日本産業の中期展望と今後の課題

〔第二部〕
個別業界の中期展望と課題

17.銀行


  1. 現状と課題
    1. 間接金融時代の「メインバンク制」の変質
    2. 直接金融など銀行を経由しない資金の流れが多くなっていること、プロジェクトファイナンスのように企業自体のリスクと分離した形でのファイナンス形態が現れてきていることなどから、間接金融中心のシステムは次第に変化してきており、それに伴ってメインバンク制も変質しつつある。かつては主に量の面から企業の資金需要に応えていくのが銀行の役目であったが、いまでは企業の資金ニーズは量の問題から質、すなわち情報と価格のほうに力点が移っている。
      このような状況のもとでのメインバンクの役割は、従来のような企業のラストリゾートとしてのローン中心の取引関係から、証券関連業務やデリバティブ、事務管理サポートなども含めた総合的な金融ニーズに応えられるトータルアドバイザー的な性格へと移っていく。
      そういった環境変化の中では、銀行の審査能力、すなわち、収益性が高く、社会的に価値があって、しかも優先度が上位の投資プロジェクトを選び出すという能力が今後は一層重要なポイントになる。
      いま一つは、デリバティブの台頭に集約されるリスク管理の巧拙である。
      今後の銀行の収益の源泉は、利ざやではなく、情報を集め、知恵を働かせた上で、経済社会のリスクを管理し、必要な場合にはリスクテイクをすることにある。

    3. 金融の空洞化
    4. 空洞化とは何かといった定義論はさておき、ロンドン、ニューヨークの国際金融センターや、アジアの香港、シンガポールに比べて、東京市場の相対的な地位が低下してきているという事実は否定できない。
      具体的な現象としては、
      1. 東京外国為替市場の相対的地位の低下、
      2. 外国銀行・外国証券会社などの拠点・スタッフの撤退、他市場への移転、
      3. ロンドン市場(SEAQインターナショナル)における日本株取引の急増、
      4. シンガポール市場(SIMEX)における日経225先物取引の急拡大、
      5. 円建外債(サムライ債)市場の停滞とユーロ円債市場の急拡大、
      6. アジア企業(特に中国企業)のニューヨーク証券取引所への上場(東京とばし)、
      7. 東京証券取引所上場の外国企業の上場廃止、
      等がある。
      要因としては、バブル経済崩壊後の景気低迷、金融市場における種々の規制の存在、日本固有の歴史的・風土的な環境(自己責任原則を十分認識したリスクテイクのできる投資家の不在、旧態依然たる業界慣行、英語が共通語でないこと等)、海外市場の活性化等が指摘できよう。
      空洞化によって、円相場や日本企業の株価が海外の市場動向に大きく左右され、自国通貨や株価決定の主導権を失うと共に、金融業・証券業の国内における活動が縮小し、活力を失い、その結果としてわが国経済が衰退し、税収や雇用機会が減少することになる。
      対策としては、税制を含む諸規制の見直しと規制緩和、手数料体系も含む業界内部の諸慣行の見直しによる市場環境の整備、自己責任原則の確立とディスクロージャーの充実、等を進めることが必要である。

    5. 不良債権処理
    6. 94年度決算の時点では、都銀、長信銀、信託の三業態21行の破綻先債権及び延滞債権の金額は、12兆5,000億円、総貸出金の3%強となっている。
      米銀のように、たとえ期間損益が赤字になっても、膿を一気に出してしまうというような外科手術的なやり方を取れば、痛んだバランスシートを急速に改善することは必ずしも不可能ではないが、わが国では銀行の赤字決算は通常異常な事態とみなされがちであり、時間はかかっても無理のない範囲で処理をしていかざるをえないというのが一般的な考え方であろう。
      また、共同債権買取機構や特別目的会社を利用した処理方法は、新たなキャッシュフローを生むまでには至っていない。したがって、今後は不良債権の流動化や、担保不動産の売却といった、キャッシュフローを生み出す処理を進めなければならないし、そのための環境づくりが急がれるところである。

    7. 競争力の強化
    8. 銀行は斜陽産業かという問いかけに対して、米国の連銀が最近発表したレポートでは、「銀行業の機能自体は低下しておらず、業務形態が変化してきている」という説明をしている。また、ヨーロッパの銀行は、伝統的なユニバーサルバンキングに基づく強固な経営基盤を持っている。
      一方で、邦銀はBIS規制の導入、長期にわたる景気低迷、地価・株価の下落という資産デフレの中で、バランスシートが悪化して、競争力を低下させており、邦銀に対する格付けは相対的に低いものとなっている。
      銀行の競争力強化のためには、金融自由化と金融技術の革新という構造的な問題に積極的に対応していくことが必要である。

