日本産業の中期展望と今後の課題

〔第一部〕
日本産業の中期展望と今後の課題(総論)

──経済の構造改革による雇用の確保と国民生活の向上を目指して──

1.変革を迫る内外の環境変化


日本経済は高度成長期を経て、二度にわたるオイルショックを懸命の努力によって克服し、安定成長へと移行したが、奇しくも戦後50年の節目にあたって戦後最大の環境変化に直面している。
企業が直面している内外の環境変化の主なものは以下の通りである。

  1. 経済のグローバル化の進展
  2. 情報通信技術や輸送手段の発達等を背景として世界経済は急速にボーダーレス化しつつあり、モノとカネの自由な移動に加え、今や企業そのものまでもが国境を超えて移動してしまう時代となった。また、東西冷戦の崩壊によって、東欧、旧ソ連、中国等が市場経済に参入し、世界は経済力で競い合う「メガ・コンペティション」の時代を迎えている。
    経済のグローバル化、メガ・コンペティションの時代においては、企業としても、世界的規模で企業活動の最適化を追求するとともに高付加価値化を推進しなければ、生き残ることはできない。
    経済競争の時代にあって、各国政府は雇用の維持を最優先課題に掲げているが、産業の活動基盤が整っていなければ、企業は、生産の海外移転を進めたり、部品を海外調達に切り替えるなどの行動を選択する。企業の存続ないし繁栄が必ずしも国内雇用の維持につながらない時代に入ったといえよう。
    また、わが国では現在、一般に「価格破壊」といわれる現象が進行しているが、グローバル化の進展は、内外物価水準の平準化を促進させる。

  3. アジア経済の発展
  4. アメリカ、ヨーロッパ、日本が世界経済の3極を構成してきたが、21世紀における世界の成長センターはアジアであるといわれるように、第3の極は日本からアジアへと広がりをみせている。
    既に世界の貿易の流れは80年代半ばに大西洋時代から太平洋時代へと移行していたが、アジア域内の相互依存関係の高まりによって90年代に入り域内貿易が対米貿易を上回る“西太平洋時代”が到来した。外資導入と貯蓄による資本の創出と、所得増による消費増がこうした成長を支えており、アジアNIES、ASEAN、中国は2000年にかけて7〜8%程度の成長を続けるものと予想されている。
    各国企業が競って進出しつつあるように、アジアは消費地としても大きな可能性を秘めている。93年におけるNAFTAのGNPが7兆2900億ドル、EEAが7兆6600億ドルであるのに対して、APECは13兆3200億ドルとなる。規模の大きな市場が世界の標準を決めるとの説に従えば、今後はアジア太平洋地域が世界の標準をリードすることになろう。

  5. 情報ネットワーク化の進展
  6. 日進月歩の技術進歩に支えられ、情報ネットワークは、生産現場や事務部門の合理化のツールにとどまらず、今や企業活動の神経の役割を果たしており、電子取引の急速な発展も見込まれている。情報化、ネットワーク化に遅れをとった企業は市場から脱落してしまう時代を迎えているといっても過言ではない。
    特に、接続されているユーザーが3000万とも4000万ともいわれるインターネットに代表されるオープン型コンピューター・ネットワークの急速な発展は、ビジネスのあり方だけでなく、税制や法制などの見直しを迫ることになろう。

  7. 経済の高コスト構造
  8. メガ・コンペテションの時代にあって、生産に直接関わる分野だけでなく、流通、物流、通信など、あらゆる分野のコストが国際競争の上で今まで以上に大きな要素となっている。また、わが国の所得水準が世界的にみて極めて高いにもかかわらず消費者・生活者にとって豊かさの実感がないのは、それ以上に日本の物価が高い、つまり内外価格差が大きいからであるが、特に規制下にある商品・サービスの値段の高止まりが指摘されている。
    円高やグローバル化の進展によって、国民は、日本経済はもともと非常に高コストであることを今更ながらに認識させられている。
    経済の高コスト体質の原因としては、1万件を超える規制や実質的に世界一高い法人課税に代表される制度・政策に係わる部分、日本的取引慣行などの企業に係わる部分、過剰な製品機能や過剰な規制等を求める消費者に係わる部分がある。
    このうち、企業はメガ・コンペティションの中で生き残りをかけて懸命の合理化努力を重ねており、消費者も品質、機能、価格にそれぞれ厳しい目を向けはじめたように思われる。しかしながら、制度・政策については既得権益の壁が厚く、なかなか改革が進展しないのが現状である。
    また、この不況下においていわゆる「価格破壊」が進む中で、公共料金は引き上げられている。
    こうした中で、わが国企業のみならず、外国企業もわが国の高コストや規制を嫌って金融や情報、輸送などの拠点を日本からアジアに移す、あるいはアジアの企業が株式を東京ではなくニューヨークで上場するといった、いわゆる“ジャパン・パッシング”現象が進んでいる。

  9. 日本的雇用慣行の変化
  10. 生産の海外移転に伴って雇用の確保が課題となっているが、わが国企業にとっては、競争力の源泉といわれてきた長期安定雇用や年功賃金が人口の高齢化にともなってむしろ人件費負担を重くし、国際競争力の足枷となりつつある。また、いわゆる日本型雇用システムには、失業による社会的緊張を緩和し、安定・安全な社会を実現したという利点が存在することも事実であるが、人事の硬直化は、本人にとってやり直しの機会を失わせるとともに、日本経済にとっても、成長が望まれる産業への人材の移動を阻害し、成熟期を迎えた日本経済が新産業や新事業の創出や産業構造の転換を通じ活力ある社会を実現する上で、障害になりつつあると指摘されている。
    一方で、若年層を中心に就労意識に関する多様な価値観が芽生えはじめており、労働者の側からも流動化の兆しがみられる。

  11. 金融・資本市場の低迷
  12. 商業銀行の役割は通常は短期の運転資金の貸出といわれているものの、わが国では、戦後の経済発展の過程で、都市銀行も設備投資に対する長期貸出を実施してきた。直接金融と間接金融はバランスがとれていることが重要であるが、わが国においては間接金融に偏していたといえよう。
    その金融機関もバブル経済下において不動産を担保に過剰融資を行い、その後のBIS規制、長期にわたる景気低迷、地価・株価の下落という資産デフレの中で、巨額の不良債権を抱え、金融不安を招いている。
    他方、証券市場においても、株価は最高値の半分の水準で推移し、取引高も採算水準を大きく割り込んでいる。
    資金は人間でいえば血液にあたり、これが上手く回らなければ、経済全体が機能不全に陥ってしまう。これからの日本経済の発展のためには産業の高度化と新産業・新事業の創出が不可欠であり、金融・資本市場の改革が喫緊の課題である。

  13. 地球環境問題への取り組み
  14. 工業化の進展と人口の増加によって、資源・エネルギーの消費拡大による環境への負荷が増大しており、資源の制約以上に、地球温暖化や廃棄物の増加をはじめとする環境問題が深刻化しつつある。限られた資源、環境の中で持続可能な活動を行っていかなければならないということが国際的コンセンサスとなっており、「持続可能な開発」あるいは「循環型社会の実現」がキーワードとして使われている。
    大量生産、大量消費、大量廃棄という現代文明そのものの見直しが課題となっている。


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