社団法人 経済団体連合会 新産業・新事業委員会中間提言

「新産業・新事業創出への提言 ─ 起業家精神を育む社会を目指して」

第4章 コーポレートベンチャー=既存企業の新規事業展開の課題


大企業は、人材、技術、資本の宝庫であるにも係わらず、必ずしも、その能力を十分に活用できているとは限らない。日本経済の再生には、ベンチャー企業の輩出もさることながら、既存大企業が資源の適正配分や経営トップの意識改革等によりその潜在能力を十二分に発揮し、活性化を遂げることが極めて重要である。

  1. 「新規事業進出」の現状と問題点
    1. 既存企業の新規事業進出の現状
    2. これまで、わが国の大企業が進めてきた新事業は、本業の高度化や、延長線上にあるものが大部分であった。全くの異業種への参入としても、余剰人員の受け皿的な位置づけの下に、既に事業形態として存在し、ある程度の採算の見込まれる業種に、必要最低限の予算を与えて営んでいた事例が少なからず見受けられる。また、同業他社の動向を睨みつつ横並び的志向により「新規事業進出」を行なってきたと思われる事例も多い。このような「新規事業進出」の大部分が捗々しい成果を上げていないことは半ば当然でもある。
      大企業による新産業・新事業創出の成否について、これまで特に問題が提起されてこなかった背景には、日本経済の順調な成長を前提として各企業が本業を中心に勤しむことで概ね事足りていた事情がある。
      しかし、わが国経済社会全体に波及効果の大きいニュービジネスを、大企業から創造していくためには、新規事業進出に対する考え方を改め、より戦略的な位置づけをしていく必要がある。そのためには、まず、経営トップが意識を改め、社内の組織・制度改革を行なった上で、率先して新規事業に理解を示すとともに責任を伴ったリーダーシップを発揮していくことが求められる。そうして初めて、企業内に存在している優秀な研究者、技術者、勤勉で本来独創的な個々の従業員の持つ潜在能力を十分に発揮させる土壌が整う。

    3. 真の多角化を阻んでいるもの
    4. 大企業の真の多角化を阻んできた原因は、何よりも企業の内部にあり、これを払拭していくことが必要である。

      1. 上意下達型(ピラミッド型)組織の限界
        わが国の大企業は、組織をあげた大規模な事業展開には優れていても、社会動向・市場ニーズの変化に合わせたきめ細かい迅速な対応が十分にできているとは言い難い。社内の意思決定機構を簡素化し、迅速な対応が可能になるようにしていく必要がある。そのためには、上意下達型、いわゆる富士山型の巨大なピラミッド型組織体系の維持にこだわらず、特定の専門分野に明るく現実の市場動向を熟知しているプロジェクトチームに権限を与え、その自己責任の下で自由な事業活動を許容する八ヶ岳型の組織体系の導入を検討していくことが求められる。

      2. 経営資源の適切な配置・組み合わせの必要性
        これまで、新事業分野を担当する部署は、主流と離れて位置づけられていたことが多く、必ずしも最優秀の人材や経営資源が投入されていたとは言い難い。特に人的資源の投入については、組織全体あるいは当該分野を担当する責任者の判断に左右される傾向があるため、組織としての統一した意識改革を行う必要がある。新規事業進出に際して登用する人材については、当該事業分野の責任者としてふさわしい能力を有する優秀な人材を充てるとともに、自社の経営資源の適切な配置・組み合わせを検討していくことが望まれる。

      3. 「本社と子会社」の限界
        子会社という位置づけでは、事業方針の決定に関して本社の意向に左右される傾向がある上、実績重視・安定志向型の事業活動を展開しがちになる。換言すれば、本社が従来型の物差し(利益率、黒字化までの期間、管理手法、人事評価制度、等)に頼り、その活力を削いでしまう場合が少なくない。そのため、子会社は、新規事業展開のための事業形態として必ずしも適したものとは言えない。純粋持株会社の解禁を実現することによって、自由な事業主体がそれぞれの自己責任の下で新事業分野に取り組めることが理想であるが、当面、本社が子会社に積極的な意味での権限委譲を行なうことが求められる。

