになった現在、このような考え方は次第に個人の選択に委ねられつつあるとはいえ、会社における人事管理の慣習・制度には未だこうした考え方を色濃く反映させたものも多い。これが逆に人々の意識の変化を阻害している面もある。
 また、会社で女性が活躍できない原因の一つとして「女性自身のプロ意識の低さ」が指摘されることがあるが、その背景には女性に対し職業のプロとして育つための訓練や機会を与えない周囲の意識、慣行が女性の意欲を失わせていることもあろう。

(2) 社員の同質性を前提とした会社での指示やコミュニケーション
 従来の画一的同質社会では暗黙の了解が成立しても、異なった生活環境、異なった人生観をもつ人々から構成される社会においては、必ずしもそのようにはいかない。会社という組織においては人材の多様化が進行しようとしているにもかかわらず、明示的かつ透明なコミュニケーションを欠いていることが、仕事の上での信頼感、一体感の醸成の阻害要因となっているのではあるまいか。信頼感や一体感の不足が男女の差異を必要以上に際立たせている。
 また、会社社会での女性の活躍領域が広がるなかで、男女が職場における対等なパートナーとして十分な意思疎通を図ることに慣れていない面がまだかなり見うけられる。さらに、常時接している同じ会社の人たちからは高い評価をうける女性も、対外的な折衝や交渉の場面では、女性だからということによる差別を感じることが多い。社員としての女性を外に送りだす企業の適切なサポート体制が必要であり、また同時に、女性自身も自らの性にこだわりすぎていないかを反省してみる必要があるのではないだろうか。

(3) 会社中心の風土
 効率優先型社会は画一的な役割分担を指向する社会であった。男性の長い労働時間、会社中心の生活の組立てを前提とした考え方は少しずつ薄れてはいるが、まだ消えてはいない。会社が男性中心のものであり、量的成長が指向された時代のこうした働き方は、多様なライフスタイルを望む人たちが増加しつつあるなかで、いまや男女を問わずなじみにくい働き方となっている。
 特に家庭をもった女性にはなじみにくい働き方であろう。働き手の多様性を考慮しない会社風土のなかで、女性が非効率的な労働力とみなされ、その延長として、結婚や出産に伴い短期間で退職するものと考えられる傾向があったことからも、このことがうかがわれる。
 いま、男女を問わずライフステージに応じてバランスを取った働き方が強く望まれている。にもかかわらず、働き方の選択肢が少ないために意欲ある人たちが辞めていくことは、会社の活力を失わせる大きな原因となっている。

(4) 育児・介護を十分にバックアップしえない社会の仕組み
 女性にとっても家族にとっても、出産・子育ては本来、幸せの源泉のはずである。それにもかかわらず働く意欲のある女性とその家族にとって子育てが重い負担となっていることは、現代の悲劇と言うべきである。
 このままでは、かつてであれば働く意欲はありながら子育てのために仕事をあきらめた女性も、将来は逆に、仕事を続けるために出産、子育てをあきらめることにならないとは言えず、日本社会の少子化がさらに促進されることが懸念される。
 成熟社会、選択の豊かな社会にありながら、育児に対する社会的バックアップ体制が乏しいことが、男女が共に働くうえでの非常に大きな障害であることをあらためて認識したい。
 現在の公的保育所は、元来が「保育に欠ける児童を行政が措置する」という福祉概念に立つ施設である。そのため、保護が厚い反面、各種の規制が国や自治体によりなされているという問題が伴う。こうした考え方では、大都市圏のフルタイムで働く夫婦などの、延長保育、乳児保育等のニーズに十分応えられない。保育行政も、従来の与える福祉から、多様な生活者のニーズを視野にいれたサービス事業への転換が必要であろう。
 また、育児はすべて女性の仕事という社会通念は、育児に父親が参加する上での障害、忌避理由となりやすい。

 なお、今後の急速な高齢化や就業を継続する女性の増加を考えれば、育児の場合と同様に近親者の介護が、働く人たちにとって大きな障害となってくると考えられる。これへの社会的対応は緒についてきたばかりである。

