太平洋地域における経済発展上の課題とわが国の役割
― 国際産業協力委員会太平洋部会報告書 ―

1995年6月30日
社団法人 経済団体連合会


≪第3編 太平洋地域での事業活動上の課題≫

太平洋地域の継続的発展を支えているのは、地域の多様性を前提とした民間による自由な経済活動である。かかる認識に基づき、以下に、わが国企業の視点から地域内での経済活動上の主な問題点を整理し、改善の方向を示す。

  1. 法制度・行政・商慣習
    1. 税制
      アジアの国・地域において、税制の不透明性や突然の変更などが、企業活動に大きな影響を与えている。税制の変更については、十分な猶予期間を確保し、当該国産業界の周知に努めた上での実施が望まれる。
      また、米国・豪州は、国際的に合意のある独立企業間取引を基準とした移転価格税制を離れ、利益を基準とする利益分割法、利益比較法などを導入し、課税を強化する動きにある。太平洋地域の先進国として、外資系企業に負担を負わせ、海外からの直接投資に悪影響を及ぼすような国際租税制度の導入は行なうべきではない。
      さらに、国内のサポーティング・インダストリー育成策の一つとして、完成品の関税率をその部品の国内調達率とリンクさせる課税方法がある。このような措置は一時的にはローカルコンテンツ向上のインセンティブとなる可能性もあるが、中長期的には競争を阻害し、むしろサポーティング・インダストリーの成長を妨げかねない。かかる措置については、WTOの精神に則り、段階的に緩和、撤廃していくことが、当該国の産業にとって長期的なメリットをもたらす。

    2. 内国民優遇政策・外資規制
      アジアNIEs、ASEAN、ベトナムなどの新興諸国等において、国内産業育成を目的とした、(1)高関税率、数量制限など水際に関わる措置、(2)会社法など海外直接投資受入れに関わる規則、(3)すでに設立された法人に課される国産化規則等、多様な内国民優遇政策がとられている。各国の内国民優遇政策の範囲・度合は、発展段階や国情などの諸事情によって異なり、変更が多い。但し、各国政府は規制緩和と外資の導入による経済の活性化が一国の発展に不可欠だとの認識を深めており、概して内国民優遇政策は緩和の方向にある。
      わが国民間企業は、工場、現地法人または駐在員事務所等の直接投資を行なう場合、各国の法制度の状況に則して判断する。したがって、法制度や規則が不透明であること、十分な移行期間や公示がないまま措置が突然変更されることは、事業活動上の大きな障害となる。制度変更は、外資を含む経済界に対する聴取を行ない理解を得た上で、明快な公示の後、十分な移行期間を設けて行なうべきである。これが経済活動の継続性を維持するとともに、政府に対する信頼を醸成することにもつながる。

    3. 輸入許可制
      アジア諸国の一部において輸入許可制度が設けられており、経済活動に支障を生じている。たとえば、完成車輸入規制、原材料輸入規制等、内国民優遇政策の一端となっている場合が多い。健全な競争により当該国消費者の利益を確保するためにも、こういった措置を段階的に緩和すべきである。

    4. 行政上の諸問題
      アジア諸国の一部において、繁雑な許認可手続き、省庁間の縦割り等が問題となっている。また、政府における判断や対応の一貫性が不足している場合がある。具体的には、(1)中央政府の省庁同士の対応の相違、(2)中央政府と地方政府の対応の相違、(3)隣接する地方政府同士の対応の相違、さらには、(4)行政担当官個人による判断や対応の相違も散見される。たとえば、海外からの直接投資に意欲的な外国との関係を担当する省庁の勧誘によって投資を決定した後、国内産業を担当する別の省庁の認可を受けるために時間を要するという場合も少なくない。透明性が高く一貫性ある対応と、各行政担当者の意識の向上が必要である。

