阪神・淡路地域の産業再生のための提言

1995年3月28日
社団法人 経済団体連合会


はじめに

阪神・淡路地域を襲った兵庫県南部地震の発生から2か月余りが経過した。その間、関係各機関の尽力により、ライフ・ラインや交通・通信インフラの復旧が着実に進みつつあり、広く国民各界から寄せられた義援金、ボランティア等の人的な支援なども相まって、今後の復興に向けて、徐々にではあるがその足場は固まりつつある。この間、産業界においても、救援物資、義援金あるいは様々な設備、施設の提供、社員のボランティア活動への支援、さらには、産業施設の応急復旧のための援助等の措置を講じ、復旧の一助を担ってきた。

政府・自治体においても、被災地域の復旧・復興活動を支援すべく、平成6年度第2次補正予算や関係税制措置の早期策定、16地区 250ヘクタールにおよぶ市街地復興事業のための都市計画の決定など、各種の施策が講じられてきたが、一方で、新たに被災者の不安が高まりつつあるのも事実である。その背景には、生活の基盤となる地域の産業が、今後どのように復興を遂げていくのかが、必ずしも明確になっていないことが大きな問題として浮かび上がっている。

地域の再生は、それを支える経済力が全体として再生を遂げることによって初めて可能となる。阪神・淡路地区の産業復興については、中小事業者はもとより、大企業にとっても非常に厳しい状況にあり、これら企業の操業不能・停止により連鎖的な倒産をも呈しかねない様相にある。さらには、今回の震災を機に、被災地域から事業の本拠を移転しようとする動きもあり、被災地域における産業の空洞化を回避する観点からも、地元自治体は産業の再生に向けた中長期のビジョンを策定するとともに、国においても、企業規模の大小を問わず、産業施設復旧・復興のための税・財政上の支援措置、抜本的な規制緩和の実現、公有・民間専用の区別ない港湾再生に向けた公的支援など大胆な施策を講ずることが必要とされよう。

かかる見地から、被災地域における産業再生に向けての基本的考え方、具体的な課題について、経団連の震災対策の第二段として、下記の通り提言する。

【記】

1.被災地域の産業再生に関する基本的考え方

  1. 自助努力と公的助成との連携
  2. 自然災害からの復興は、原則として被災地域住民・企業の自助努力によるところが大きく、国や自治体の本来の役割は、住民・企業の自助努力を支える環境整備にあることは言うまでもない。
    阪神地域の有する潜在的能力をもってすれば、時間に余裕さえあれば復興は決して困難ではない。しかしながら、急速に円高が進行し、地域産業空洞化への対応が迫られている中で発生した激甚災害であり、復興には、一刻の猶予も許されないといっても過言ではない。国は、従来の災害復興の枠にとらわれることなく、効果的な公的助成を思い切って実施することが求められている。

  3. 大企業を含めた施策充実の必要性
  4. 地域産業空洞化や連鎖倒産の危機に瀕している阪神・淡路地域の現状に鑑みると、中小企業のみならず、大企業に対しても、思い切った支援体制をとることが不可欠である。被災地域に大きな影響力を持つ大企業が、今後どのように復興を遂げていくのかが明確になり、雇用問題についての不安が解消されなくては、生活に密着した地域企業、被災地域住民が確信をもって復興に取り組むことは難しい。従って、国および関係自治体は、これまでの各種施策に加え、企業規模の大小を問わず、被災企業の復旧・事業正常化のため、税制、金融および財政上の措置を含む多様な施策を改めて講ずる必要がある。

  5. 規制緩和・地方分権パイロット自治体制度の導入
  6. また、これらの施策が効果的に活用されるようにするためにも、復興の主役となる地元自治体が、今後の産業立地や生産活動等の変化に弾力的に対応できることが重要となる。兵庫県は、土地利用や産業・雇用・貿易関係を中心に大胆な規制緩和を行う「規制緩和パイロット自治体制度」の創設を求めているが、こうした制度を導入し、国は思い切った規制緩和と権限委譲を進めていくべきである。

  7. 「阪神・淡路産業復興支援法」(仮称)の制定
  8. 産業復興の遅れが雇用情勢の悪化を招き、大量の雇用者が被災地の外に流出する事態になると、いかなる復興計画も画餅に帰すことになる。今後の被災地域復興の中心課題に、産業施設の復興、生産・商業活動の正常化を位置づけ、重点的な対策が講じられる必要がある。
    かかる観点から、国は、規制緩和や権限委譲、さらには税制、金融、財政措置などの新たに講ずる施策の裏付けとなる「阪神・淡路産業復興支援法」(仮称)を早期に制定し、全体としての取組みを明らかにすべきである。

