持続可能な森林経営の効率的な実現に向けて

1995年9月18日

社団法人 経済団体連合会
農政問題委員会
森 林 部 会


はじめに

現在、わが国林政は大きな転換期を迎えている。
地球環境問題の解決を図る上から、環境保全と経済発展とを調和させた「持続可能な森林経営」の実現に向けた国際的な取り組みが進みつつあり、国内においても森林整備のあり方について関心が高まってきている。一方、国内の森林の維持・管理の主要な担い手であった林業は、人工林の多くが未だ育成過程にあるという資源的制約や林道等林業基盤整備の遅れ、さらには円高の進行等に伴う低価格の外材輸入の増大等により、経営的に困難な状況に直面している。また、国有林野事業においては、伐採量の減少、木材価格の低迷等により収入確保が困難となっていることに加え、累積債務の増嵩により利子・償還金が累年増大傾向にあり厳しい財務状況が続いている。
このような情勢の中、政府では、わが国森林計画制度の最上位に位置する「森林資源に関する基本計画並びに重要な林産物の需要及び供給に関する長期見通し」(現行計画、1987年7月24日閣議決定)の改定に向けた検討を進めている。
高齢化社会の本格的到来を控え、国民に過度に負担を課すことなく、「持続可能な森林経営」をいかに効率的・合理的に実現していくかは、林政のみならず国政全般に係わる重要問題であり、経済界としても、この機会に、急を要する論点に絞って、今後の林政のあり方について提言するものである。

1.森林の重要性と森林整備に関する考え方

  1. 環境資源としての森林

    熱帯林を中心に地球上の森林は趨勢的に減少、劣化しており、世界の森林面積は1982年から92年の10年間に約2.2億ha、5.4%減少している。この中にあって、わが国は過去30年間、約2,500万haの森林面積を維持し、国土に占める比率は、約67%と世界でも最も高い水準に位置している。地球温暖化の原因の一つである二酸化炭素の吸収・固定に果たす森林の役割は大きく、わが国が今後も豊かな森林国として発展することは、地球環境保全上重要な貢献をなすものである。
    また、わが国では、急峻地が多く、河川も短く急勾配のものがほとんどであり、従来から森林のもつ水資源の涵養、土砂の流出・崩壊の防止等の役割が重視されてきた。近年はこれに加え、経済社会の成熟化、自然環境や生活環境保全に関する国民意識の高まりを反映し、酸素供給・大気浄化、保健休養、野生鳥獣保護等の役割に対する期待も大きくなっている。

  2. 生産資源としての森林

    資源小国であるわが国にとって、再生産力の範囲内で伐採すれば、一定期間で再利用可能となる森林は、貴重な国産資源の供給源である。わが国は、年間木材総需要量1〜 1.1億立方mの8割弱を輸入に依存しているが、国内では1950年代後半からの拡大造林により形成されたスギ、ヒノキの人工林を中心に、毎年約7,000万立方mの森林蓄積が増加している。
    もちろん、コスト問題や環境保全上の要請等から森林全てが木材供給源にはなりえず、また、人工林の約8割は35年生以下で本格的収穫期までにはなお相当の時間を要するが、世界各国が環境保護の観点から、様々な伐採制限・貿易制限措置を導入・検討している中にあって、わが国の森林は木材の潜在的供給源として重要な意味を持つ。

  3. 森林整備の意義

    このように、国民は豊かな森林から、環境資源・生産資源の両面において、直接・間接に様々な恩恵を享受しており、今後とも、わが国は森林を保全しつつ有効に活用していく必要がある。
    また、1992年の地球サミットで採択された「森林原則声明」および「アジェンダ21」を踏まえ、「持続可能な森林経営」のための国際的基準・指標づくりが進んでおり、わが国としては、国連持続可能開発委員会(CSD)を中心とした国際的な取り組みと連携して、持続可能な森林経営の実現に努めていくことが求められている。
    したがって、21世紀に向け、官民がそれぞれ期待される役割を発揮するとともに相協力してわが国森林の整備を進めていくことは、将来世代や国際社会に対する重要な責務と言えよう。