    5. 知的所有権
      アジアには、知的所有権制度が未整備の国・地域が多いとともに、知的所有権という考え方そのものが浸透していない。装飾品、衣料品、電子機器など多様なジャンルのコピー商品、パッケージの模倣、コンピュータ・ソフトやオーディオ・ソフトの著作権の侵害などによって企業の利益が妨げられ、問題解決に時間がかかっているケースも少なくない。こういった現状が産業技術移転の障害にもなっているとともに、国際的摩擦の原因となる。現在、知的所有権に関する法制度は各国ごとに整備が進んでいるが、それとともに啓蒙・広報活動等によって知的所有権に対する認識を向上させ、運用を強化していくことが不可欠である。

    6. 基準認証
      新興諸国の多くでは基準認証制度が未整備であり、審査過程も確立されていない。製品およびシステムの基準のハーモナイゼーションは、域内の産業技術移転の円滑化に寄与するものであり、経済開発を促進する。
      1994年10月、米国、オセアニア、韓国、シンガポール、台湾ならびにわが国は、アジア太平洋認定機関協力機構を創立し、今後、太平洋地域において製品およびシステムについての認証や審査登録の認定機関同士の相互承認の手段を提供するなど、地域の基準認証制度の向上に努めることとしている。
      現在、太平洋地域では、工業製品のみならず、貿易および直接投資の拡大のための通関手続き、電気通信分野(電子データの交換)、公共投資などの基準認証の標準化を一層推進すべきである。

    7. その他投資関連制度
      NIEs、ASEANならびにアジア新興諸国等では、投資関連制度が十分に整備されていない。たとえば、一度投資を行なうと、撤退する制度がないために現地法人を維持しなくてはならない場合があり、かかる制度の整備が必要である。その検討にあたっては、WTOやOECDなどの議論にも配慮すべきであろう。
      また、業種によってビザ発給に制限があり、日本からのスタッフを送り込めない場合もある。各国とも国内雇用確保の観点からビザを制限しているものの、現地法人立ち上げの時期には、経営ノウハウや技術を移転する意味でも本社からの人員派遣が必要となる。そのため、事業実態に応じたビザ発給が必要である。

    8. 米国の一方的制度
      米国は、わが国と同様に太平洋地域の先進国として地域の発展のために大きな責任を負わねばならない。その意味で、GATTウルグアイ・ラウンド合意以前に特にめだったアンチ・ダンピング措置、米国通商法301条による一方的制裁措置は問題であり、対象業種の健全な競争を阻害するだけにとどまらず、産業全体の競争力を失なわせるほか、太平洋地域ならびに世界の自由な経済活動を脅かすものである。このような一方的な措置はWTOの精神に反するものであり、断じてとるべきではない。
      また、投資の際、当初から折り込み済みではあるものの、訴訟を多用する国柄であることが在米外国企業のコスト面の効率性を妨げる原因の一部となっている。

  2. 産業基盤整備
    1. インフラ(電力・水道・道路・港湾・空港等)の整備
      アジア各国および地域で、それぞれ状況は異なるが、全般にユーティリティー関連のインフラが不足している。たとえば、電力については、停電や不安定な供給が、精密な工業製品の生産に限界をもたらすなどの問題点がある。上下水道の未整備は、重工業を中心とした産業誘致の面からにとどまらず、従業員の住環境の観点からも改善が必要である。道路の未整備は、迅速な陸上輸送の障害となり、さらに輸送中の精密部品の破損などの損害もある。港湾や空港の未整備は、円滑な海上・航空輸送を妨げ、製品の輸送に遅滞をもたらす。
      これらインフラの整備に対する民間のコミットメントには限界があるため、当該国政府ならびに地方自治体の自助努力や、政府間協力による当該国政府への積極的な支援が不可欠である。

    2. 情報・通信網の整備
      中国の一部やベトナムなど新興諸国等で、基本的な情報・通信インフラがいまだ十分に整備されていない。情報・通信網が整備されたNIEsやASEANの一部と日本の間では、たとえば工業製品の設計図等技術情報の交換が行われており、産業の高度化を図る上で成果をあげている。各国の産業情報の交換を円滑化し、経済の活性化を促すために、太平洋地域全体の情報・通信網の整備が必要である。