(5) 会社の制度があっても活用できない状況
 会社の制度としてはかなり普及してきた育児休業だが、実際には欠員が補充されず周囲へのしわ寄せが大きい場合には、本人が優秀であればあるほど、また企業へのロイヤリティーが高ければ高いほどこの制度を活用しにくくなる。
 育児・介護などのための休暇の他に、有給休暇を活用した長期休暇や、リフレッシュ休暇、ボランティア休暇などが普及している会社では、育児・介護の休暇も取りやすいが、そうでない場合にはやはり周囲への気がね、上司の不満などのため、すでにある制度でも利用しにくい場合が多々ある。

(6) 制度や慣習の硬直性
 労働基準法にもとづく残業や深夜業に関する女性保護規定は、かつて労働条件の厳しかった工場労働主体の社会においては大きな意義を持っていた。しかし、労働環境の改善や女性の職域拡大が進むなかで、これらの規定は従来の枠をこえて働きたい意欲をもつ女性の職業上の選択肢を制限するというデメリットの方が強く認識されはじめている。
 また、世帯主が一家を養うという考え方とそれを前提とする税制や社会保障における制度、そしてそれを反映した会社での制度は、今や自立した個として意欲的に働こうとする女性にとって障害となることが多い。
 さらに結婚退職の慣行や、仕事にとって人的ネットワークが重要な要素であるにもかかわらず結婚時に姓を変更することを強制されることなども女性にとっては看過しえない障害であろう。

2.男女がはつらつと働くための12の提案

意欲ある人が、はつらつと働けるよう条件を整えたい。 とくに女性の意欲をそいできた枠組みは変えていかなくてはならない。

〔会社への提案〕
性別などによる社員の評価・処遇から脱し、意欲と能力に応じたチャレンジの機会を与える枠組みをつくることを提案したい。

(1) 性別へのこだわりからの脱却
(a) 職場では、経営者、管理職が率先して、自らが持つ、また社員が広範に持つ 性別へのこだわりの意識を払拭すべきである。とはいえ、現実にはこれは必ずしも容易ではない面もある。近年の女子大生等の就職難の背景に、この意識が存在していたことは容易に想像される。
 そうであるならば、むしろこの意識を前提とした制度、慣行を果敢に変えることにより意識改革を促進すべきであろう。その点でまず会社は、均等法の趣旨を再確認し、その実行のための仕組みを確立すべきである。ポストへの適性条件をできるだけ明示したうえで、募集・採用、配置・昇進、昇給等について広く均等な機会を与えるべきである。意欲と能力のある人に、しかるべき活躍の機会を与えれば、就職や昇進における結果は自ずとそれに続くであろう。現実にもその例は多い。

(b) 現在、政府の審議会では女性の委員比率を15%にすることが目指されている。このような事例を参考に、各社でも意欲と能力のある女性社員については責任ある幹部ポストへの積極的な登用を検討すべきである。

(2) 労働時間の自由裁量化
(a) これまでの労働時間の短縮や週休2日制の定着は、会社員の個人生活や家庭生活の充実に大きく寄与してきた。とくに子育てをしつつ働く女性にとってはその恩恵は大きかった。さらに今後は、フレックスタイム制などによる労働時間の自由裁量化を業種、企業の実情に応じて進め、社員が個人生活や地域貢献活動のために使える時間の選択肢を増やすことが求められる。
(b) ボランティア休暇、長期休暇制度などの導入は、働く人の柔軟な時間の使い方を可能にする。また、こうした制度が定着することによって、育児休業、育児短縮勤務などを取得することに対する心理的な抵抗感は小さくなるだろう。

      

(3) 育児・介護と職場の両立条件の整備
(a) 子育てにかかわる責任は、基本的には家庭にある。その際、家庭の責任は男 女双方で分かち合うという合意が必要である。また社会にも、それをサポート する責任があることはいうまでもない。さらに公的な側面以外に会社にも、働く人がその責任を果たしやすい環境を整えることが求められる。
 したがって企業としては、育児休業、育児期の時間短縮勤務をさらに普及させるとともに、実際に社員がその制度を利用しやすい環境づくりに努めることが必要である。たとえば育児支援策として、「育児休業時の代替社員制度(派遣社員を含む)の制定」「育児休業や育児短縮勤務中における能力・環境に相応した業務とそれに対応した報酬の給付」「育児休業時の業務情報の提供」「社内チューター(育児休業中の社員に対するアドバイザー)制度の制定」「社内育児カウンセラーの設置」などを各社の実情に応じて導入することを提案する。