2.森林整備に果たす官民の役割

  1. 林業の役割

    伐採跡地には必ず植林等を行うことが林業の基本であり、古くから林業は森林整備の第一義的担い手であった。戦中戦後の過伐や拡大造林の時期に形成された「伐る林業」のイメージも徐々に払拭され、今や林業は「森を育て守る林業」に名実ともに変貌を遂げつつあり、今後も森林整備への貢献が期待されている。
    しかし、円高を背景に安価な外材が大量に輸入され木材価格が低迷する一方で、伐出経費、造林経費等のコストが増嵩を続けており、林業の採算性は一段と悪化している。地球全体では長期的には木材の供給不足が予測されており、国内森林資源の成熟ともあいまって、将来的には経営環境の改善も期待されるが、このままで推移すれば林業は森林整備において期待されている役割を果たせなくなる惧れが強く、既に管理が十分に行われていない不在村者所有の森林増加が顕在化してきている。

  2. 国民各層の役割

    近年、森林の公益的機能に対する認識の高まりから、受益者としての認識に立った国民各層の自発的な費用負担や労働力提供等を通じた森林整備への参加が進んできている。
    例えば、近年、豊かな海の回復を目的とした漁民による森林の造成・整備が各地で始められており、また公募方式の分収育林や各種ボランティア活動も森林整備の一形態として定着してきている。さらに、企業やNGOの一部には、地球規模での森林・林業協力等を含め、植林や森林の育成・管理、森林空間の利用方法の開発等に積極的に取り組む動きも現れてきている。
    しかしながら、これらの取り組みはわが国森林整備の極めて限られた範囲への貢献にとどまっており、今後、行政の支援も得てなお一層広がりを持つことが期待されている。

  3. 行政の役割

    こうした中にあって、行政の役割はますます重要になってきている。
    行政に求められることは、第一に、林業施策の大幅な再編と拡充である。森林の育成・管理は基本的に林業生産活動を通じて進めることが効率的であり、林業自らの経営努力の徹底を前提として、現下の極めて厳しい経営環境が好転するまでの間は、適切な森林施業を実施する経営体・事業体に対する支援を強化する必要がある。
    第二は、公益的機能も重視した多様で豊かな森林の整備を効率的に進める施業技術の開発、間伐材等の有効な利用法の開発ならびに作業路網等林業生産基盤の整備である。
    第三は、国有林・公有林の整備である。わが国森林面積の約4割を占める国有林・公有林は国民共通の財産であり、今後とも多様化・高度化する国民の森林に対する要請に応えて適切な管理経営を行っていくことが求められている。

3.効率的な森林整備に向けた政策課題

このように今後の森林整備に当たって行政の果たすべき役割は大きい。
しかし、国有林野事業に限っても債務残高は既に3兆円を超え、今後も厳しい財務状況が予想されている。また、高齢化に伴い21世紀にかけて国民負担の増嵩は不可避の状況にあり、森林整備の分野においても、公益性を過度に重視した実現性の乏しい計画の策定や財政規律を逸した安易な歳出拡大は許されない。
したがって、下記の通り、実現可能性のある中期的な森林整備目標の設定を前提として、従来施策の抜本的な見直しにより施策の重点化・合理化を推進し、林業生産活動や国民参加型の森林づくり等も最大限活用して、国全体としての森林整備を効率的に進めていくことが求められる。

  1. 現実的な森林整備目標の設定

    政府は「森林資源に関する基本計画並びに重要な林産物の需要及び供給に関する長期見通し」の改定に当たって、現実的な森林整備目標、効率的な整備手法を確立する観点から、少なくとも次の点を明確にすべきである。
    第一に、生態系の重視、適地の減少、木材需給緩和への対応等の観点から、これ以上の無理な拡大造林は中止すべきである。
    第二に、天然林については、天然の更新力を活用した更新を基本とし、育成天然林施業を行う天然林は、人手を加えなければ目標とする森林の造成が困難な林分に限るべきである。
    第三に、人工林については、経済性を優先して育成する森林と、環境保全等公益的機能を重視する森林とに区分し、複層林化・長伐期化・混交林化等による森林の多様化を基本として、投資の効率化に一層配慮しつつ、それぞれに最も適合した施業を実施すべきである。