2.産業の復旧・復興に向けた具体的提言

  1. 産業インフラの早期復旧の必要性と瓦礫処理の円滑化
  2. 産業施設の早期復旧・復興の鍵となるのは、道路・港湾施設、工業用水、ガスなどの諸インフラの早期復旧である。生活に関連したライフ・ラインについて一応の復旧が遂げられつつある今日、総力をあげて産業関連インフラの復旧・整備に取り組む必要がある。
    加えて、被災地復興の前提として急がれる瓦礫処理を円滑に進めるとともに、被災企業の負担を軽減する観点から、企業規模の大小を問わず、瓦礫処理に対して公的助成を行うべきである。

  3. 産業施設復旧・復興のための支援措置
  4. 被災地域の産業施設の復旧・復興は、当該企業の自助努力によるべきものであるとしても、被害の甚大さ、広範さを考えるならば、国、関係自治体としても、できる限りの措置を講じて、これを支援していくべきである。

    (1) 政策金融
    日本開発銀行による融資制度において、電力、ガス、鉄道等の社会インフラ関連については当初5年間3.65%等の低利融資が実現したが、商業・物流施設、製造設備・港湾関連施設等の復旧(現行措置 当初5年間4.55%等) についても、社会インフラ復旧並みの低利融資とすべきである。
    また、産業投資特別会計、電源開発促進対策特別会計等の活用による利子補給制度の創設についても検討を急ぐべきである。

    (2) 税制措置
    税制措置については、緊急的対応がなされているに止まっており、被災企業の復興・再生を促進するためには、一段の措置が必要である。具体的には、以下の諸措置を講ずるべきである。
    1. 法人税
      • 欠損金繰り戻し還付の過去3年間への特例的拡大
      • 復旧復興投資への税額控除制度の創設
      • 復旧資金確保のための保有資産売却に際しての土地譲渡益課税の特例措置の創設
      • 瓦礫撤去に要する費用に係る税額控除制度の創設
      • 指定寄付金、特定公益増進法人への寄付金以外の震災義援金、民間ボランティア活動への支援に対する損金算入の容認、等
    2. 被災地域に存する土地、固定資産に係る地価税・固定資産税等の軽減措置の創設
    3. 支援物資に係る消費税の免税措置の創設

    (3) 財政措置
    後述の被災地域の産業基盤の復旧・復興、産業の復興に対する諸支援措置を盛り込んだ平成7年度補正予算を早期に編成、成立させることが必要である。
    これに要する財源は、まずは行財政改革の断行による可能な限りの経費節減や不要不急の事業からの予算の付け替えにより捻出することが先決である。それでもなお不足する部分については、国債を弾力的に発行することも躊躇すべきではない。

  5. 商業・流通機能の再活性化
  6. 都市機能の再生には、商業・流通機能の復興・再活性化が不可欠である。特に新たな街づくりを進めるにあたっては、大型店と地元商店街が有機的に連携することが重要であり、関係自治体において、地元住民のコンセンサスの上に、そのための具体的プランを早期に策定すべきである。
    また、国および関係自治体は、流通近代化・高度化に関する従来よりの助成措置を大幅に拡充し、関係企業、地元商店の自助努力を支援すべきである。

  7. 規制緩和の推進
  8. 規制緩和は国全体として進めるべき課題であるが、とりわけ、被災地域の産業の早期復旧・復興のために、前述のパイロット自治体制度の導入により、地域特例的に大胆な規制緩和を行う必要がある。また、これら規制緩和の成果は、速やかに国全体に波及されるべきである。
    具体的には、産業施設の早期復旧・復興のために、保安・安全に係わる諸規制について、(1)各種届出等諸手続の簡素化、(2)自主検査・自主保安等の特例的容認が必要である。
    また、地場産業的な製造業が地域において復興するとともに、研究・開発型の新産業の立地を促し、産業の流出・空洞化を防ぐためには、工場等制限法、工場立地法、工業再配置促進法等の工業的土地利用に関する規制を大幅に見直すことが必要である。

  9. 雇用機会の確保・創出
  10. 被災地域における雇用を確保・創出するためには、産業の早期復興が第一の条件となるが、その間の措置として、雇用調整助成金の期間延長・拡充を図る必要がある。
    また、雇用確保には居住環境の整備が不可欠であり、公的主体による良質賃貸住宅の建設を促進するとともに、民間事業主体による住宅開発、個人持家や社宅建設に関する助成措置を講ずるべきである。