(b) なお育児と同様、介護についても職場での仕事との両立を可能とするよう、早急に条件整備を図ることが必要となる。

   

(4) 社員の意欲と能力を向上させる制度
(a) 社員が意欲と能力を発揮するためには、教育訓練と仕事への挑戦のチャンス が必要である。すべての社員に能力と経験に応じて多様な仕事にチャレンジできる条件(研修、資格制度の導入、職種転換制度の充実など)を整えるべきである。
(b) 自立したプロ意識の高い人材を育てるためには、性別の意識をいっさいはなれ、キャリアアップを促進する職種コース(専任職、専門職、総合職、準総合職など)や能力開発と結び付けたローテーション制度を用意することも有効である。ただし、これらの職種については、均等法施行後の総合職と一般職との区分が実質的に女性に対しのみ行われてきたという弊を排し、性別にとらわれない職種とすることが重要である。
 また、これに伴い賃金制度も従来の生活給、年齢給から、能力給へとその重点を移すべきであろう。
(c) 異質を前提とする人材活用にあっては、明示的かつ透明な指示とコミュニケーションを行う組織風土を確立する必要がある。
(d) 一部の会社に残っている、結婚時あるいは出産時に退職する慣行やその勧奨を早急に是正すべきである。また、社内結婚時に男女のいずれか一方(多くは女性)が必ず退職するという慣行は、公平な人事評価という観点も勘案して、比較的規模の大きな会社からこれを見直すことが望まれる。
(e) 結婚により改姓した社員(多くは女性)に、旧姓を使うことを認めている企業はまだ少ない。仕事上の人的ネットワークの大切さを考慮すれば、希望者に旧姓使用を認めることを一般化する方向で社内システムを整備する時期であろう。

(5) 多様なライフスタイルに配慮した制度
(a) 職種転換制度の柔軟な運用や、専門職制度の多様化、地域限定勤務制度など社員の多様化しつつあるライフスタイルにも配慮した制度の導入が求められる。

(b) 社員、派遣社員、パートタイマーなど、複数の就業形態の人たちが各々の職務を担い、全体として会社の労働力を形づくるよう雇用形態の柔軟化を図っていくことが、働く側、雇う側の双方から求められている。
(c) 様々な事情で一度は家庭に入った人が、以前の経験を活かして再就職しやすくするよう、再雇用制度を可能な業種から導入し、必要とされる情報を提供していくべきである。
〔働く人への提案〕
女性が会社で働くことがめずらしかった時代の考え方がいまも残り、会社での役割分担意識は消えていない。しかし、ビジネスの場において重要なことは、働く活力であり、仕事の成果である。

(6) 性別にこだわらない仕事の仕方
(a) 会社では上司・同僚・部下に接する際に性別ではなく個人差を評価し、尊重すべきことを基本とすべきである。「女性」「男性」ではなく、「私」「あなた」または固有名詞でものを考え、行動し、評価する風土を醸成することを働く者の心得の一つとしたい。

(7) 自己の行動への責任意識
(a) 組織のなかの働く個人としての責任を認識し、業務にチャレンジする姿勢が正当な評価や、ひいては自己実現にも通じる。
(b) 働く場や働き方の選択にあたっては、自己の個性とライフスタイルと、会社が求める能力や責任との関係をよく考えて、主体的な判断をくだす意識が重要である。また、母性保護などの社会的配慮に大きく依存することなく、自己実現を図る意識がまず必要だろう。