  2. 中期展望
    1. 金利・商品の自由化と運用調達構造の変化
    2. 金利の自由化が銀行の資金調達、運用の構造を大きく変えつつある。銀行は昔は資金ポジションが悪化するとして基本的には市場性資金に頼ることを敬遠してきたが、預金金利の自由化によって市場性預金とリテール預金の金利も次第に密接にリンクしてきたため、いまでは市場性資金も含めた最適調達を目指している。
      預金自体も商品性の自由化を受けて、懸賞金付き定期預金など、大ヒットするような商品が生まれるようになっており、今後、預金の商品開発にはますます各行が力を競い合うことになろう。
      また、商業銀行の役割は、通常は短期の運転資金の貸出と言われるが、戦後、日本の高度成長の過程で都市銀行も設備投資に対する長期貸出を実施してきた。この時代は、企業の本業への貸出が中心のため、審査もおのずと企業全体のリスクに焦点をあてたものであったが、昨今では投資プロジェクトごとの融資案件判断が要求されることが増えており、プロジェクトそのものに対する審査能力の重要性が高まってくる。

    3. 新たなる業務への取り組み
    4. 一昨年の金融制度改革により、銀行はいくつかの新規分野への進出を認められたが、その一つは証券業務である。銀行が証券子会社を持つことで、利用者の利便は一層高まることが期待される。
      また、オフバランス型業務として、今後は金融派生商品、いわゆるデリバティブへの取り組みが課題となる。銀行の収益源として、また、リスク管理の手段として極めて重要な役割を果たすものと考えられる。また、デリバティブは企業会計やディスクロージャーにも大きな影響を与えている。オフバランスという言葉が示すとおり、デリバティブの取引から生じる債権債務関係は、確定するまではバランスシートに現れず、外部からのチェックがきかなくなりがちである。オフバランスの開示については問題は取得原価主義のわが国の会計や法制とあいまって、問題が顕在化しつつあり、早急な環境の整備が課題となっている。
      このほか、銀行が収益分野として考えているのが決済業務である。その代表的なものがEDI(エレクトロニック・データ・インターチェンジ)であり、データの流れと資金の流れを一体化してしまうことである。当事者間で債権債務を相殺して、ネットの部分だけやりとりすると、銀行の決済機能が縮小することにもなりかねないが、決済ネットワークをつくりあげて、その中心の位置に座れば大きな収益源となる。
      このほかにも信託銀行子会社の設立や、将来的には保険業務への参入が予想される。いずれも、収益源の多角化に貢献していくものと考えられる。

    5. 組織・人事の変化
    6. 従来の銀行の人事体系は一言でいえば、支店長を勤め上げることのできる人間の養成、つまりゼネラリスト指向であった。
      しかし、今後は専門分野を持ちながら、同時に銀行全体を見渡せる広い視野を持った人間が求められる。金融機関の業務が多様化し、かつてとは比べものにならないほど多くの知識が必要となって、同時に多くの情報を処理しなければならないという環境では、ゼネラリスト集団では組織が機能していかなくなるおそれがある。
      また、今後はグローバル化の進展や女性向け商品開発などで、外国人や女性の登用が増えてくるものと思われる。

  3. 政策への提言・要望
    1. 自由化の徹底
    2. 米国や英国を中心に、ディスクロージャーの充実によって、マーケットなどの外部から銀行を監視する仕組みをつくりあげて銀行経営をチェックする、「市場規律の活用」という考え方がとられている。
      わが国においても、金利規制や長短金融の分離、銀行・証券分離、窓口規制、新商品の規制といった競争制限的な規制から、自己資本比率規制、大口融資規制、流動性規制、ディスクロージャーの充実等の健全経営のための規制に移行しつつあるが、これを加速する必要がある。

    3. 破綻金融機関の処理
    4. 破綻金融機関の処理の問題については、預金者保護の観点から預金保険の強化が論じられている。米国の例をみても十分な備えが必要なことは言うまでもない。しかしモラルハザードの問題もあるので、信用秩序の維持を前提として、セーフティネットの拡充と自己責任原則をいかに両立させるかについて、さらに十分な議論が必要である。


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