    3. 住宅、オフィス
      直接投資に伴い、現地にスタッフの住宅ならびにオフィスを確保することが必要だが、NIEsやASEANの一部で、住宅・オフィスの高騰が目立っている。これらの国・地域では、現地労働力獲得のために社宅の提供が必要となる場合もあり、労働力コストの上昇を加速している。
      また、中国の一部や新興諸国では、生活インフラの整ったオフィスや日本人駐在員用の住宅が不足している。
      このような問題の根底には、日本を含め首都一極集中問題がある。長期的な問題解決のために、各国政府の熟慮と対応が望まれる。

    4. 金融・資本市場
      国際金融・資本センターとして活況を呈しているシンガポールなどに続き、アジア各国が証券取引所の整備に力を入れるなど、活性化に積極的である。日系企業による域内各国での株式上場も進んでおり、進出企業の現地化が加速され、有利な資金調達が可能となっている。各国の金融・資本市場が安定的に発展することは、当事国だけでなく地域全体の利益である。金融・資本市場が未整備な新興諸国においては、今後の改善が求められる。但し、先のメキシコ・ペソの混乱を教訓に、画一的な制度の性急な導入はさけ、実現可能な範囲内で金融・資本市場の進展に努力する必要がある。

  3. サポーティング・インダストリー
  4. 太平洋地域における事業活動の際、多くの日系企業は現地のパートナーとサポーティング・インダストリーの不足を感じている。とりわけサポーティング・インダストリーに関しては、製品の精度についての要求に十分に応えられない、仕様の切り替えや新たな発注に対して長いリードタイムが必要であるといった問題点がある。また、「加工特区」制度を用いている場合には、特区内でサポーティング・インダストリーが成長するものの、それが区域外に均霑されないという限界もある。
    これらの問題を解決するには段階的に技術を移転することが不可欠であるため、現地産業との関係を深める努力を続けるなどサポーティング・インダストリーの育成に積極的に取り組んでいる日系企業が多い。
    各国政府・企業がそれぞれの立場から自助努力を続けるとともに、サポーティング・インダストリーの技術力・供給力の向上、多様な産業の発展促進を目指し、官民合同の現地産業育成のためのプログラムなどを通じた取り組みが必要である。特に、日本政府による援助の役割は大きい。

  5. 人材育成
    1. 人材不足と人件費の高騰
      アジアにおける多くの国・地域で、人材不足と人件費の高騰が問題となっている。特に不足している人材は、ミドル・マネジメント、技術者や熟練工等である。理工系の大卒者数が限られているアジア各国においては、産業技術発展の担い手となる民間企業に就職する技術研究者が少ない。幅広い人材を供給するため、教育制度を改善すべきである。

    2. 企業内教育の充実
      日系企業の多くが従業員の教育に精力的に取り組んでいる。現地でのOJT、現地の技術者、ミドルマネジメントに対する2週間〜2年間程度の本社研修、さらには、製造現場の従業員の第三国(シンガポール、マレーシア、豪州など)での研修などを行なっている。独自の研修プログラムを持っている日本企業も多く、一部では投資先政府と協力するなど積極的な展開がみられ、成果を上げている。また、日本の政府機関(JICA等)からの人材派遣も効果は大きい。さらに、理工系大学に対する寄付を行なうなど、より長期的な視点をもって技術者の育成に側面的支援を行なっている日本企業等が多い。
      かかる活動を今後とも充実させていくべきである。

    3. ジョブホッピングの多発
      太平洋地域の各国では、日本に比して労働の流動性が高い。たとえば経理や輸出事務など一定の職能や語学力を身に付けた人材が不足しているため、より条件のいい(高報酬等)職業を求めてのジョブホッピングがしばしば見られる。日系企業の多くは、国・地域の人材の層を厚くするという観点から、ある程度のジョブホッピングを容認しているものの、社内教育および社内のノウハウの蓄積の観点から問題があるという側面もある。

    4. 勤労意識の不足
      就業時間内の勤労、契約の正確な履行、品質の管理など、いわゆる勤労意識が不足しているとの懸念がある。また、国によって労働争議の多発が問題となっている。活力ある経済発展のために、労働意識を高めていくことが課題である。


日本語のホームページへ