(8) 家庭や地域での役割の見直し
(a) 働く人たちは、自分が会社だけでなく、家庭、地域さらに広く社会にかかわる生活者であることを意識すべきである。同じ企業の社員であっても、互いに異なる生活者個人であることを認め合うことを人間関係の基本とすべきである。
(b) 今後、共働き家庭が増加し、または女性が何らかの社会的役割を担うことが多くなるなかで、家庭生活や地域での活動に際しての夫婦の協力がますます重要とならざるをえない。家庭における従来の画一的な男女の役割分担の考え方を変えていくことにより、会社の中でも男女の違いから個人の違いへ、という意識変革も進んでいくであろう。

〔政府への提案〕
従来の法規制や公的サービスを早急かつ抜本的に見直し、 新しい時代に合ったリエンジニアリングを行うことを提案したい。

(9) 保育サービスの多様化と充実
(a) 延長保育や乳児保育などの選択的な保育サービスを促進するため、受益者負担原則を導入した「保育の自由化」を施設設置基準などの緩和とともに進めていくべきである。
(b) 生活者の需要に見合った利便性の高い民間無認可保育所について、認可の幅を拡大して現在以上の公的補助を行っていくよう検討すべきである。
(c) 保育施設・手段の多様化を図るべきである。例えば地域の資源を利用した、園児の減少による遊休幼稚園施設を活用する保育の促進、保育ママ(あるいは保育パパ:個人家庭での保育)の普及、さらにターミナル駅隣接の保育施設の設置、ベビーシッター利用への補助、学童保育の充実などが望まれる。

(10) 再就職希望者に対する支援
(a) 子育てなどの理由でいったん退職した人が再就職しやすくするには、会社が再雇用制度を充実させることはもちろん、公的な職業訓練の機会を拡充することにより再就職希望者の職業能力を高めることが重要である。また、大学などの機関で再教育の機会を設けることを行政として支援すべきである。
(b) 退職・転居後に以前とは異なる会社で働こうとする人に対して、会社みずからが積極的に就職情報を提供することが重要である。また、これを補完するため公的な情報提供も促進されるべきであろう。

(11) 女性の働く意欲をそぐ制度の見直し
(a) 労基法上の女性保護は、本来の母性保護の観点からみて保護の必要な範囲に限定すべきである。また母性保護の内容自体も、労働環境の改善に対応して見直す必要がある。とくに、時間外労働・深夜業を原則禁止とし、特定の業務・対象者を限定的、具体的に列挙して規制解除を行う現行規制のあり方は、「原則自由・限定規制」の考え方に切り換えるべきである。
 元来この規制は女性の健康と福祉の増進を目的とするものであるにもかかわらず、業務上の必要性を主たる理由として一部の業種のみを規制の対象から外す現行方式は、本来の趣旨にもそぐわない。健康面への配慮からどうしても規制が必要な業務があるならば、それのみを限定列挙して規制すべきだろう。なお、こうした健康に配慮した労働時間規制の考え方は男性についても適用できるものであろう。
(b) 家庭が一人の給与所得者により支えられることを前提とした制度、たとえばパートタイマー税制などは、一般的な働き方のタイプの一つとしてパートタイム労働が定着した現在、女性がライフスタイルに応じて意欲的に働き続けうることを前提としての見直しが求められる。

〔その他の提案〕

(12) 家事サービス支援業の発展の促進
(a) 男性が外に働きにでることにより、日常生活にかかわる仕事の多くが職業として確立された。いま女性も会社などに働きに出ることが一般化しつつある段階で、今日まで家庭の主婦の仕事とされてきた種々の家事サービス(育児サービス、介護サービスを含む)を、そのまま家族の仕事とし続けることが難しくなってきている。男女双方が努めて家事に配慮すべきことは当然として、今後は、家事のかなりの部分に対して安価で良質なサービスを提供する「家事サービス支援業」が健全に発展するような社会的な理解と支持が望まれる。

III 2001年2月8日付け3通の手紙
─成熟社会の色とりどりの人生選択

21世紀初頭、はつらつと働く人たちは男性も女性も、色とりどりの人生を選びやすくなっている。本レポートが提案したいくつかの課題も実現される。この3通の手紙のように。