  2. コーポレート・ベンチャリングの推進
    1. 大企業こそ日本型ベンチャーの担い手に
    2. 大企業の有する人材、技術、資本等の資源を有機的に組み合わせれば、強力なハイテク・ベンチャー企業を社内に構築することができる。その意味で、既存事業の延長上の分野であっても、全くの新規分野であっても、大企業こそが日本型ベンチャーの担い手となり得る存在である。
      しかしながら、いわゆる大企業病の存在が、独創的な新規事業展開を阻んでいることは想像に難くない。企業が有する資源を新たな事業機会の獲得に結び付けていくためには、経営トップに限らず、それぞれの部門における責任者が新規事業は次世代の本業との位置づけと確信をもって、リスクを恐れず大胆な事業活動に取り組んでいくことが必要となる。
      また、環境ビジネス、高齢化社会に対応したヘルスケアなど市場の成長を待っていては充分な事業展開が困難な分野について、大企業が先導的な役割を果たしていくならば、社会的にも高い評価を得られることであろう。

    3. 社内ベンチャーの創造
    4. 企業内において、ベンチャーキャピタル的な機能、すなわち独創的なアイデア等に対して明確な審査基準を設定し、その将来性を見込んで資金を供給する制度・仕組みを構築することが、新規事業分野への進出の足掛かりになり得る。
      社内ベンチャーに登用する人材は、創造力にあふれ経験豊富かつ判断力に優れた人材であることが必要である。とりわけ独創的で優れた技術シーズを持つ人材が社内で十分に活用されない場合には、積極的に分社化等を進め、これを育てていくことも一考である。
      その際、従来型の人事評価基準と併用して、起業家的な人材を選別・評価するために、創造への挑戦を評価する新たな評価制度のあり方を検討・導入していく必要があろう。また、ストック・オプション制度の導入等により、あえてリスクを取る者に対しては成功の報償を適正に与えるとともに、失敗を経験の蓄積として前向きに評価し、敗者復活戦を可能とすることが必要である。そうしてはじめて、保守的・現状肯定的な雰囲気を打破し、優秀な人材のやる気と創造的なアイデアを引出し、企業全体の活性化も期待できる。

  3. コーポレート・アライアンスとしての大企業
    1. ベンチャー企業のパートナーとして
    2. 大企業に対して期待される、もう一つの大きな役割は、独立ベンチャー企業に対して、資金提供、販路開拓の支援、研究開発への支援等、様々な支援・協力を行うコーポレート・アライアンスとしての存在である。
      従来ともすれば大企業と中小企業の関係は、販売系列や下請けに象徴される支配・従属的なものであったが、今後は、例えば米国と同様に、リスクの大きい創造的な新技術の開発はハイテク・ベンチャー企業が担い、その成果を大企業が市場において展開するなど、大企業と独立ベンチャー企業との新たな連携が求められていく。独立ベンチャー企業を対等な企業パートナーとして位置づけ、互いの長所・利点を活用していくべきである。

    3. 市場における評価者としての役割
    4. また、大企業が、中小規模のベンチャー企業が開発した製品、サービスを積極的に評価し、系列関係を問わず取引を進めていくことが、最も簡便かつ効果の高い支援となることを忘れてはならない。また、社内においてこのような新製品、サービスの導入を図った者は、自ら新規事業に取り組むのと同様なリスク・テークを行うものであり、それに見合った評価と報酬を与えることが必要である。

  4. 「企業家=起業家」精神の発揮を
    1. 誰もが起業家となりうる社風
    2. 企業において行われている新たな製品やサービスの開発は、新たな事業の創造につながるものに他ならないが、これに止まらず新産業・新事業の芽は、企業のあらゆる所に存在している。これを活かしていくためには、経営者や研究開発に携わる者だけでなく、全ての従業員が起業家精神を持たなければならない。従業員一人ひとりの起業家精神を育んでいくためには、個々の従業員の自主性を尊重し、活発な意見交換が行われる企業文化を養うことが必要である。

    3. トップこそアントレプレナーたれ
    4. 最終的に既存企業が改革を果たし、自ら新産業・新事業の担い手となれるか否かは、最高経営責任者たるトップの資質と責任に係わる。とりわけ、企業の経営資源の配分には、経営責任者の姿勢が反映されるものであるが、わが国の大企業は、新規事業分野への進出にあたって、企業としての経験則や先行事業者の動向により、進出後の事業展開がある程度予想できる分野に進出していく傾向がある。その結果、多額の資本を用いながら安定志向で小さな収益結果に止まっている事例が少なからず見受けられる。
      トップが起業家精神を発揮し、事業展開の予想が困難な分野への進出に向けて、例えば定款を改正するなどして、積極的な姿勢を示す勇気が求められる。そのためには、社会や市場の動向に常に敏感であることも必要ながら、同時に、権限委譲を行ない、時には意思決定を現場に任せることも求められる。


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