  11. 中小企業の復興
  12. 産業の再生には、地域に大きな影響を与える大企業の復興とともに、中小企業が健全な姿で復興することが不可欠である。特に、円高の進行により、ただでさえ基盤が脆弱となっている地場製造業や、伝統産業の復興に対しては、国・関係自治体により十分な助成措置を講ずる必要がある。
    また、そもそも被災地域が、本来的に先端技術基盤・人的資源の豊富な地域 であることに鑑み、ハイテク型の新産業・新事業の創設を促すために、インキュベータ機能の創設、金融上の支援措置などをはじめとする各種支援策を重点的に打ち出すべきである。

3.港湾・物流機能の再生に向けた具体的提言

  1. 神戸港を中心とした港湾機能復興の重要性
  2. 国際貿易基地として発展してきた神戸港などの港湾機能の復興は、被災地域の産業再生のみならず、わが国全体としての海運・物流機能の円滑化、さらには東アジア地域における物流の混乱解消のためにも喫緊の課題である。そのために、神戸港の本格的復興を行う事業主体として港湾地区の諸施設の整備と管理を総合的・機動的に実施する「神戸ポート・オーソリティ」(仮称)の設置を早期に実現すべきである。
    また、被災地域の港湾機能を有機的に復興させるためには、民間が所有する港湾施設をも併せて早期に復旧することが不可欠である。そのために、公的資金の投入を含めた助成措置を速やかに講ずるべきである。
    さらに、港湾機能の復興に、地元企業の技術・ノウハウ等を最大限に活用する観点から、仮設の桟橋埠頭の建設を急ぐべきである。
    加えて、港湾復興の目玉となるべきプロジェクトとして、先端型の臨港産業と港湾機能が有機的に連携して発展する港湾都市の建設に取り組むべきであり、そのためには、用途規制等の思い切った見直しを図ることが必要である。

  3. 交通・通信インフラの復旧
  4. 阪神間の交通基盤は、当該地域のみならず日本の大動脈として極めて重要な位置にある。阪神高速道路をはじめとする幹線道路網の復旧を、高度防災機能を備えた交通インフラ整備のモデル・ケースとして早期に実現すべきである。
    また、被災地の経済活動を正常化する観点から、物流ルートの確保にも配慮する必要がある。
    さらに、交通・通信手段の多重化、高度化を進めることが、国全体としての安全の確保、大規模災害への対応に不可欠であることが明らかになったことから、単に既存インフラの復旧に止まらず、総合的な交通・通信基盤の整備を視野に入れ、かつ、これを内需主導型の経済回復の重要な柱として位置づけていくべきである。

  5. 空港機能の充実等
  6. 今回、大規模災害時において、空・海輸送の連携が欠かせないことが如実に示された。特に関西国際空港は、空路と海路を結ぶ結節点として救援物資の輸送に重要な役割を果たしたが、交通・通信手段の多重化、高度化を図るためにも、同空港の全体構想を早期に実現すべきである。

4.おわりに

  1. 地元自治体による復興ビジョンの策定と国による支援
  2. 阪神・淡路地域の復興・再生には、国、関係自治体、地元企業、住民が一体となって取り組むことが必要であり、経済界としても、これを支援していくことは当然である。
    また、今回の震災を機に、高度な防災機能を備えた都市づくりを実践する必要が明らかとなったが、阪神・淡路地区の復興・再生をそのモデル・ケースとして進めていくことが求められている。そのために、地元自治体は、被災住民や被災企業の意向を尊重しつつ、中長期の復興ビジョンを早期に策定し、国がこれを強力に支援していくことが必要である。特に、被災企業に活力を与える観点から、公有地の拡大を図りつつ、大胆な土地利用の転換を進め、新しい都市づくり、地域づくりに取り組むことが重要である。
    国は、今回の震災の教訓を活かし、大規模地震による人的・物的被害を最小限に止めるとともに、被災者への救援を円滑に行うために、内閣機能の強化、必要な組織づくり等について抜本的な検討を急ぐべきである。また、今回の震災において自治体間の協力・連携、民間ボランティア活動の有効性が明らかになったことに鑑み、官民共同の体制整備についても十分検討する必要があろう。
    なお、内閣総理大臣の諮問機関として設けられた阪神・淡路復興委員会は、国が講ずべき施策について意見を取りまとめることが期待されているが、本提言が、阪神・淡路復興委員会の今後の審議に反映されることを願うものである。

  3. 産業防災の再点検の必要性
  4. 阪神・淡路大震災は、産業の防災、安全に関する様々な教訓を残した。とりわけ、被災企業の冷静な対応によって、被害を最小限に止め、また、大規模な二次災害を産業施設から生じることがなかったことは、極めて重要な経験である。これらの貴重な経験を整理、共有しつつ、わが国産業全体の防災策、緊急時対応策を再点検し、南関東地域における直下型地震など将来起こり得るとされている大規模な地震災害に対して、産業防災への取り組みを急ぐべきである。


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