〔第1の手紙〕
総合職第一期生の憧れの先輩へ──
拝啓 以前は、妻の実家の母親がそばにでもいなければ二人の子供を育てながら働くことは大変なことでしたが、最近ではずいぶん楽になってきました。
私は育児休業をとりましたが、他の人もボランティア休暇や研修休暇などさまざまな制度を活用しており、特別視されずに助かりました。また、育児休業中も会社からいろいろな情報の提供を受けていましたので、復帰後も十分に仕事は挽回 できました。さらに私の場合は、育児休業の後、3年間の育児短縮勤務を認めら れて大助かりでした。その間、お給料は少し下がりましたが貴重な時間をお金で買ったと思っています。
 それ以上にありがたいのが近くの駅前にできたサービスの行き届いた民営保育所です。昔でいえば無認可保育所ですが、夜8時まであずかってくれます。その分保育料は少々かさみますが、良い人生をトータルで豊かにすごしていくには、時には大きな投資をする時期もあると思って割り切っています。ここがいいのは、隣のビルの小児科の先生と提携して、子供が少し熱がある時でも預かってくれることです。何かあっても、先生のところに連れていってくれるから安心です。保育所には国や市からの補助も増えているようです。働きながら子供を育てる夫婦への社会的なバックアップもかなり手厚くなってきたということです。
 仕事はかなり忙しく、時には深夜まで、資料作りに追われることもあります。昔と違って今では女性に対する深夜業の規制もなくなり、納得がいくまで仕事に取り組むことができます。もちろん、残業手当てもきちんと頂くことができます。
またそんな時でも、あちこちにあるベビーシッター・チェーンの支店が、昔でいう二重保育のピックアップ・サービスをしてくれるので大助かりです。
 いま、週のうち4日半は一所懸命に働き、半ドンの金曜の夕方から日曜の夜は家族一緒の時間です。先週末は家族4人で、ご近所の皆さんと一緒にハイキングを兼ねて、江戸川上流の清掃活動のボランティアに参加してきました。今年の夏休みは家族で2週間、「日本の名所めぐり」一周ドライブにでかけます。子供達にとっては、楽しみながらの生きた教育となることでしょう。これからも夫婦二人で協力しあって、仕事も家庭も大切にしていきたいと思います。 敬具
PS この度は新規事業プロジェクトの大成功おめでとうございます。チームリーダーとして鼻高々ですね。

〔第2の手紙〕
社会に深く関わる生き方を教えてくださった恩師へ──
 ごぶさたしております。お元気ですか。大学を卒業して8年が経ちました。第一希望の会社から内定をもらい、ずっとそこで働いています。ただ最近は、ちょっと変わった働き方をしております。海外事業関連のセクションにいますが1年毎の契約スタッフとして週3日出勤するというものです。
 残りのウィークデーの2日間は、遊んでいるわけではありません。無給ですが途上国援助関係のNGOで働いています。
 最後のゼミでおっしゃられた「企業人として活躍するのも社会への貢献だ。しかしそれ以外にも社会に深く関わる生き方がある」という言葉が、ずっと心の片隅にありました。仕事にも満足していましたが、入社5年目に思い切って会社のボランティア休職制度を利用して2年間アフリカに渡り、現地のボランティア活動に参加しました。そこでNGOに働くことの素晴らしさを知りました。帰国後は、現地での経験を活かし海外事業関連のセクションで働くとともに、フルタイムから契約スタッフに変更してもらい、NGOのボランティアと「二足のわらじ」を履いています。いまのゆたかな日本社会とは対照的に貧しく飢えた子供たちの暮らし向きを少しでも良くしてあげられたらと思います。
 この会社には同じように契約スタッフで働いている女性が二人いますが、一人はセミプロの画家としても活躍していますし、もう一人は将来資格をとるために学びながら働いています。二人とも一生仕事を続けるつもりらしく仕事への情熱は大したものです。会社の仕事はきちんとルールができていて、情報も入手しやすく上司の指示も的確で責任体制もはっきりしていますので、契約スタッフ3人は正社員同様に重要な仕事をさせてもらっています。二人の女性への評価が高いので、良きライバルを得て仕事に意欲がわいてきます。
 契約スタッフのままでも昇進の道はありますが、これからしばらくは今と同じ働き方を続けるつもりです。しかし、将来はまたフルタイムに戻って、より大きいビジネスの場で自分の経験を活かし、社会に貢献したいと考えています。上司からは幸いにも「早くフルタイムに戻ってきてくれ」と誘われたりもしています。一度、ごあいさつに伺います。寒くなります、ご自愛ください。