  2. 林業施策の再編

    従来の林業施策は森林組合を軸に講じられてきた。森林組合は森林所有者の組織的活動のため必要であるが、従来の施策のあり方は、管理が不十分な森林の増加や林業就業者の減少に示されるように、森林施業計画の達成度の向上や零細な林家等の経営体質改善には必ずしも効果的でなかった。したがって、今後は、優秀な若年労働力を確保するための支援策を含め、個々の経営体・事業体を直接に対象とした誘導的な体系に組み替えていく必要がある。
    第一に、森林を保有しその経営を行う林業経営体については、経営環境の悪化に伴う経営意欲の著しい減退、林地による相続税の物納等を回避するため、林地の保有・相続・譲渡に係わる税負担の軽減を図る必要がある。同時に、多様な整備目標・保有形態別に、適切な森林施業を実施する経営へと誘導する観点から、税制・金融・財政上の措置については森林施業計画の達成度等に応じ大幅に格差をつける方向で再編すべきである。
    第二に、林業経営体からの受託、請負等によって育林や木材生産等を行う林業事業体については、高性能林業機械の効率的利用等、規模の経済性を発揮するとともに、事業の多角化等を図る観点から、大規模化を推進すべきであり、森林組合の体質改善を図るとともに、経営感覚に優れた企業形態の大規模事業体の育成に向けた措置を集中的に講ずることが望まれる。なお、高性能林業機械の導入促進に当たっては、流域における適正配置と長期受託契約に向けた政策誘導が必要である。
    第三に、森林施業計画制度に係わる基準の見直しや規制緩和が求められる。1968年の制度創設当時からわが国森林の構造や森林に対する社会的要請は大きく変化しており、多様な森林タイプに合った認定基準へと実態に即し見直す必要がある。また、計画変更の弾力化、特定森林施業計画の認定・保安林の指定解除等に係わる手続きの簡素化等の規制緩和を講ずるべきである。

  3. 効率的な森林施業技術の開発等

    生態系も重視した多様な森林を効率的に整備するには、従来の木材生産に重点を置いた労働集約型の人工林施業技術に替わる自然の法則性に沿った合理的・省力的な施業技術の開発を推進する必要がある。とりわけ、育成天然林施業や複層林施業の省力化に関する技術開発、広葉樹林化ならびに経済性を追求しない人工林の省力管理を可能とする施業技術等の開発を重点的に進める必要がある。
    適切な森林経営を実現するには、育成過程で産出される間伐材、林地残材等の低位利用の木材資源の有効な利用法の開発が求められる。同時に、ユーザーの選択的な購買活動を通じて持続可能な森林経営の達成を促進する観点から、適正な育成・管理が行われている森林から産出される木材を認証する制度の導入についても、国際的な整合性やユーザーの意向に十分配慮しつつ検討すべきである。
    作業路網の整備も、高性能林業機械を主体とした新たな作業システムの導入等により生産性の高い林業の確立を図る上で不可欠である。国、地方自治体は相互に連携して、地形、地質に適応した工法の採用等により開設コストの低減に努めつつ、路網のネットワーク化や既存林道の改良を推進すべきである。

  4. 国有林野事業の経営改善の徹底

    国有林野事業は1978年以降の数次にわたる経営改善措置にもかかわらず、木材価格の下落・低迷等により厳しい財務内容が続いており、抜本的改革が急務となっている。
    第一に、自己収入の確保・拡大を図る観点から、引き続き国有林の有する資源を最大限に活用すべきである。
    第二に、経営管理の適正化・事業運営の効率化に努める観点から、要員規模の縮減、組織機構の簡素化・合理化をさらに進めるとともに、直庸で行うべき必要最小限の業務を除き、事業の民間への委託を徹底すべきである。
    第三に、中期的には、国有林の公益性の範囲を明確にするとともに、生産林については流域を単位とした民有林との一体的な林業生産体制を強化する観点から、経営形態や経理のあり方を抜本的に見直す必要がある。

  5. 森林整備等に関する国民的合意の確立

    国は、現実的な長期木材需給見通しを前提とした、国有林野事業の累積債務の償還費用を含む、国有林・民有林を通じ森林整備を進めていく上で必要な財政支出の総額を国民に開示し、整備水準や整備手法についてのコンセンサス形成に努めるべきである。
    これに伴う財源措置は、国全体の財政支出の徹底した見直しを通じた再編・合理化により講じるべきである。
    なお、森林の持つ公益的機能は多方面・広範囲にわたり、一般に受益者の特定が困難である。また、受益者を特定できる場合でも、受益者に負担を課すことが、負担能力や分担ルールの問題等から見て、現実的でないことが多い。したがって、森林整備を目的とした新たな目的税や負担金等の創設は適当ではない。

おわりに

林政の新たな展開が求められている今こそ、木材価格の長期低迷、山村の過疎化・高齢化に伴う林業労働力の確保難、財政上の制約等、わが国林政の置かれた厳しい状況を直視した議論が必要となっている。
経済界としても、国民的な議論に寄与すべく、森林整備に関する国民の認識を深めるための広報・教育活動を推進していかなければならない。併せて、一般の企業による植林や森林の育成・管理等への自発的な取り組みを一層拡大するための気運醸成、環境整備も今後の重要な課題である。


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