〔第3の手紙〕
立派なビジネスマンだった尊敬する父さんへ──
 結婚して12年、僕も妻も相変わらず働きつづけています。一人目の息子が生まれた時は、母さんからも女房の両親からも「共働きはもういい加減にしたら」と言われ、父さんだけが「どうせ長続きするわけないんだから好きにさせてやれ」と達観していましたが、予想を大きく裏切って、二人目が来年もう小学校です。
女房は下の子供が産まれる時に前の会社を退職しましたが、落ちついたところで経理関係の仕事で再就職しました。家にいる間、あれこれ会計の勉強をしていたようです。最近は結構いそがしくて、家事と育児は二人で工夫してやってます。定年退職後も新聞の経済面は隅から隅まで目を通す父さんなら、先刻ご承知だと思いますが、僕達みたいな共稼ぎでこども二人の DiDkids(Double income Double kids)の家庭が増えてきて、それ向けの家事支援サービス提供業が商売として繁盛しているのです。
 ハウスクリーニングのサービスや、子供の躾けをみる家庭教師、老舗の割烹がやっている日本料理の宅配デリバリー、いろんなものがあります。
 また技術進歩のおかげで、携帯端末で外出先から女房や子供と連絡をとったりマルチメディア端末を駆使すれば自宅にいながら仕事や会議も可能です。子供の宿題を見てやることもできます。家電製品でも洗濯物を乾燥させアイロンをかけてたたんでくれる洗濯収納機まで発売されたそうです。
 僕もそれなりに責任ある立場になり、商談がらみで長期の出張に行ったり、お得意様をお連れして夜遅くなることもあります。しかし昔とくらべてかなり自由度の高いフレックス・タイム制も導入されており、家のことはスケジュールをやりくしやすくなり、うまく分担もきるようになります。
 父さんも、敏腕営業マンとして活躍した人的ネットワークと多方面にわたる知識を活かして、福祉団体の活動に参加したり、高齢のお年寄りの介護ボランティアをやったり、パソコン通信でイギリスの高校生とチェスで対決したり、やたら元気で昔の70歳の「ご隠居さん」とは全然違うじゃないですか。
 暮れには孫の顔を見せに帰ります。

おわりに

 当部会は社会の変化、会社の変化の流れの中にあって、主として社会で自らの持てる能力を発揮しようとする意欲のある人たちを応援すること、とくに女性に対して男性と同等の機会を確保するための条件整備のあり方や関係者の課題を検討した。また、これを一つのテコとして活力ある社会の実現にむけた方策の提示を試みた。
 具体的な提案については、それぞれの立場、事情に応じてチェックリストをつくり、実情を調べ、その足らざるところを実現することを望む。とくに会社の課題としてあげた点については、個々の会社や業界団体が自主的な実行計画・スケジュールをつくり、できるものから速やかに実現することを望みたい。その点で、このレポートが男女の働き方についての会社の行動に対する一つの指針・憲章となることを期待する。
 さらにその際、とくに念頭に置くべきは、本レポートが扱った問題の多くが会社における人事戦略に係わるものであり、本来的には経営の根幹をなすものとして長期的な視野から改善をすべきだという点である。バブル経済崩壊後、現在に至るも未だ就職市場、とくに女性の就職市場には厳しいものがあるとされる。この点については、一時的な景気や業績の浮沈により採用や処遇を横並び的に大きく左右させる経営判断が、多様な人材の活用の障害となり、ひいては会社の活力を失わせてしまう恐れがあることを付言したい。
 なお、今回は結論を得るには至らなかったが、男女の働き方を考えていくうえでは、教育制度・機関のあり方、また日本社会における家族のあり方など今後議論すべき課題は多い。そうした点も含め、このレポートが経済界における広範な議論の一つの端緒となることを期待する。


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